東郡太守

第80話 兗州・曹操を退治するのだっ ~山賊も策を使う時代~


「ぐぬぬ、曹操そうそうめぇっ!絶対に許さんからなあっ。

いつか捕まえたら、わしの部下にして、それからえーと……」


黒山賊こくざんぞく本拠地の自室で、于毒うどくは昼間から水で割った酒を飲みつつ、唸っている。

おつまみは、黒山とれたてキノコを軽く火であぶったものである。


 曹操そうそうとは、最近、東郡太守とうぐんたいしゅになった人物だった。


以前は、中年チビ親父おやじだったが、黄巾賊討伐時こうきんぞくとうばつじに不思議な力に導かれ美少女武将になってしまったらしい。


反董卓連合軍はんとうたくれごうぐんとして一軍勢として参加したが、小豆のようにちんまりした勢力であった。

しかも一時は董卓軍に壊滅させられて、虫の息にもなったようだ。


しかし、袁紹に泣きつく、居候いそうろうする間に「接要せつよう」という、たのしく学べる学習兵法書を作成したという。

そして居候時間いそうろうじかんを有効に使い、勉強と訓練に励み、やたらに戦闘力の高い精鋭軍になってしまった……。


 于毒は香りのよいキノコをかじりながら、苦々しい顏をした。


……その曹操達の地味な努力のせいで、今、甚大な被害を受けているのが、我らが黒山賊である!

しかし、どのような相手であっても、わしらは負けない!

ド根性山賊としていつかギャフンと言わせてやるっ。


「于毒さま、最新の曹操の情報が入りましたよーっ」


 農民に変装した部下が、勢いよく部屋の戸を開けて入ってきたので、于毒はドキッとして素の顏で彼を見た。


……入る前に一声かけろと言っているのに、いつも忘れてるんだよなあ……。

ちなみに相手の変装は、元農民なのでごく自然である。


「どうせまた、うちの陣営が負けたって報告でしょ?聞かなくてもわかっとるよ」

于毒は悲しい目をして、薄い酒をあおり、敷物の猪の頭を撫でた。


「いえ、違います。

曹操軍は、どうやら頓丘とんきゅうに陣営を作り始めておるようです。

めずらしく曹操本人も出陣しておるのですっ」


「エッ!?」

于毒は前のめりになった。


「あいつ、やっと東部陽とうぶようから出てきおったかっ。

最近は手抜きして、部下にばっかり山賊退治を任せておったからなっ」


「曹操は内政も担当していますから、戦ってばかりもできなかったのでしょう。

今回は本人を討てる、貴重な機会ですっ。がんばりましょうっ」


「うむ。よい情報を掴んできた。褒めてつかわすっ!

今日は景気づけに盛大な宴会をやり、明日からは曹操討伐に出撃するぞ!」


 翌日、起床して軽く嘔吐。痛む頭も気にせず本拠地の山賊たちは全力出撃した。


「この一戦で、曹操に大打撃を与え、東部から追い出すぞっ」


于毒の声に、皆、戦場で拾った剣や槍、それがないものは草を刈る鎌や田を耕す鍬を振り上げ、応えた。


「あれ?于毒さま、頓丘とんきゅうへ行く道はこちらでございますよ。

道を間違えていらっしゃいますっ」


体格に合っていない鎧に、曲がった槍を装備した側近に声をかけられて、于毒は馬上から得意げな表情で彼を見つめた。


「ふふっ、この戦いには、必勝法があるのだ」

そう言って、続ける。


「今までの経験からいって、曹操と直接戦っても、絶対に勝てない。


だから、曹操が頓丘にいる間に、ヤツの本拠地、東部陽とうぶようを攻めるのだっ!


そこにはヤツの家族を始め、部下の家族など、人質になりそうな者がたくさんいる。

当然、屋敷も全て荒らして、金目の物は全部いただく。


そして後日、人質を盾にして、曹操とその軍隊を、わしの配下にするのだっ」


「わあ、すごい!于毒さまは知将じゃ!神算鬼謀の使い手じゃ!」


部下たちは目を見張り、やんやと口々に大絶賛した。


頓丘とんきゅうから東部陽とうぶようへは、結構距離がありますからねっ。


我らが攻めていると気づいた時、曹操が東部陽へ向かっても、間に合わない!

完璧な作戦だ!これは、勝ったっ!」


「ふふ。曹操が遠征した時に使おうと、以前からヌクヌクと暖めていた作戦だ。


曹操軍と直接戦わず、ヤツの本拠地を、山賊らしく華麗に略奪する。

この一戦で、ずっと負け続けた我々が、ついに逆転勝利するのだ!」


「于毒さまっ!あなたの略奪への熱意が飛び火して、今、皆の山賊魂にも火が付きましたよっ!」

 

つづく

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