第54話 滎陽・将軍として一番ダメな戦い方

衝撃の報告に驚きつつも、すぐに礼を言った。

「ありがとう」


……こちらが察知したという事は、戦争経験豊かな董卓軍の斥候なら、とっくに私たちを察知しているだろう……。


野営地にするつもりだった草原で兵士たちに休憩を命じ、将軍と各指揮官たちと集合する。


「諸君。もうすぐ私たちは敵と遭遇する。相手はこちらの二倍ほどらしい」


 二将軍と各部指揮官にそう伝えると、各部隊長たちも先ほどの少女のように「んぐっ」と声を詰まらせ、黙り込んだ。

その沈黙に、距離を置いてくつろぐ兵士たちの笑い声が挟まってくる。


 顔色を変えなかったのは衛茲えいじ将軍と鮑信ほうしん将軍だった。

この二将軍も自軍の斥候を出しているはずなので、すでに知っていたのかもしれない。


「敵は我らと同じ、この先の雑木林を抜ける道を選んで、こちらへ向かっている。

彼らの目的地は、当然、酸棗さんそうの反董卓連合の城だ。


さて、この先の雑木林だが。

絶好の伏兵処だから、私はそこで戦いたいと思っている」


少女の言葉が終わると、曹洪は挙手すると同時に意見する。


「ですが、こちらは寡兵で劣勢です。引き返した方がいいのでは?」


「引き返す?どこまで?」

少女は質問を質問で返す。


「わ、私も子廉殿に賛成ですねっ」

曹洪が答えに困っている間に、夏侯淵が元気よく発言した。

とたん注目の的になり、青年はハッとして、やや小さな声になり続ける。


「酸棗まで引き返しましょう。

そこで宴会してる皆と一緒に戦えば、敵の約六万は大した数ではなくなります」


その言葉に、少女は軽く片眉を上げた。


「酸棗の宴会場、いや違った、城まで逃げ切るのは難しいよ。

馬で急いでも一日弱はかかる。

追われれば、まず歩兵が敵の騎兵に雑草でも刈るように撫ぜ斬りされるだろう。

我々だって、替えの馬がない。

馬が疲れて死ねば、我々の命運も一緒に尽きてしまう。


それに酸棗はただの宴会場ではなく、反董卓連合の重要拠点地なんだ。

ムカつくけど私たちは宴会場を、重要拠点地を命を懸けて守らなくてはいけない。


もしも酸棗が落城したら、地理的にも心理的にも、一気に董卓の有利になる。

どっちつかずだった豪族たちも董卓に付くかもしれない。

そうなれば、反董卓連合は四面楚歌になるだろう。


ま、その時には私たちは全員死んでるだろうから、関係ないんだけどさ」


「でででは?ここで私たちは戦うのですかっ?!」

夏侯淵は思わず、すでにわかっているのに最終的な答えを、つい尋ねてしまった。


「そうさ。逃げる事ができないなら、戦うしか活路はない。


寡兵で大軍と戦う場合は、奇襲などで相手を混乱させると兵法にある。

今回は全員で伏兵となり、奇襲する。というか、その手しかできない。


この先の雑木林は、隠れ場にできる。

天が私たちに与えてくれたささやかな愛情だと思う。

もしもこの見通しのいい草原で遭遇していたら一方的に殺戮されていただろう」


「わ、わかりました」

曹洪が頷いたので、夏侯淵も腹が痛いような顏で頷いた。


「覚悟が決まったね。皆、耳を貸すのだ」

と、少女は敵の斥候や間者を気にして、さらに声を潜めて話し始めた。


雑木林の途中まで進軍する。

敵に遭遇する前に、恐れをなして引き返す芝居をしながら散り散りになり、道の両側に潜んでいく。

一万ほどの歩兵と騎兵は、この草原まで戻る。

この一万は、待ち伏せと遊撃の二軍に別れて臨機応変に戦う。


開戦のきっかけは、私がやる、と、言うと、少女は口を閉じた。


「ところで、あなたはどこで軍を指揮されるのですか?」

聞き終えた衛将軍は、小声で質問をした。


少女はばつの悪い顔をした。


「恥ずかしながら、今回は指揮をしたくても、できない状況です。

お二人の軍隊と私の軍で合同訓練もする暇がなく、ここに来てしまったものですからね。


それに、今回はたとえば陣敷いて指揮する戦いをしても、兵力が倍で、戦争慣れしている董卓軍と正面からぶつかれば、すぐに押されて陣は崩壊し、結局、乱戦になるでしょう。


なので最初から、奇襲から乱戦になるようにして、指揮がいらない戦いにしました。


無責任なようですが、今回は各部隊や個人で動き、生き延びるように戦い、判断をしていただければと思います」


そして少し頬を染めると、恥ずかしそうに付け加える。


「私も、この戦いでは指揮官というより、一兵卒として戦うつもりです。

本来は、将軍や指揮官が敵に突っ込むなんて一番ダメなやり方です。

将軍や指揮官が指揮をせずに、一兵士になるなんて、仕事を放棄しているのと同じですからね。恥ずかしい事です」


「しかし、それは……」

衛茲が続けるであろう言葉に、少女は苦笑いと視線で返答すると、彼はすぐに口を閉じ、相手を尊重した。

そして少女は、話題を変えるように付け加える。


「ですので、引き際も各隊や自分で好きに決めてもらって、構わないのですよ」


その言葉の意味が、衛茲にはすぐにわからなかった。


「恐れを感じたら逃げるべきです。

あなたの兵士たちに、罰則を科そうなどは考えていません。

衛茲殿も鮑信殿も、どうぞ私の事は気になさらず、ご無理せずに退いて下さい」


「……」

衛茲は、思わず問おうとしたが、黙った。


……恐ろしさを感じただけで逃げてもいい?罰則も考えていない?

まるで、逃げると見せかけて隠れるという最中でも、本当に逃げても構わないと言っているも同じではないか……。


だが、衛茲は尋ねる事はしなかった。

質問されても、相手は正直には答えないだろう。

それに、なにより、自分には尋ねる必要のない事だった。


つづく

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