第81話 兗州・曹操を退治するのだっ ~反撃~
夜中によく進み、明るい昼間は休み、あるいは森や林の暗がりを通る。
相手方の斥候が無能なのか、自分たちが迅速すぎたのか。
攻撃目標である
すでに夕刻近くである。
赤い夕日が沈みつつある草原の中、唐突に現れた城壁は遠目からでも異様に高くそそり立ち、威圧感があった。
政庁を東部陽に移してから、曹操が防備を強化したのだろうか。
しかし、その城壁を間近で見る事はできない。
なぜならば、留守番担当らしい曹操軍の一軍がすでに防御陣を張っているからだ。
約一万のほどだろうか。
両翼は騎兵、中央は歩兵だ。前面には矢避けの大きな盾が並べられ、その奥には夕陽の残光を受ける槍や矛の先が、キラキラと不気味に揺れていた。
「え、なんで?
まるでわしたちがここに来るってわかってるみたいな、迎撃態勢してないか?
といっても、うちは人数だけは多いから、ゴリ押しで突破できるだろうけどな」
威勢のいい言葉とは裏腹に、
「我々の接近に気が付き、慌てて防備のために出てきたのでしょう」
同じく、青ざめているが元気を装う部下の言葉に、于毒も自分を騙してうなづいた。
「ふむ、やつらの悪運は強いというだけだ。しかし、万が一……。
もしも急襲がバレとったのなら、事は急がねばならん。
ノンビリしていると、
そうなれば、挟み撃ちにされて、またグチャグチャにされてしまうからな。
夜戦なら、我らの方が経験が多い。それに、相手は少数、我々の方が圧倒的に数で有利なのだ。
もう少し暗くなるのを待ち、目の前の敵を踏みつぶして、
そう話し終わったとたん、ぶんっと鈍い音が一瞬響き、隣で話を聞いていた部下の顏に矢が突き刺さった。馬がヒヒンと悲鳴を上げ、周囲は騒然となった。
「やっぱりバレてたんかーいっ!」
驚いている間に、自軍からも怒りの矢が放たれ始めた。
騒ぎが大きくなり、森に隠れていた残りの山賊たちも湧き出す。
勝手に開戦してしまった。
とりあえず、
そして背後から部下に「頑張れ、負けんな」と応援している最中の事である。
「于毒さまっ!大変です。曹操がっ曹操がっ!」
子供のように泣きじゃくりながら、農民に変装した部下が後ろから大声で話しかけてきたので、于毒はいつものように驚いた。
「なんじゃ、そんなに泣いて。曹操がどうした。
どうせ、わしたちが大軍で攻めてきたのに驚き、大あわてでここに戻ってるのだろ。
空き巣……いや、悪鬼の居ぬ間に本拠地と家族を攻めるのは、正解じゃった」
しかし相手はまだしゃくり上げて、涙をぬぐっている。
「なんなのだ、曹操は恐ろしいが、そんなに心配せんでも大丈夫だ。
やつがここに来たとしても、夜通し全速疾走で駆けてヘトヘトの状態、それも明日の早朝にやっと到着するのだ。
そのヘトヘトの状態を攻撃すれば、わしらでも曹操に勝てるぞっ!元気だせ」
部下は泣きながら、やっと答えた。
「違うんですっ!曹操は、ここに戻ってきませんっ!西へ進軍しているんですっ」
「にしっ?」
于毒は思いもよらない返事に素っ頓狂な声を出して、そして頭の中で地図を思い浮かべた。
「うおーい、頓丘から西って……まさかっ嘘でしょっ!?」
思わず絶叫する。
「本当ですよ!曹操はここを放置し、我々の本拠地に向かっているのですよっ!
我らの作戦をまるっと真似て、反撃に使っているのですっ」
「撤退じゃあーっ!!」
考える間もなく、于毒は自分でも驚くほどの大音声で号令をかけた。
「今から急いで黒山に帰るっ!!
曹操めっ!自分の本拠地の救出をせず、逆に、我々の本拠地を攻める選択をするとはっ!なんという非情の発想っ!悪鬼!人間って名乗るのやめろ!
ヤツは、わしらが残してきた家族を攻撃するつもりだっ!
それに黒山が潰されたら、わしら全員、路頭に迷ってしまうよっ!!」
馬を激しく鞭打ち、疾駆させる中、友軍の
そのうち、ただ走っているだけなのに次々と仲間や馬が行き倒れ始めた。
戦わずして自軍がボロボロになっていく様子に、于毒は山賊泣きをした。
翌日、朝焼けの中で、ようやく、黒山の登山口に到着した。
そこには、留守番隊の
無惨な死体の山が放置されている。
とめどなく流れる涙を拭いもせず、アジトへ走った。
季節が春なら、桜吹雪に澄んだ空が映える美しい道だ。
疲労と眠気で立っているだけで精一杯で、とても山道を走れるような状態ではないはずだったが、足が止まらない。
自分たちの家族と、唯一無二の帰れる場所がどうなっているのか心配で、勝手に身体が動くのだ。
木の根に足を取られ、無様につまづいた。
その瞬間、そばにいた部下に矢が突き刺さり、隣に倒れてきた。
……ま、まさか、ここで、伏兵なのか……。
曹操とは、まさに非情、鬼、死の使い……。
于毒は、起き上がる力もなく、地面に伏せたままで死を察した。
目は涙に腫れ果て、疲労と眠気が襲い、まぶたがとにかく重い。
急に沸き起こった喧噪の中、誰かに両脇を持たれて、引きずられているのを感じた。
……わしなど放っておいてもいいのに……と于毒は思ったが、口を動かすと泣き声しかでなかった。
これは夢か現実か、はたまた死の世界での出来事なのか、それさえもわからない。
ただ朦朧した意識の中で、自分たちをグチャグチャにした曹操という人物を、一目だけでも見てみたかった、とは思った。
つづく
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