第79話 兗州・山賊を退治するのだっ ~実戦~

「現場です」

 すでに斥候せっこう部隊だけで制圧した敵方の見張り小屋から、山賊のアジトを見下ろした。

木々や岩山の間から幾重にも張られた柵が見える。

その奥では、所々から炊飯の白い煙がゆっくりと上がっていた。


黒山賊こくざんぞくの白ぎょうの一派です。

大体、三万人ほどの荒くれものが群れて暮らしております。


もはや怖いものがないのか、見張りや罠も緩んでおりました」


「ふむ、ありがとう」

少女は斥候せっこうに礼を言うと、やたらに風光明媚ふうこうめいびな景色の中で、作戦を考え始めた。


今回は、前回のように抜き打ちではなく、予習復習してきた上での戦いだ。

さらに実際の現場を見て、作戦を考える余裕まである。贅沢な事だ。


 「どれどれ……」

少し緊張した面持ちで梯子を登ってきた将校たちは目を輝かせた。


「あ!これ接要せつよう(曹操が作った兵法まとめ本)で学習した地形だっ」

「自然と策が浮かんくるっ。疑兵ぎへいで驚かせたら大混乱しそうだ」

「山なので火をつけみるのはどうですかっ?」


「おお、接要せつようさせて良かった!」

少女はデキル軍人らしくなった部下たちに喜んだ。


「嬉しいよ。みんなで作戦を考える日がくるなんて。


それに、本来、作戦はこのように皆で練るものなのだ。

案を出し合い、それを混ぜれば、誰が作ったかわからなくなるからね。


作戦を考える者、たとえば軍師がたった一人だと、そいつを始末してしまえば、その軍は崩壊する危険性が高くなる。

だから誰が何を担当しているのか、敵からは一切わからない、推測もできないようにする事が重要だ。


これは兵法の基本、敵に姿を見せない、と同じような事だね。

敵に認識されなければ、標的になる事はない。


将軍だろうと軍師だろうと目立つのが好きな者は、自ら攻撃の的になっている事に気づいていない幸せ者だ。そんなのと一緒にいたら巻き添えを食うから、諸君らも気を付けたまえ。


では、とりあえず、ここの武器や食料をすっからかんに奪ってから、本陣に戻ろう」



 かくして、山の上の白ぎょう一派は、遠巻きに囲まれた。

実際には疑兵にである。

少数の兵士たちが木々や岩の影から、大声を上げて騒いでいるだけなのだが、油断していた山賊たちは、素直に仰天した。


あわてて武器を持ち攻撃しようとする者、逃げ道を探す者、籠城しようとする者で、アジトはあぶくたつ鍋料理がさらに煮えたつように、ハチャメチャを極めた。


 ふと見ると、不自然に明らかな逃げ道が一本、用意されている。


その下り坂の先には、少数の部隊が待ち構えていた。昆虫でもわかる罠である。


 やい、そこに岩を転がせやら、誰かが近づいて矢を射かけろやらと、ワーワー騒いでいると、逆に火矢が飛んできて、混乱の第二波がアジトを襲った。


荒くれものたちは、罠も構わず、一斉に頂上から飛び出した。

こうなれば、逆落としなのだ!


よく考えれば、こちらの方が人数が多いのだから、少数の部隊の待ち伏せなど簡単に蹴散らせる、はずである。

と、雪崩のように山を走って降りてきたが、なぜかしら、どれだけ走っても相手には届かない。


 どうやら、罠の少数部隊は後退していたらしい。

そう気づいた時には、駆け下りる勢いは消えていて、はあはあと皆、息切れしていた。


疲れちゃったナ~と倒れていると、藪や岩山、木々の影から、多数の伏兵が現れた。瞬く間に、大部分が囲まれてしまった。

空を見上げれば、矢の雨が降ってくる途中である。


その包囲を逃れた者は、最後の力を振り絞り森へ走り消えた。


そして、約三万の白ぎょう一派は、逃げた者、殲滅された者をあわせて、ほぼ一日で自然解散となった。


 自軍の負傷者は皆無といってよい状態である。

相手を多く動かして自滅させ、こちらは小さい労力で、最大の戦果を出す。

山賊相手とはいえ、皆で考えた作戦もうまくいって、将校と兵士たちも嬉しそうである。


山賊相手とはいえ、この戦いは、上手くいったのだ。


 先の戦場のように、少女は自分で戦う事はなかった。

駿馬である絶影も一駆けする事もなかった。

馬上の人のままで、斥候の報告を受けて全体の動きを把握し、時々、指示を出していただけである。


満足そうに、ちいさく頷いた。

……これこそが、本来の将軍の、指揮官のあるべき姿だ。

先頭に立って戦う将軍はカッコイイが、もはや旧世代の武将像なのだ。


 戦況報告を袁紹えんしょうに早馬で送った。

数日後、生け捕りにした山賊の取り調べや、アジトの調査を終え、河内に戻ろうと支度をしている時だった。

袁紹の早馬が到着し、返信を持ってきた。


「えっ!?」

少女が思いがけず大きな声を上げたので、周りの者も驚いた。


「なんと、袁紹殿が、私を東郡太守とうぐんたいしゅに上奏して下さると!?」


信じられず、夢ではないかと、今聞いた言葉をやや震える声で繰り返して、使者に尋ねた。


「そうです。

前太守の王肱おうこう殿も、これからもあなたに山賊討伐を任せたいと、すでに交代を承認しております。


ですので、河内には戻らず、この東郡に留まってください。


袁紹殿からの強い要望ですが、内政を行う政庁せいちょうは、濮陽ぼくようではなく、東部陽とうぶように置くようにと仰せです。


そして定期的に、東郡の情勢を連絡するように、と。


曹将軍には山賊退治の治安維持だけでなく、以前、済南国を治めていた実績もあり善政にも期待している、との伝言です。


この手紙にも、記されてあります」


早馬の使者は、当時では珍しい紙の書類を少女に渡した。


「わかりました。東郡太守の任、全力でお受けいたします」


 彼を送りだすと、少女は嬉しさが抑えきれず将兵を集めた。


「袁紹殿が、私を東郡太守に上奏してくださるそうだっ。

ついに私たちは、独り立ちができる日がきたのだ」


おおっという歓声と祝福の声の中、少女は薄く涙を浮かべて、頷いた。

……やってよかったわ、山賊退治。


「これも、皆の我慢と働きのおかげだ。

私を見捨てずに助け続けてくれた事を、心から感謝する。

私は、諸君ら全員のおかげで力を得たという事実を、これからも忘れる事はない。


そして、私はここで、あなたたちに誓おう」


白銀の剣を抜くと、まるで天を貫くようにかかげた。


「私に託された土地と人々だけでも全力で護り、平穏にするのだ。

そのために私は、全身全霊を尽くす」


それに続くように、皆も次々に空へ向けて剣や武器をかかげていった。

陽の光が刃に強く輝くと、地上で幾千星のように煌いた。


つづく

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