第48話 陳留・軍隊を持つ事=常に金勘定する事
彼のあまりの期待の大きさに驚き、少女は額に汗をにじませた。
「お話、大変ありがたく思います。
しかし、失礼ながらそれは買いかぶりかもしれませんよ。
私は所詮、戦場に一度しか出たことがありません。
勝てたのも、
大屋敷の主人はふふっと笑った。
「それならそれでも、かまわないのです。
私が勝手に、あなたに期待しているだけなのですから。
しかし、あなたに期待しているのは、私一人だけではないでしょう。
乱世の奸雄、いや、英雄だと、人を見抜く名人も、あなたには一目置いたのですからね。
そのあなたの才能を、私は、信じたいのです」
「はっ。はあ……」
彼の熱に圧されながらも、しかし自分を信じきれない気持ちも大きく、中途半端な返事をする。
そしてこんな真剣な話をしている時に、変装とはいえ女学生姿でいる事が急に申し訳なくなり、頬が少し赤くなった。
「そ、その、あなたが私に投資するとして。
私はその見返りに何をすれば良いのでしょうか?
戦って、勝つ事ですか?」
「見返り?そうですね」
衛茲殿は、少しだけ考えるように視線を動かしてから、言った。
「私はあなたに、この世に再び平穏と秩序を取り戻していただきたいのです。
あなたが戦う時はいつも、この私の願いと共に戦ってほしい。
勝つ時も、負ける時も、ね」
「そ、それだけ……ですか」
衛茲は、ただ、微笑みを返すだけであった。
少女は、一拍だけ彼から視線を外し、そして、すぐに正面から見つめ直した。
「わかりました。
私も討伐に参加します。
しかし、まず、私も私自身の財産を処分し、それを武器や兵士に変えます。
それから、足りない時は、あなたからお金を借ります。
そしてかならず、返します」
「いいえ、お金は返さなくて結構です。
と言いますか、たぶん、あなたは金を返したくても返せなくなる」
「えっ?!」
大屋敷の主人は、金の話にピンときていない少女にフフッと笑ってから、説明を始めた。
「これは兵法にも書いてあることで、あなたに言うのも野暮なのですが。
兵士を持つ事は、想像以上にお金がかかるものです。
まず、兵士を雇う、そして軍服、武器、彼らの食料の調達も必要です。
戦いがない間も当然、食わせ続けるわけです。
そして戦いが始まると、兵士や武器の補充も始まります。
それに、良い働きをする者には特別に褒美を与えなければいけません。
隊長などの役がつくと給料か食料を増やさねばなりません。
それらができなくなった時、兵士はタダ働きはごめんだと逃げ出すのです。
軍隊が、内部崩壊する。
官軍ではない個人の軍隊の場合、このようなお金の計算を常にしながら、戦わねばならないのです」
大屋敷の主人は、続ける。
「今回の私たちの目標、董卓を倒す事、それは不本意ですが、官軍と戦う事です。
黄巾賊を討伐していた将軍や政府軍は、なかなか手ごわいでしょう。
さらに董卓の直属軍となると、彼らはずっと異民族と戦っていました。
戦争の玄人だといっていい。
その彼らを倒し、洛陽の奥深くに潜む董卓に刃が届くのは、一体、何日ほどかかると思いますか?
一週間?一か月?それとも半年?一年?もっと?」
少女は初めて、金がなくなる、という漠然とした不安に襲われた。
お金と戦争の強い結びつきは、書物の知識で、知っていた。
しかし、衛茲に言われるまで、具体的な想像はしていなかった。
……金に不自由しなかったせいか、なんとかなるだろうと思ってしまうのは、悪い癖だ。
「なるほど。よくわかりました……」
……私自身、この董卓討伐に出ている間、禄(給与)が出ないわけだ。
董卓を倒して、また役人として勤められるまで、ただ働きをするんだ……。
すっかり神妙な顔つきになった少女に、大屋敷の主人は、改めて優しく微笑んだ。
「お金の問題は、古今東西老若男女問わず、誰もが悩むものです。
どうぞ、遠慮せず、私のお金も使ってください。
私は最初から、お金を貸すのではなく、あなたに投資するつもりでしたから、なにも気にしないでください」
「……ありがとう、ございます」
少女は自分の不甲斐なさに顔を赤くしたが、遠慮せずにお礼を伝えた。
「ところで、あなたは間者を持っていないようですね。
うちの者を何名か、譲りましょうか?」
「えっ。それは、ありがたいですが……。
しかし、子許殿が時間をかけて、教育された者たちなのでしょう?
そんな貴重な人材をいただくのは、さすがに気が引けます」
「いや、先ほども言いましたが、私はあなたに投資して、助けになりたいのです。
間者がいなければ、戦いは、難しくなります。
戦いがなくても、なんらかの思いがある者は皆、間者という影を使って情報を得ています。
これからのあなたには、必要ですよ」
「……わかりました。何から何かですみません。
私自身、育てておくべきでした」
「いいのです。あなたが住んでいた洛陽は人の目が多い。
そのような場所で隠密を育てるのは、大変難しい。
どうぞ遠慮せず、もらってください」
少女が衛茲の数々の思いやりに深く頭を下げると、大屋敷の主人はあわててそれを上げさせた。
つづく
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