第57話 バトル・オブ・滎陽~夜から昼まで~

 また、徐栄将軍に会えるだろうか?

そう思ってから、どれほどの時間が経ったのやら。

月や星の動きで時間を推測する余裕もない。


 敵兵は、いくら殺しても尽きない。

……これが、寡兵の戦い。使い捨てられる兵卒の現場だ。


 剣の切れ味が鈍くなる。

それを察し、距離を取っていた兵士たちが詰めてくる。

とんでもない切れ味の刃物がなくなれば、ただの女の子というだけなのだから。


 少女は剣を鞘に戻した。

足元に落ちていた槍の柄を足を引っかけ、宙に飛ばして掴んだ。

あいにく槍先がない。

おかげで軽く、手に慣らすように高速回転させてから構える。


 少し飛び出すのが早かった一人の喉を突き殺してから、柄の端っこを両手で持つと振りかぶり、同時に数名の頭部を横殴りにする。

そのまま手を離して得物を放り出し、手甲の爪を伸ばすと数名を切裂いた。


 近寄っていた兵士は、慌ててふたたび下がった。

……こいつが将軍なのは伊達じゃないな。何より人を殺す事に躊躇がない。

まさに、殺される前に殺せを実践している。


 少女も思わず一息ついたが、ふいに背後から鋭い風切り音が聞こえて、反射的に身を伏せた。


頭上に何かが通り抜けて、自分の目の前にいた数名の敵兵まで悲鳴を上げる。

何かが落ちる鈍い音がした。


顔を上げて振り向くと、柄まで月光で輝く鉄製の大きな戟を持った兵士がいた。

鎧も他の者とは違い、隊長などの位のある者と思われる。

隆々としたむき出しの腕の筋肉が、鎧よりも威圧してくる。


 目の前に、ぱさりと何かが落ちてきた。

髪の束だった。

少女は目を見開いた。

頭を触ると、命と同じくらい大切な物がなくなっている。


……かかか冠が、なくなってるっ!!

かかか髪はっ!?


頭頂部を触ると、そこにはまだ毛があり、とりあえず少女は安堵した。

だがそれはスダレのように落ちてきて、目の前を塞いだ。

軍服のそでを縛っている紐をほどくと、急いで後ろ髪に束ねる。


 その間に、巨大戟を持つ兵士は、再び大きくそれを振ろうとしていた。

……相手の動きが遅くて助かるわ。

重い武器の破壊力は凄まじいが、反面、自らの動きを封じる重りにもなる。


相手に武器を振らせては逃げ、その動きを観察する。

そして突如、少女は一直線に相手に向かい疾走した。


相手がもっとも遅くなる瞬間がわかれば、武器は必要ない。


巨大戟が地面に落ちる瞬間、前かがみになった相手の首を両足で深く挟み込む。

そして勢いよく上半身をひねらせて相手を一回転させると、その頭部から地面に激しく叩きつける。その瞬間、二人の体重と衝撃が彼の首の骨に圧し掛かる。

少女が飛び跳ねて起き上がった時には、相手は二度と動くことはなかった。


 周囲の敵兵は身動きを忘れ、ただぼうっと、一瞬の曲芸にも見えた殺人技を見ていただけだった。


その間にも、少女は地面に転がる槍の柄を足で蹴り上げて、宙で掴かんだ。

そして、非情にもまだぼんやりとしている一人の頭部をそれで突き刺す。

兵士たちはハッとして、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 少女は未使用の矢を回収をしつつ、その場から離れた。

喉が渇き、林を抜けて、川へ向かう。

水辺に到着した時には、夜が明け始めていた。


まだ上がり切らない陽光を受けて、無数の白い輝きが銀色の鱗のようだ。

清浄な水で顏を洗い、そのまま直接水を飲み、竹筒にも補充した。

気が抜けて身体の重さを感じたが、また、戦場へ戻る。


現場に戻ると、不思議と疲労は消えてしまう。

だが、どれだけ兵士を殺しても、徐栄にはたどり着かない。

兵士に尋ねて素直に居場所を答えるわけでもなく、彷徨うように戦っていた。


やがて昼になっても空腹感はなく、それどころか、食すと戻しそうだった。

時折、水を飲む。不思議だが、それだけで身体はやたらに動くのだった。


今さらだが、仕事が、まったく進んでいない気がした。

少女は唐突にひどくイライラとしてきた。


……それにしても、徐栄ってやつ!

と、少女は敵の将軍に届かぬ怒りの矛先を向けた。


……なんて粘着質でしつこいヤツなんだろう、気持ち悪い。

一日中戦い続けるってどんだけ悪質な作戦じゃ、頭も悪い。

おかげでわしも退けないし。本当にムカつくっ。


少女は完全に自分の事を棚に上げ、胸の中でひそかに怒り狂った。


「しかし曹操ってやつ、とんでもない粘着質なヤツだな、気持ち悪いヤツだ。

ふつう、こんな一日中戦うもんかね?おかげであまり寝られんかったし。


さすがにカワイイ女の子でも、ちょっとムカつくな。

ま、捕まえたら、よくわからせてやるわい」


徐栄は部下たちと広場で昼食を取りながら、雑談している。


「本当それです。引き際を知らないシロウト丸出しの戦い方ですな。

わからせてやるために、殲滅してやりましょう」


「いや、曹操だけは生け捕りにしろ」

徐栄は近くの川で獲れた魚の丸焼きを、丸かじりしながら言った。


「無名の雑魚ではある。

だが、うちの軍を相手にここまで戦えるのは、なかなかなだ。

長い伸びしろを感じる。部下にしたい。持ってる武器も良い」


「……はあ」


「なんだその、軽蔑した目は。

下心があると勘繰るお前の心にこそ、下心があるのだぞ」


「誰もそんな事、言っておらんのですが?」


「とにかく。あの小娘だけは、回収するのだ」


「はあ……」


そして、徐栄はふと、目を鋭く細めた。


「……それにしても、ザコ無名の軍隊がここまでやるとは思わなかった。


つまり、酸棗さんそうの反董卓連合はさらに強えヤツらが控えているという事。


毎日宴会ばかりしている、という間者の情報は、こちらを油断させておびき寄せるための策略だったようだな。

奴らの罠に気づいただけでも幸運だった。


酸棗は、安易に攻められるものではない。

この戦いが終わったら撤退し、酸棗へは最も強力な軍編成と武器を用意して挑むとしよう」


つづく

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