第63話 揚州・ふしぎな三人ぐみ
「あれ?ここは……」
どこだろう?と口走りそうになったが、青年はぐっと言葉を飲み込んだ。
彼の名は、夏侯惇あざなは元譲で、今は旅の途中である。
町で買った地味な古着の旅服姿をしている。
手綱を掴んだ腕の間には昼食後「眠くなってきたのじゃ」と唐突に言い出し、本当に眠りだした少女がいた。
その少女も古着で、能天気な踊り子の衣装を着ていた。
反董卓連合の将軍だとばれたら捕らえられて八つ裂きにされるかもしれないので、変装して旅をしているのである。
前回の女学生の制服に激怒に続いて、今回もさらに激怒した。
しかし関所で、歌や踊りを披露すると拍手喝采、スイスイ通過できるので、今では髪や耳の飾りまできっちり装備して、なりきっていた。
「孟徳殿、ちょっと起きてください」
そう言いながら踊り子衣装の少女を強く揺さぶっても、起きる様子がない。
これは……と青年は長年の付き合いで、ぴんときた。
腹が空くまで寝てるやつだ、これ。
しかしこのように深く眠り込んでしまうのも理解できないわけではない。
たった数日前に徹夜で死闘を繰り広げ、少女に至っては縫った矢傷もまだ完全に塞がっていないのである。
春のポカポカした心地よい陽気の中、疲労や怪我を癒すためにも、よく眠らせてやりたい気もした。
青年は無理に起こすのを諦めると、途方に暮れ、いつの間にか迷い込んでいた薄暗い森の道を眺めた。
「もし、どうかされましたか?」
不意に、声をかけられギクリとして振り返ると三人の男がいた。
なぜ、今まで気が付かなかったのか。
馬に乗った三人が見つめている。
青年は、苦笑いを浮かべた。
「お恥ずかしい話ですが、道に迷ってしまったのです。
皆さまは、ここがどこかわかりますか?」
改めて言葉にすると、本当に恥ずかしくなり、頬を赤くした。
「ここは九江郡の森の中で、私たちはいま、旧街道にいるのですよ」
真ん中にいる一番年上らしい青年がにこやかに答えた。
「本街道へ戻るには、引き返せばよいだけです。
人通りがない時に進むと、この横道にそれてしまう人は多いのです。
本街道に戻って進めば、合肥が一番近い街になるでしょう」
とても丁寧な案内をしてもらい、元譲は嬉々として彼を見た。
「やあ、親切にありがとうございましたっ。助かりました。
もしかして、この道を真っすぐ進むと、どこへ出るかもご存知ですか?」
「ええ。ここは歴陽の街への近道ですよ。そこから長江を渡れます。
しかしこの道は森の中が続くので、盗賊などが出やすくて危険です。
もしも用心棒がおらずご不安でしたら、街道に戻られた方がいいかもしれません」
その言葉に、元譲殿は目を輝かせた。
「どうもご親切に、ありがとうございます。
思いがけず近道を進んでいたようです。良かった。
私たちはこのまま、進むことにします」
その答えに、男はニッコリと微笑んだ。
「いやあ。お役に立てて、私も嬉しいです。
それと、もしよかったら短い間かもしれませんが、歴陽までご一緒しませんか?
人数が多ければ、盗賊に襲われにくくなり、お互いに良いと思うのですが、いかがでしょうか?」
元譲は小さくうなずいた。
盗賊はどうでもよいが、道を知ってる人がいると安心だ。
「ぜひ、一緒に行きましょう」
「これはこれは、私どもも、大変心強くなりました。
ところで、私の名前は劉玄徳と申します。
連れの二人は、関雲長と張益徳と申します」
彼の連れである青年と少年は、無言で頭を軽く下げた。
「ああ、失礼をしました。私は夏侯元譲と申します。
この眠っているのは、曹と申します」
皆で馬を進めながら、和やかに会話していたが、玄徳殿はふと尋ねた。
「すみません。実は先ほどから少し気になっていて、つかぬ事をお尋ねしてもいいですか?」
「なんですか?」
「もしかして、夏侯殿は軍人でいらっしゃいますか?」
唐突に自分の職業を見抜かれ、一瞬、元譲は表情が固まるのを感じた。
つづく
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