兗州牧

第86話 兗州・兗州牧になる・青州黄巾賊

  簡素な手続きで兗州牧えんしゅうぼく就任しゅうにんした。

しかし朝廷から任命されてはいないので前回に続いて、正式な官位ではない。


その旨は上表しているが、戦火が増え、国中の治安が悪い今、書簡一つ長安へ運ぶのも困難な状況だった。

さらには朝廷内部さえ、董卓とうたく亡き後の派閥争いで大混乱をしているのだ。生真面目に正式承認の返信を待っていても、いつになるかわからない。


百万の兵を持つという青州黄巾賊せいしゅうこうきんぞくはすでに兗州えんしゅうに侵入している。

そして町や村の食料を奪い尽くしては彷徨い続けているのだ。


早急に彼らを討伐するか、追い出さなければ、罪のない民衆が飢え死にする事になる。


この切羽詰まった状況を知る者が寄り、曹操そうそうぼくに就かせ、兗州えんしゅうの全軍事力を掌握させたのだ。

すべては青州黄巾賊せいしゅうこうきんぞくと曹操をぶつけ、兗州えんしゅうを護るためである。


 初夏のある日。

東郡とうぐん東平郡とうへいぐんの堺の荒れ地で、青州黄巾賊せいしゅうこうきんぞくの大群衆と遭遇した。


気の早い入道雲が浮かぶ空の下には、人で地平が限りなく埋め尽くされている。


この異様な光景を前に、自分たちは十分な距離を取って観察をしているのか、ただ茫然としているのか、よくわからなくなってくる。


 彼らの最前線には、兵士らしき者の姿がなかった。

進軍しているわけではないのだから、誰が先頭でもおかしくはないのだ。


老人、童子、赤ん坊を抱いた女もいる。

皆、枯木の枝のように痩せこけていた。

ぼうっと、放心しているように立ち尽くしている。

戦場で見かける、か弱い女、子供、老人というのは、最高にしらける、そして、とてつもなく哀しい存在である……。


……布陣がないのはいい。肝心の兵士さえ見えないとは、予想外の状況だな。

まずは兵士を引きずり出すところから、という事だ……。


 初手から戸惑う。

だが兵士を引きずり出せたなら、その攻略の手掛かりは、実はすでにあるのだ。


彼らは、公孫瓚こうそんさんとその従兄弟に敗北し、その管轄地から追い出されている。

公孫瓚こうそんさんは、騎馬隊きばたいを巧みに操ったという。

騎馬隊の機敏な動きに対して、この超大軍は素早く反応できなかったと推測できる。


よって恥ずかしげもなく、その真似をしてみるつもりなのだ。

主力は少数精鋭の騎馬隊と決定した。

残りは、基本的に待ち伏せに使うつもりである。


それにこの作戦は、今の自分には都合がいい。

大軍の兗州軍を掌握したといっても、それをすぐに自在に動かせるわけではないからだ。

……私は大軍を手に入れても、いつもこの展開だな……。


そんな風に、目の前に迫る問題に考えつつも、しかし頭の隅には、とある一つの不愉快な感情がザワついて、その雑念が心をひそかに乱している。


……この黄巾賊を倒した公孫瓚こうそんさん袁紹えんしょうは戦った。そして、袁紹が勝利していたのだ。


のろまの上、頭脳も人間性もどこか抜けているような男が、公孫瓚自慢の騎馬隊をほぼ壊滅させたという……。

バカにしていた人物が、いまや、絶対的に自分には及ばぬ強さを持っているのだと、実感する。


……まさか私は、一生、あの男に敵わないのだろうか?


ため息を一つ吐くと、顔を上げて再び目の前に集中した。


……まずは、隠れている敵兵を引きずり出す所から始めなくてはいけない。


つづく

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