第30話 洛陽・食事


 地面を這いつくばって捕まえた食材は、ネズミ、ガマ、胴体が太くて飛び跳ねるヘビなど、数匹だった。

幸いな事に洛陽そばの黄河は水が澄んでいる。調理場としては悪くない環境だ。

松明の下で最低限の下処理を済ませると焚火で焙る。


塩があればもっと美味しくなったのにと思いつつも、焼ける食材の泥くさい肉の匂いに腹は期待してよく鳴いた。


 焼き上がると、欲望のままに貪る。

そのとたん、あれ、これ肉というより泥かも?!と、皆、驚いて同時に見合った。

だがしかし、やはりガマやヘビであると、なんとか頭で理解しながら無理やり食べた。


 腹は少し落ち着いたが、複雑な気持ちである。

……まるで火が使える野良犬のような食事内容だった……。

しかも、これからまだ捜索をしないといけないのだ……。

憂鬱しかない食後の余韻に浸っていた、その時である。


 視野のはしっこに、ゆらゆら揺れる小さな白い点が二つ見えた。

少女はさっと横を向くと、それを正面から捉える。

疲れからの幻覚かと思ったが、どうやらそれは確かに灯りだった。


一人は松明を持って歩き、一人は馬に乗ってる。

目立つ灯りを持っている時点で野盗ではない、と思われた。


 二つの灯りはまだ遠い。しかし少女は自分の腰にある剣を確認するように触れた。

夜間だから弓を射られる事はないだろうが、とりあえず射程内に入る前に大きな声で呼びかける。


「おーいっ!そこの方ーっ」

突然、少女が大声を出したので、うなだれていた兵士たちは驚き、一斉に振り返った。まだ遠くではあるが、自分たち以外に人がいる事に気づいてギクリとする。


「旅の方ですかーっ?洛陽は反対ですよっ!

こちらに来ても黄河しかありませーんっ!」


「おっ!?曹典軍校尉ですかーっ?晩ごはんはもう、食べましたかっ?!」


やっと聞こえるような相手の返答に、少女は飛び跳ねるように立ち上がった。

「わぁ!?元譲殿だっ!あの人なぜ私がいる場所がわかるんだろう?!不思議だ!」

驚きながら喜ぶと、両手を口に添えて、さっきよりさらに大声で答えた。

「元譲殿っ!早くこっちへ来て!!ご飯を、早く持ってくるんだっ!!」


 元譲の馬は徒歩のお供を置いて、一足早く駆け足でやってきた。

馬に乗せていた大荷物を解くと、出てきた中身に少女と兵士たちは目を輝かせた。

まだほんのり温かい大きな饅頭と、鶏肉と野菜の煮込み汁だった。

夏なので、ぬるいままでも十分に美味いし食べやすい。

大きな饅頭はかじれば肉汁があふれた。

煮込み汁は具材がほとんど溶け込み、嚙まずともスルスルと胃に落ちた。

鶏の骨にはまだダシが残り、食後も舐めてしつこく楽しむ事ができる。


「げ、元譲殿……っ!」

まだ浅ましく骨をしゃぶりながら、やっと人心地がついた少女は彼に感激の声をかけた。


「ありがとう!美味しいものを食べられるって本当に幸せな事だね!

人がいなかったら感激して、抱きついていた所だったよ」

「えっ!?」

青年はときめきながら驚いた。

「夏侯様、私たちからもお礼を言わせてくださいっ!ありがとうございますっ」

兵士たちも飛びつかんばかりに礼を繰り返した。


 なぜここがわかったのか、という問いに、元譲は、洛陽に袁紹たちが戻った時、少女がいなかったのであわてて色々と聞き出したのだ、と答えた。

 

 そして食料を持って、探してきてくれたのである。

焚火の灯りが見つかるまではかなり彷徨ったというが、それでも郊外の広さと夜間である事を考えると異常な勘の鋭さといえる。


 虫よけの携帯香炉も置かれて、皆で残った汁を味わいつつ、彼が知る情報を聞いた。

それは以下の内容である。


 まず帝は弟の陳留王と共に、宦官数名と宮廷を脱出していた。

袁紹たちが宮廷で宦官を誅殺している時、盧植という元将軍の尚書は大斧を持ち、帝たちを追ったという。


 だがそれを振り切り、宮廷脱出に成功する。

そのあとは、河南尹中部掾(首都警備)の閔貢(びんこう)が彼らを追い詰めた。

その際、数人の宦官を斬ったという。


 追い詰められた宦官は帝を残し、黄河に身を投げてしまった。

入水自殺したのは、中宮侍の張譲(ちょうじょう)と段珪(だんけい)のふたり。


 その場所は、小平津の辺り。

だが肝心の、帝と陳留王だが、なぜかいまだに見つかっていない。


これらは、現場にいた兵士からの聞き取りや、宮廷の間者からの情報で、かなり正確だと思われるという。


「す、すごい、君。なぜに留守番していただけで、そんなに情報をたくさん入手できたんだい?」

少女は感心して、青年に尋ねた。


 宮廷の門番で残った彼は、助けた事務官から自分たちも帝探しに協力させてほしいと懇願されたという。

そして事務官たちを自由にしてやった。

だが混乱はまだおさまっていないので、護衛を頼まれ、それも承諾をした。


そのうちに彼らの手伝いも始め、気が付いたら情報の精査に参加していたという。


 少女は青年の状況判断の良さに驚きつつ聞いていたが、話が終わると口の中に残っていた小さな鶏肋の欠片を噛み砕いた。


 ……情報は本当にありがたい。

だけど、これらが本当なら、難易度が上がった事になる。


子供たちだけで逃げているなら、通れる道や、隠れ場所ががかなり増える。

最悪の場合、腹を空かせた野犬にでも襲われ死んでしまうかもしれない。

そうなったら、この国も私たちも、すべて破滅する事になる……。


 片付けが終わる頃には、皆、不安と疲れより、気力が勝り始めた。

移動の準備も始めている。

食事と休憩の効果は絶大なのである。


つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る