第61話 酸棗・曹操の献策二回目
「み、皆さま、宴の最中に申し訳ありませんっ」
たしか、数日前にも見た女中長の様子だった。
皆、彼女の次の言葉を、固唾をのんで待った。
「曹奮武将軍がお見えなのですが、お通ししてもよい……あっ」
女中長の言葉が終わる前に、軍服姿の少女と青年二人が現れたとたん、皆、表情を曇らせた。
なぜか青年のうち一人は、肩で息をして汗だくである。
「戦いに負けた者が来るとは、なんと不吉な……」
誰かが、酔いの勢いを使ってひそかにつぶやく。
少女はゆっくりと一人ひとりの顏に視線を巡らせてから、口を開いた。
「諸君、董卓がこちらに攻めてきていたというのに、いまだに宴会をしているとは悠長過ぎます。
あなた方の十数万の兵士たちに命じて、すみやかに戦闘準備をするべきです」
つい強い口調になりそうで、一旦固く唇を閉じると深呼吸する。
友人の
気を取り直す。
「諸君、戦うにしても、まだ計略がないというのならぜひ私の考えを聞いてもらいたい。
まず袁紹は孟津まで進ませる。
私たちは
南にいる袁術は長安に通じる要害と関所を制圧させる。
長安を包囲するのです。
交戦はしません。兵法の最高の上策、戦わずして勝つを目指すのです。
疑兵の作戦を使い、相手にだけを無駄な出撃をさせて、疲弊させていきます。
董卓は敵が多い。
圧力を加え続ければ、内部崩壊か、楽に勝てる決戦の機会も出てくるでしょう。
どうか、思い出していただきたいのです。
私たちは世の平穏を取り戻すため、戦うために集まったのですよ。
ずっとなにもしないというのは、人々の期待を裏切るのと同じです。
これでもまだ戦おうとしないのでしたら、私はあなた達を恥ずかしく思いますよ」
しばし沈黙が続いたが、どこからともなく、声が聞こえた。
「全滅するまで負けた者の計略など、採用できるわけがないだろう」
それは、誰がつぶやいたのか、わからなかった。
だが、その一言に皆がうなずき、まるで何もなかったように宴会は再開された。
目の前の小さな背中はとくに変化はなかった。
ただ、立ち尽くしているようには見える。
が、急に振り返ったその両目は、矢印の形にぎゅうっと強くつぶり、拳は強く握り締め、歯ぎしりをしていた。
その様子が、まるで好物でも取られて悔しがる子供のように見えたので、少女のそばにいた青年二人はハハッと口元をゆるめた。
その瞬間、鋭い拳が二人のみぞおちに入り、少女はそのまま去っていった。
不意打ちを食らった二人は一瞬、意識が飛びそうになったがなんとか持ち直し、よろよろと付いて行く。
シケた城を出ると、澄んだ青空に陽は美しく、ありふれた景色を輝かせている。
少女はふいに立ち止まり、やっと追いついた二人の青年は、その足元に倒れた。
「あのさ君たち、女の子に少し殴られたくらいで、大げさに演技しないでくれる?」
「す、少しですって……?
あなた、自分がとんでもない馬鹿力だと自覚した方がいいよ……」
子廉は息絶え絶えに言った。
となりの元譲は青い顏して無言で痛みに耐えている。
「それにしても清々しいほど相手にされんかったなぁ。
計略の内容は悪くないと思ったんだけど……。君たちはどう思った?」
だが返ってきたのは、二つの地を這う不気味なうめき声だけだった。
少女はしゅんとして、顔を伏せる。
「負けたから、相手にされないのかな。
それとも私の作戦が使えないって事なのかな……」
「私は、あいつらは何か理由があって、今は戦わないのだと、思ったけどね……」
小声で元譲がつぶやいたので、少女はしゃがんでその顔をのぞき込んだ。
「どういう事だ?今は戦わない、とは?
あいつらはこの先、何かが起きるのを知っていて、その時に戦うというか?
私が知らない、長安や董卓の情報を知ってるとか?」
「そんな、理由まではわからない……。
ただ、とても不自然だなと思っただけさ。だって、そうじゃない?」
元譲はようやく身を起こして座り込むと、腹をさすりながら続けた。
「今は、彼らはただの酔っ払い連中だ。
だけど、地方を代表する立派な名士たちなんだよ。
しかもそもそも、我が国の危機を救おうと戦うために集まった、とびきり正義感の強い人たちなんだ。
それが、ずっと宴会、さらに攻撃されかけたと知っても宴会。
さらに清楚で可愛い美少女将軍に、キミたちは恥ずかしい事をしてるよ、とハッキリ言われても、まだまだ宴会。
これはもう無理やり宴会をしているんだと思ったんだけどね、私は」
つづく
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