第64話 揚州・劉備青年の誘い

「な、なぜ私が軍人だと、思われたのでしょうか?」

「あっ、驚かせてしまいましたか。申し訳ありません」


青年は慌てて頭を下げた。


「最初はお二人ともこうの良いかおりがするので、何かご事情のある貴人の方だと思いました。


でも、そのいている剣の鞘が、彫物も凝った一級品なのに、よく見ると傷だらけです。

それで、実戦仕様なのだと思ったのです」

青年はさりげなく、剣に目を這わせる。


「刀身もきっと手入れされて、美しいのでしょうね。

機会があれば、ぜひ拝見したいものです。


それに乗っておられる馬も、とても素晴らしい。

まるで、どこかの将軍が乗っていても見劣りしないような体躯と毛並みです。


あなたによく似合っていますよ」


元譲は最後に褒められて、少し頬を赤くした。


「あ、ありがとうございます。

この馬は、絶影という名前なのですが、私も、素晴らしい馬だと思っています。

だから似合ってると言われて、とても嬉しくなりました。

でも、残念ですが、この馬は私のものではないのです。

私の馬は後ろに綱で繋げている、荷物を持ってくれている方なのです」


やや苦笑いで答え、改めて感心したように相手を見つめた。


「それにしても、あなたの観察眼はすごいですね。

なんだかもっと、色んな事を見抜かれそうで怖いな」


玄徳青年は笑いながら、まさか、と返した。


「それにしても剣と馬にとても詳しいのですね。一体どこで……」

と、ここまで口にして、やっと閃いた。


「あっ。もしかして、あなたも私たちと同じ職業なのですかっ?」

 

 玄徳青年は、ふふっと微笑んだ。

そして「いやあ、鋭いですね」などと言おうかと思ったが、逆に皮肉になるかもしれないと思い、やめた。


「ふふ、実はそうなのです。あなたのお察しの通りですよ」

と、軍人らしからぬ柔和な笑顔で答える。


「揚州に行くのも、募兵のためなのです。

以前、丹陽に募兵に行った事がありましてね。

良い兵士が多かったので、今回もそれを期待しているんです。

それで、その……」


彼は急に、相手の顔をのぞき込むようにして深く見つめる。


「もしも夏侯殿が、現在の所属など気に入らなければ、どうですか?

私と一緒に戦いませんかっ?」


「えぇーっ?!君と私が、かいっ?」

裏声になりつつ驚いた元譲へ、青年は畳みかけるように話す。


「ええ、私とあなたがです。実は私は今、友人でもある公孫瓚こうそんさんという、大変誉れ高い、奮武将軍の下におりまして……」


「げえっ!?げほっげほ!」

元譲はひどく驚いた声を、急にむせたようにして誤魔化した。


……ふぁー?!奮武ふんぶ将軍って、今の孟徳殿の役職じゃないかっ!

と、つい胸元でまだスヤスヤしている少女を見てしまい、慌てて不自然にキョロキョロと視線を反らした。


……ただ、孟徳殿のは、無職じゃ兵を動かせないので、反董卓連合軍盟主の袁紹に適当につけられた「自称」奮武将軍なのだけどね。

いやはや、しかしまさかここで本物の、董卓にご指名された奮武将軍の関係者に出会うとは、世の中って狭いな。

まるで奇跡の出会いだね……。

て、いやいや、キラキラ感動してる場合じゃないぞ。

迷子になってもいいから、今すぐここから逃げ出したくなってきたぞ……。


「あの、大丈夫ですか?お顔が真っ青ですよ」

玄徳青年の心配する声に、元譲はハッとして誤魔化すように軽く咳払いしながら答えた。


「あっすみません、何もないのにむせてしまって、まだ苦しいのです。あはは……。

え、えっと……。

私のような者にお声がけをしていただいて大変光栄なのですが。

その、私一人では決められない事です……。ごめんなさい」

 

その答えに劉備青年はガッカリしたが、それでも優しい笑顔を浮かべたまま言った。


「わかりました。ぜひ、私の名前は覚えておいてください。

劉備玄徳りゅうびげんとくです。

いつか一緒に戦いましょうねっ」


つづく


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