第85話 東郡・東郡太守を辞任する
「ためらう事など、なにもありませんよ」
陳宮は静かに語るが、その瞳の奥は火炎のように熱い。
「狂暴な
もしも撃退できなければ、食料を根こそぎ奪われ、村や町を破壊されるでしょう。
そして彼らは去ったあと、残された我々と民衆は、
そうなるのを待つのか、こちらから攻めて撃退するのか、その違いです。
あなたは、待っている人ではない。
ならば今、持てる最大の力を得て、戦うべきです。
そして青州黄巾賊を殲滅し、
これこそまさに、
後日、
……兗州の戦力でも上手く使わねば、総大将でさえ死ぬという事だ。
陳宮は慌ただしく、少女に進言した。
「
そして、あなたを正式に
しかし当然ながら、この兗州牧の話は、あなたが
ですから今すぐ、必要な軍備と軍編成を考えておいてくださいませ」
少女は緊張した面持ちで、一言「わかった」と承諾した。
……これでもう、引き返せなくなった。
陳宮もそれを理解してか、丁寧に拱手一礼すると、すぐに身をひるがえした。
しかし、思い出したように振り返る。
「そうですっ。肝心な事を忘れておりましたよ。
あなたが
あなたが
あなたのように、軍事と内政を掌握できる者で、絶対に裏切らない人物を迅速に選んでください」
「やあ、
急きょ呼び出された青年が早足でやってくるのを見て、少女も駆け寄った。
近頃は、隠れた山賊を見張るために
「お元気そうで何よりです。しかし、急にどうされたのです?」
青年はやや心配そうにたずねた。
「新しい問題が起きたのだ。だから、君にも新しい仕事を頼みたいんだ」
「なるほど、
しかしその手伝いでしたら、難しそうですね」
少女は思わず笑った。
「君がその
青年はキョトンとしたあと、やっと「え?」と驚いた。
「じゃ、じゃあ私の軍はどうなるのですか?まさか、解散ですかっ?
天塩にかけて、どこに出しても恥ずかしくないように育てたのに」
「君の軍は、君の軍のままさ。
君には、太守と軍人と両方を勤めてほしい。私と同じようにね。
今は何が起こるかわからない。太守になっても、自軍の訓練は怠らないでおくれ」
そう聞くと青年は明るい表情になり、大きく頷いた。
「わかりました。頑張ってみます!
太守の仕事に慣れるまでは、
「
確か元は、
君がそんなに信用するなんて、良い人をうちに招いていくれたんだな。
これからもそのような方がいたら、どんどん仲間にしてほしい」
「わかりました。
……ところで、
まさか、また軍人一択に戻るというわけではないんでしょう?」
「ふふっ。それは、すぐにわかるよ。
もしかしたら、無謀だと呆れてひっくり返るかもしれないけど」
少女は苦笑して答えた。
数日後、大規模な軍事訓練の最中、少女のもとへ
以前はふくよかだった
まるで別人のように引き締まった体格になっていたが、ほんわりと柔和な笑顔は、会った時と変わっていない。
彼を見たとたん、軍服姿の少女は駆け寄るとその手を取った。
「
彼も瞳に薄く涙を浮かべ、感無量のようにうなずき、強く手を握り返した。
しかし少女は急に離れて直立すると、彼を正面から見つめ直す。
「今さらですが、
遅すぎるのですが、ここで謝罪をさせてください」
深く頭を下げると、
「頭を上げて下さい。戦場で命を落とすのは、仕方のないことです。
弟も、民のため、そして自分の正義のために命を懸けて戦えたのです。悔いはないでしょう。
そして私も、彼のように、人のために命を懸けて戦いたいと思いました。
私もあなたと一緒に、
また、ご一緒させていただいてよろしいでしょうか?」
少女はこぼれた涙をぬぐい、相手を見上げた。
「あなたは、いつも私を助けてくれるのですね。
自分でも図々しいとはわかっているのですが、私はあなたを断わり、一人で事を成せる力も、自信もないのが現状です。
あなたの優しさを、あなたへの感謝と共に忘れる事はありません。
必ず、私たちで
「ええ、頑張りましょう」
二人は力強く拱手し、深く一礼した。
つづく
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