第27話 洛陽・宦官みな殺し~焦る袁紹さま~

「袁司隷校尉、これは心外であります。

私に宦官を逃すなと門番を命じたのは、貴方の弟君の袁虎賁中郎将ですよ。

宦官か事務官か外見だけではわからないので、ついてるかどうか確認してたのです」

「こらっ下品な事を言うのはやめなさいっ」

少女は面倒になり話題を変える質問をした。


「それよりも、ひどく慌てていますね。一体どうなさったのです?」

「そうだった!お前、一緒に来て、帝を探してくれ!」


腕を掴まれて、自分にも血がべったりとついた事よりも、少女は袁紹の言葉に気取られた。


「まさかっ!?保護していなかったのですかっ。袁術殿は?彼が保護しているのではっ?」


青ざめる少女を見て、袁紹は事態の悪さをさらに実感し、一緒に青くなり始めた。

「あいつが保護してたら、お前の所に来るわけないだろっ。

ついでに言うと、宮殿に火をかけたのは誰がやったか知らん!私じゃないぞっ。

とにかく帝がいないんだよ、どこにも!」


 少女は絶句した。

……帝を保護してから宦官を誅殺すべきだったのに、皆、破壊と血に酔い過ぎだ。


 少女の顔からはすでに狼狽は消え、ただ、神妙な表情になった。


「帝はまだ少年ですから、一人で逃げる事はできません。


宮殿には、宦官たちが作った隠し部屋や逃げ道が多数あるそうです。

きっと帝は宦官たちに連れられて、それを使い、一緒に逃げたのでしょう。


今も隠し部屋に潜んでいる可能性は低いと思いますが、壁を叩いて二重壁を見つけたら、暴くのです。


とりあえず今すぐ、宮殿の火事は消してください。

万が一、帝が焼け死んだら国中が大混乱に陥り、私たちは市場で最高に惨たらしく処刑されるでしょうね」


袁紹が部下に目配せすると、彼は急いで宮殿に帰って行った。


少女は袁紹を見た。

「拷問できそうな宦官は残っていないのですか?」


「いない。宦官は上級下級も含め、見かけたら殺してしまった。

他に、宮殿の仕掛けを知ってそうな者はいないのか?」


「たぶん、いません。

帝や大将軍に重んじられていたあなただって、知らないでしょう?

私たちは、宮廷の表の部分しか知らないのです。

宮廷の裏や秘密はすべて、宦官たちが握っているのです」


「うーっ!なんなのだ、お前はっ!

つまり私たちは、宦官がいなければ天子の居場所もわからん無能です、と言うのかっ」

 唐突な袁紹の八つ当たり的な癇癪に、少女は驚く事も不快を表情に出す事もなかった。犬にバウッと吠えられたと思うくらいである。

それに袁紹の癇癪は意味がわかるだけまだマシだった。

とはいえ、別に許しているわけではない。


「影の傾きから考えると」

少女は相手をなだめる事なく、唐突に話し始めた。


「宦官一掃開始から約一刻(約二時間)は経っています。

始まってすぐに脱出し、軽い馬車で必死に走れば約六里(約二十四キロ)は離れてるかもしれません」


「では、どこを目指して逃げると思う?」

袁紹は苛立ちを一旦忘れて、話に乗ってきた。

少女は「知るか」と思いながらも、考えつつ言葉を発する。


「そうですね……今の宦官たちは孤立無援です。

人に見つかれば、帝だけが保護されて、彼らは最悪の場合、その場で殺されかねません。

それはたとえ、宦官の親族であってもでしょう。


帝を拐かした身内をかくまえば、一族郎党処刑されるのは絶対です。

だから、身内にも頼れる状態ではない。


ならば、ひたすら遠くに逃げるしかないでしょう。

もしかしたら黄河を渡ろうと思うかもしれませんね。

黄河を挟まれると、追跡はかなり困難になります。

人がいるなら、船着き場など大きめの船がある場所は見回りをさせておいた方がいいかもしれない」

「ふむ、お前の意見は心に留めておこう」

たとえ適当な推測でも、具体的な数字や範囲などを耳にして心が静まったのか、袁紹は素直にうなずいた。


「お前も、私と同じ捜索隊に加わる事を許してやる。騎馬で来い」

そう言うと部下馬を連れてくるように言いつけた。


「それならば、袁司隷校尉、お願いが一つあります。

私の知人も馬に乗れますので、一緒に捜索に連れて行ってもいいですか?」

急に少女に畏まって話しかけられ、袁紹は振り向いた。

「ん?誰だね?」

「私の知人です。夏侯元譲殿と申します」

袁紹はずっと曹操の影のように背後にいた長身の青年を見つめた。


「出身は私と同じです。夏侯嬰氏の末裔で、若いですが豪族の長も勤めています。

幼い頃から乗馬に慣れていますし武芸も習得していますので、捜索の助けになると思います」

「ほう、素晴らしいご先祖さまをお持ちなのですな。

それに馬に乗れる人間は一人でも欲しい所だったので、大変助かるぞ。

夏侯殿、よろしくお願いする」

相手の満面の笑顔に、青年は拱手した。


つづく

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