第49話 陳留・軍隊を持つ

 衛茲えいじ殿との話しが終わり、元譲げんじょう殿のいる別室の戸を引いた。

青年は小さな火鉢の前で不機嫌な顔で寝転んでいる。

少女は彼のそばに座り、火鉢に手をかざした。


「元譲殿、すまないね。私はしばらく、ここにいて、衛茲殿のお世話になる事にしたよ。

君は私にとても良くしてくれたのに、君の希望に添えなくなってしまって、本当にすまないと思っている。


あとこれは秘密の話で、誰にも言わないでほしいのだが。

董卓を討つために、皆、挙兵を考えているらしいのだ。

なので、私もそうする事にしたんだ」


「ふーん」

どこかムスッとした元譲殿は気のない返事をしたが、一拍して、熱湯でもかけられたように飛び起きた。


「な、なんだってーっ?!!」

「人の家の中でうるさいよ、きみ」


「君、個人で軍隊持つって、それ、どんだけお金がかかるかわかって言ってるのっ!?」

注意してもまだ大声を出す彼に少女は眉をひそめたが、しかし、第一に金の話をした所に感心をした。


「わかってる、つもりだけど。

私のお金は全部使うし、本当はイヤだけど、父上にもお金を借りれるだけ借りる。

それに、衛茲殿も、私に投資したいって言ってくれたんだ」


「えっ!!?」

青年は驚き、そして即答した。

「じゃあ私も君に投資するよ。衛茲殿と同じくらいか、それ以上にねっ!!」

少女は仰天して青年を見た。


「何を言ってるのさ。

大金が掛かると言ったのは君だろう。


そもそもお金の事をそんなに軽々しく決めるのはよくないよ。

貸し借りというのは、ケンカの元だし、のちに君とのもめ事になったら悲しいよ。

せめて、ちゃんと一族会議か、家族に相談して決めてくれる?」


青年は素直に頷いた。

「それもそうだね。

じゃあ私は譙県に帰って家族会議をして、あと、人も集めてみるよ。

全部終わったらまた戻ってくる。


君はまた勝手にどこかに行ったら、次は絶対許さないからねっ」


相手の加減して怒っている表情に、少女も真顔で頷いた。

「わかったよ、もう勝手にどこかへ行かない」


そして、話を変えた。

「ところで君、人を集めるって、あてはあるのかい?」


「うちの親戚と、君の身内にも声をかけてみるさ。

それと、黄巾賊が暴れてた時、地元が荒らされないように自警団を作って鍛錬していたから、そこも誘ってみるつもりだよ」

「それはすごいね。

私も身内に声をかけようと思っていたけど、役人になってからはあまり地元に戻らなかったし、気が引けてたんだ。

それに君の方が人が集まる気がするよ。君は明るいから」


そしてハッとする。


「ごく自然に話を進めてしまったけど。

まさか、もしかして、元譲殿も私と一緒に軍人になってみようかなっ?なんて思ってるんじゃないだろうね?」


「そうだけど」

その即答に、少女は神妙な顔になった。


「戦場は、君が思ってるより簡単に死んだり大けがをするよ。だめだよ」


自分でも、何を当たり前の事を言ってるんだかと思ったが、なぜか言わずにいられなかった。


「それに、人を殺さないといけないんだ。何人もね。

時には大勢の人を上手く罠にはめて一方的に殺したり、その逆になる事もあり得る。

狂気の職場さ。

君はあんまりそういう仕事に向いてないように思うけど」


「でも君だってそこで働くんでしょ。じゃあ私も一緒に行くよ。

それに死ぬとか大けがをするのは、日常生活でもいつ起きても不思議な事じゃない。

それにそんな事は別にどうでもいいのさ。

単純に私は君を助けたいだけなのだから」


 少し陰鬱な表情で相手を見つめた。

こう言い出し始めると引かない性格なのは、知っている。


「そう。じゃあ私も、君を助けて、守るために全力を尽くすよ。

君が死ぬ時は、私も死ぬ時になるだろう。

ただし君が迷子だとか、どじな事をして死んだ場合は、その限りではないけど」

二人は、ふふっと小さく笑い合った。


 翌日、朝靄の中、青年が屋敷を出る時には、少女だけでなく衛茲の一家も彼を見送りにきた。


 すでに事情を知る衛茲は、彼にとても感謝をして旅路の無事を祈った。

青年は見送りをにこやかに受けつつも、内心、気にかかる事があり、時々そちらを盗み見していた。


衛茲の息子の一人が、少女の事をひどく赤面しながらチラチラと熱心に盗み見しているのである。それに気づいてから、青年はそれが気になって仕方がない。

……あのマセガキ、そのうち湯浴みとかのぞくかもしれん。見ても減るもんじゃないけど、すごく心配だ……。


そんな雑念と共に、少女と衛茲の希望を叶えるために故郷へ速攻で戻り用事を片付け、また速攻で戻ってこようと心に誓った。


 その間、少女は調達できる金の合計から、軍隊の編成を考える。

何人の兵士を、何日雇えるか、食料、備品、馬、武器と防具の質と管理。


考えたのちに父親を頼る事にした。大金を借りたのだ。

会うのは危険なので、間者を使ったのだが、一体、父はどんな顏をしたのか、呆れられていたのか、気になった。

そしていつしか、時間は矢より早く過ぎ去っていた。


 果たして、皆の呼吸が白く凍てつく正月。


陳留と譙県の間にある己吾で、郷里から二千人衛茲殿から三千人、合計五千人の軍隊を持ったのであった。


つづく

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