第42話 中牟・脱獄
「事情はあとで、今すぐここを出ましょう!」
青年は寒さと緊張で震えながら錠の鍵を差し込み、鉄格子の扉を開いた。
周囲からの罵声の中、二人は脱兎のごとく、牢から飛び出す。
そして狭く暗い階段を駆け上がり、一気に建物を出た。
少女は思わず両手を広げて、肺いっぱいに吸い込んだ。
空気は痛いほど冷たいが、それでも、旨く、心地よく身体を駆け巡る。
だが、のんびりしてる場合ではない。
洛陽以外でも街は夜間外出禁止が基本で、見つかればその場で死罪にされる事もあるのだ。
二人は隠れるように細い裏道に駆け込んだ。
「私、どうしてもあなたの事が気になってしまって、県令に頼み込んだのです」
走りながら、青年は話しはじめる。
「私が独断であなたを逃がした事にしてもいいなら黙認すると、言ってくれました」
「そ、そうなのか。ありがとう、すまないね。君には、迷惑かけてばかりだ」
謝る少女に、青年は自分の腰に佩いでいた二本の剣をさし出した。
「わ、私の剣まで取り返してくれたなんて!
ありがとうっ!君には、どれだけお礼を言っても足りないよっ」
「いえ、あなたのご苦労にくらべたら、これくらい平気なのですっ。
それに今日は、人生最大の冒険ばかりで、新鮮でした。
酔った上司の頭を後ろから殴って気絶させ、その剣を取り返したんですよっ。あははっ」
そして、話しを続ける。
「県令は、とてもいい人でした。あなたの事も良く知っていました。
私たちの追跡も、できるだけ時間稼ぎをしてくれるそうです。
そしてもしも中牟全体の責任問題になった時は、自分が処罰を受けるとも……」
少女は、脳裏に一目会っただけの県令がよぎり、激しく後悔した。
……せめて一言だけでも、お礼を言っておくべきだった。
その間にも、青年は話す。
「私は、今からあてなく逃げます。家族の元へは、もう帰りません。
でも私の事も、ここの中牟の事も気にしないでください。
どうかあなたもご無事に逃げ延びて、生きていてください」
「本当にすまない。私のせいで、大勢の人に迷惑をかけてしまった」
「いいえ、いいのです。
私は世の中がおかしいと思っていたけど、今まで何もしませんでした。
ですが今は、あなたを助ける事ができて、あの皆が恐れる暴君の董卓にささやかな抵抗ができた気がしているんです。
私にはこれが精一杯だけど、でも満足してます。後悔していません」
そして案内されたのは、関所の端にある、小さな門だった。
「今は使われていない古い通路です。
その昔、関所がまだ小さかった頃、ここを使っていたそうです」
関所役人である青年はその扉を、ひそかに盗んできた鍵で開けた。
そこには用意周到に馬二頭が待機しており、青年は一頭の手綱を少女に渡した。
「待って」
少女は別れる前に、青年の手を掴むとその平に髪飾りを置いて握らせた。
「逃げるあてがないなら洛陽に行って、袁術殿の館を尋ねてほしい。
そこで丁氏か卞氏という女性を呼び出して、私の名前と、今渡した飾りを見せて事情を話すんだ。
これは私の奥さんの髪飾りだから、見れば信用するだろう。
彼女たちはかならず、君をかくまって大事に扱ってくれる。
馬を飛ばせば、君の手配が回る前に洛陽に入る事ができるだろう」
青年は、手のひらを一度広げ、闇の中でも小さく輝く飾りの光を見て、大事に優しく握った。
「ありがとうございます。きっと洛陽までたどり着きます。
そして、またきっと、あなたにお会いできると信じていますよ」
「わかった、必ず会おう。お互い、うまく逃げられるように」
二人は最後にしっかり目を合わせて拱手した。
そして、それぞれ違う方向に馬首を巡らせると、走り出した。
つづく
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