第20話 譙県 ・休日という名の魔法 弟

 迷路のような館の廊下を進み玄関を目指すうち、廊下の角から、するりと青年が現れた。

先ほどは何も発言しなかった、曹彬である。


彼にも、以前の自分の面影がある。

兄弟を見ると失われた、もう一人の自分を見ているような気持ちになってくる。


「やあ、先ほどは。どうも……」


 唐突な彼の姿に、少女はすこし驚いたが、自然と笑顔が浮かんで弟を見上げる。

しかし間近で彼の青白い顔色を見ると笑みは薄れて、思わず尋ねてしまう。


「身体の調子はどう?少しは運動などできるようになった?

前よりは、元気になってきてるのかい?」


「ふふ、兄上様には、いつも会うたびにご心配かけていますね」

青白い青年は、笑顔を浮かべて答えた。


「体調は相変わらずですね。

病弱なのは母譲りですから、治らないのでしょう。


私とは正反対の、健康で、戦場でも活躍された兄上様が、羨ましくて、そして自慢に思います」


「ありがとう。時々頭痛はひどいけど、基本的には私は健康で丈夫だ。

これは自分でもありがたく思ってるよ。


君は、昔から父上に大事にされているね。

私にはそれが羨ましいよ。

どうやら私たちは兄弟で無い物ねだりをしているらしい」


二人は、ふふっと笑った。


「ありがとう。話せてよかった。

どうか無理せず、君こそ養生して元気になるんだ」


その言葉に、曹彬はすこし寂しそうに笑った。

少女も微笑み返したが、ふと、神妙な顔でちらちらと彼を見た。


「どうか、されしましたか?」

「いや……その……」

歯切れ悪く切り出す。


「父上は、私の事で何か言ってなかったかな?

たとえばその。

今の私が……私の母上に似ているとか、そう言う事とか……」


消え入るように尋ねた兄の姿に、曹彬は思わず「ああ……」と声をもらした。

そして、悲しそうに顏をわずかに下げた。


「残念ですが、そのような事はなにも仰られていませんでした」

「そ、そう。急にごめん、ありがとう」

「いえ、私こそすみません。私から、父に尋ねてみたら良かったですね。

気が、利かなくて……」

「いや、いいんだ。ありがとう」

少女は誤魔化すように、やけに明るい笑顔で答えた。


「まあ、では、私は帰るよ。ありがとう。また会おう。

今日会えなかった家族たちにもよろしく伝えておいておくれ。


そうだ、君たちも父上について洛陽に行くのかな?もしそうなら、見送りさせてほしいな」


曹彬も笑顔になり、答えた。


「わかりました。決まり次第、すぐに連絡いたします。

今日はこちらこそありがとうございました。

兄上、どうかお元気で。

またあなたにお会いする日を楽しみにしています」


つづく


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る