第74話 河内郡・孫堅の活躍・玉璽そして偽物

孫堅そんけん軍は不屈で、ふたたび董卓とうたく軍に戦いを挑んだ。

そして華雄かゆうという将軍を討ち取り、将軍を失った董卓軍は、撤退した。


 はじめて反董卓連合軍が勝利した瞬間であった。

しかもかつての首都、洛陽らくようを取り戻す事にも成功したのである。


 この華々しい戦果に、人々は熱狂した。

孫堅そんけんあざなは文台ぶんだい将軍の名はさらに国中に響き渡り、年寄りから子供まで、その活躍を語り合った。


 いまや時の人、孫堅とその軍勢は、洛陽が再び戦地とならぬよう、厳重に護るために陣取っている。

そして、董卓たちが財宝目当てで荒らしていた皇帝たちの陵墓りょうぼを丁寧に修復しているという。これがまた彼らの評判を一層高めた。


 そのような話を耳に入れると、私もいつか……と、少女は夢見ると同時に自分の冴えない現実を思い出し、ほうっとため息を一つこぼすのだった。


 今は、兵士を訓練する事と、間者を育てる事に専念していた。

……私は、次に敗北すれば、きっと二度と戻ってこれないだろう……。

その予感が大きな恐れと圧力となり、日々の練兵や模擬戦、兵法の教授と勉強に力が入った。


 とくに兵法の知識は、末端の将兵にも学んでもらうために努力している。


接要せつよう」という数ある兵書をまとめ、書物を作成した。

その学習内容は、楽しく、簡単、自然に策力向上できる工夫したものになっている。


 その熱心な様子が、やがて評判となった。

反董卓軍盟主はんとうたくぐんめいしゅ袁紹えんしょうを始め、他軍からも、訓練や兵法の教育を頼まれる事もあった。


 このような不思議な立場となったからか、曹操軍は極めて少数だったにもかかわらず、追い出される事も吸収される事もなく、陣地のすみっこでなんとか存在し続ける事ができていた。



 近頃、袁紹えんしょうは、韓馥かんふくという人物と、よく一緒にいる。

韓馥かんふく冀州牧きしゅうぼくを勤めている人物である。


 冀州は田舎ではあるが広大で土地は肥沃、穀物の生産量も多い。

その豊かさに自然と人が集まり、税収も莫大だ。

軍勢も大軍で、兵卒であっても良い武器や防具を装備している。


 ちなみに袁紹えんしょう渤海太守ぼっかいたいしゅであり、官位としては、冀州牧きしゅうぼく韓馥かんふくの管理下にいる。

しかし今は反董卓連合の盟主なので、軍隊においては袁紹の方が上位ではある。

いろいろ、ややこしい。


 少女はある日、袁紹に食事に誘われ部屋に入ると、やはり韓馥も一緒にいた。

人払いされると、広い空間にただ三人が残された。

 

「ところで、これを見てくれ。こいつをどう思う?」 

食事と話が進むと、袁紹は突然、袖の下からそれを取り出した。


ぶらりと持ち上げた手の先には、輝く玉璽ぎょくじが垂れ下がっている。


「すごく、本物みたいです……」  

少女は畏れ多く、たどたどしく返答した。


玉璽ぎょくじとは、この国の頂点である天子だけが持つ玉の印である。


「い、一体、これはなんですか?

玉璽の偽物を作るなんて、不敬極まりないですよ……!」


そう少女に注意されても、すでに酒の入った袁紹は機嫌良さそうに笑った。


「あはは、お前は洛陽の井戸に、玉璽が落ちていたというウワサを知らないのか?

孫堅とかいう、袁術の所の勇ましい配下がそれを見つけたらしいのだ」


少女は目を見張った。


「えっ?!では、それは、その井戸で見つけた本物なのですか?!


それならば、尚更、丁重に扱わねばっ。そして長安の帝にお返ししないと……」


「ん?お前にしては頭が回らんね」


袁紹は盃をあおった。


「つまり、今、玉璽は行方不明という事ではないか。


その孫堅とかいう将軍が見つけたという話も、嘘かもしれない。

たとえ本当の事だとしても、それが本物の玉璽だと証明できるか?」


「それは、そうかもしれませんけど……」


少女は話の方向性がわからず、不可解な表情で返事をした。


「だから、私と韓馥殿は考えたのだ。

この玉璽で、新しい天子を擁立しよう、とな。


当然、お前も協力してくれるよな?」


 その衝撃的な誘いに、思考回路が完全に弾けて、少女は一時停止した。

頭の中から言葉が吹き飛び、ただ目の前にいる壮年の男二人の、絡めとろうとするような粘っこい視線を見返す事しかできない。


つづく

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