第26話 洛陽・宦官みな殺し~宦官を見破る冴えた方法~
軍装の少女は大きな瞳を細め、形良い唇は物憂げに閉ざしている。
目の前を通り過ぎるモノを見ていると、なぜだか走馬灯のように自分の経歴が脳裏を巡るのだった。
平均四十歳ほどで受かる孝廉という試験を二十歳で通過した。
帝都洛陽の門の警備をする洛陽北部尉を経て、県令になった。
宮廷勤めでは歴史の専門家の義郎となり、皇帝に上奏した事もある。
軍人としても、黄巾賊討伐で戦果を挙げ、栄転して済南国相となった
現在は皇帝直属の軍隊に所属し、一軍を担っている。
そして今は。
宮廷男子の下半身の確認の作業中なのである。
どうしてこうなった?!の心境になるのも仕方がない。
そもそもここに来たのは「男子の下半身を見に来てくれ!」と誘われたからではない。
上司の袁紹から、政治腐敗の原因である宦官を大量殺り、いや粛清して、清く正しい政治を取り戻す、というような話を聞かされホイホイとついてきてしまったのだ。
最近、袁紹は何(か)大将軍(元肉屋さん)という人物と、宦官を厳しく取り締まりをしていた。
しかしその最中、何大将軍が宦官たちに暗殺されてしまったのだ。
げ、次は自分かもしれない、やられる前にやっちゃえ!などと、袁紹が思ったのかはわからない。
とにかく、政治を乱す者への怒りと、何大将軍の復讐は確かであり、義憤からこの宦官殺戮が決行されたのだ。
少女も正義の気持ちと共に現場に来たのだが、袁紹の弟の袁術に「お前は門番な」と冷たく言い渡された。
……トホホこんな事なら来なきゃよかったよ。
中身がおじさんらしく気落ちしながらも、少女は門番の役をこなし始めたのだった。
始め、逃げてきた者が宦官か事務官なのかヒゲの有無で判別していた。
宦官は男性機能を失っているためヒゲが生えてこないのである。
だがそのうち、髭どころか眉毛も薄く、身体つきまでしなやかな事務官が現れたのだ。
……そう、こいつから流れがおかしくなったのだ。
少女は恨めしそうに思い出す。
「おお、これはこれは、愛らしい門番様。
私は生まれつき体毛がないツルスベ肌で、身体も細身な男なのです。決して宦官ではありません。その証拠を、ぜひ見てください」
と、自分から裾を広げて、男である証拠を見せつけてきたのである。
そっからである。
周囲が「ヒゲではなく、下半身を確認した方が確実に見破る事ができるのでは?」と真顔で言い出したのは。
かくして、この露出検査の状況となったのである。
中には、目視では万が一があるので、触知確認するべきと思う者もいるかもしれない。
……いや、彼らは今、そんな股間偽装して正面突破を試みるような、安っぽい危険に身を任せている場合ではない。
それに、この死地の中で宦官が挑戦するとしたら、それはただ一つ。
帝と一緒に絶対に見つかってはならない宮廷脱出のはずである。
……悪い言い方だが、帝は、最強の人質、いや、切り札、鬼札なのだから。
宦官がこの殺戮と包囲網から逃げる可能性、実は、あり得る。
……その昔、聞いた事があるのだ。
宮廷には緊急事態に備えて、宦官だけが知る秘密の抜け穴、逃げ道、隠し部屋が多数、あるという。
すでにそれを使って宮廷の外へ逃げているなんてこと、ないだろうな……?
そうなれば前代未聞である。
帝が行方不明、という歴史的大事件となってしまう。
……そんな不祥事にならないように、さすがに袁紹たちも上手くやっていると思うのだが。
股間を流れ作業で確認しながら、嫌な予感に襲われて少女は身震いした。
その悪寒を振り払うように、気分転換でチラリと横を向いて、列の長さを確認する。
すると、わりととんでもない長蛇の列になっていて、少女は目が飛び出るかと思うほど仰天してしまった。
その大人数を混乱なく整列させているのは、借物の官軍服を着た夏侯惇、字は元譲殿だった。
……ばかっ。そんなに段取りよくしたら、みんな噂を聞きつけてこっちに来ちゃうだろうがっ。
そう怒りながらも、しかし「最後尾」という看板を即席で作り、駆け込んでくる人々を整然と整列させる手際の良さに、少女はちょっと感心した。
その時である。
「曹操!どこだ、おいっ」
まるで怒号のように名前を呼ばれ、現実に引き戻された少女はギクリとしてそちらへ振り返った。
……官位なし、しかも諱(いみな)を呼ぶなんて、失礼過ぎるのだが。
というか……何を、焦ってるんだ?
無礼に対する怒りより、嫌な予感がむくむくと立ち上がる。
血塗れの武装姿の袁紹と部下数名が、夏侯惇に案内されて現れた。
「わあっ?!なんと!お前はこの非常時になんてハレンチな事をしとるんだっ」
袁紹は乙女のように頬を赤くしつつ驚愕し、まずは厳重注意をした。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます