第18話 済南・淫祠邪教ノ禁止ノ事 解明編 その3
「ふむ、もうほとんど蛇足のような気もするけど、では、順番に話していこう。
まずは、私の返信の内容から。
私も相手を真似て、崖っぷちの泣き落とし風に書いてみたのだ。
人のためだというが、そもそもなぜ君たちがつらい役目を引き受けなければならないのだろうか。
先祖代々からの生業だと言い聞かされているのかもしれない。
だがそれは一旦置いて、自分の心の奥底の気持ちをよく考えてほしい。
自分のしている行為に一度も後悔した事がないというなら、誇りを持って死罪となるべきだ。
しかしもしも、人の後始末から解放されたいと思うならば、今がその時だ。
すべてを自白して、自分が本当に生きたかった人生を生きるべきではないだろうか。
罪を認めて罰を受け、忌まわしい儀式から解放されれば、あなたたち以外にも、あなたたちの子孫、村も救う事になるだろう。
人は、忘れやすく、良い事も悪い事も、風化していくものだ。
この話は、一切、口外しないと約束する。
自白書を、済南相の秘書の秦良あてに密かに送れば、彼が特別な権限で、本来は死罪になる所を見逃してくれるはずだ。
なお、この秘書も呪い殺されるような事があれば。
証拠は然るべき所に送付され、お前は問答無用で悲惨な刑による死罪となるだろう。
と、書いてみたのだ」
「書いてみたのだ。って。はああ?何してるんですかっ」
青年は仰天した。
「なんでそこで唐突に!私の名前を出したのですかっ?!
それだと私まで、死罪を軽くする法律違反をするみたいになっちゃうじゃないですかっ!」
「そう、そこなのだ」
そして少女は眉をハの字にして、青年を見つめた。
「キミも、さっき言っていたが。
私は蟲毒(こどく)を買って、所持している時点で、有罪、死刑なのだ。
だから見逃し違法の自白書を君の名前入りで作り、君もいっちょ巻き込んでおこうと思ったのだ。
よく考えると、私一人で、この村の処置を決める事も、事務処理する事もそんな怪しい事は出来ない。
結局、君に事情を話せば私が罪を負っているのは、君には絶対にバレるわけだ。
君を信用していないわけじゃないけど、ちょっと保険をかけさせてもらったのさ。
私は、時々ひどくせっかちでね。
後先考えずに行動して、あとからやばいなと焦る事がわりとある。
今回もそれだよ。
初めから、君に相談しながらやればよかったなと、何回か後悔したものだよ。
ま、しかし、これでキミも共犯で、この話は誰にも語れなくなっただろう?
たとえ、呪術師が誰かに話したとしても、すべては私が作った架空の人物が文通相手だったのだから、誰かが勝手にお前の名前を利用したとか、適当に言い張ればいい。
その架空の人物はいないのだから探しようがなく、事実は有耶無耶になるだろう。
さあ、この話はそろそろ終わりだ。どうぞ墓まで持っておくれ」
秦良は驚きと怒りで何度も目をパチクリとした。
「なっ!はあっ?!ひどいすぎますっ!!勝手に私を共犯……」
「声がでかいって」
注意されて、青年はムッとしながらも自分の口を手でふさいだ。
そして、今度は泣きそうな顔になると続けた。
「私は清廉潔白が自慢の人生だったのにっ、あなたに汚されたようなものですよ。
こんな死罪になるような大罪を知らないうちに吹っ掛けられて、私は悲しいですっ。
それに私は、保険をかけるような事をしなくても、ついうっかりペラペラ話したりするような、口の軽い男じゃないですっ。
まあでもまあ、この話は他人事ではなくなって、本当に口外できなくなりましたけど……」
「そう、他人事じゃない、そう心に刻むのが大事だよ。許しておくれ。
酔ったり、寝言でも言わないように注意したまえよ。
ま、これは二人だけの秘密だ。
上司と部下だけでなく、共犯者としても、これからも上手くやって行こうじゃないか」
「えっ?はあ……」
共犯者にされた事は腹が立つが、しかし不思議とそんなに嫌な気分はしなかった。
しかし、やっぱりこの人はヘンだなぁ、と、秦良は改めて上司に呆れてしまったのであった。
後日、小箱村の豪族呪術師たちには、処罰の沙汰があった。
罪の内容は呪術関連ではなく、税金逃れの罪であった。
莫大な財産は最低限を残して没収され、命だけが残る厳しい罰だった。
広大な屋敷は役人が管理する事になったという。
納屋には彼女たちの財産で購入した備蓄が置かれるようになった。
飢餓が起きた際にはそれを分配をするのだという。
庭園は誰でも入れる公園になり、動物は森に帰された。
飼育場所は農地となり、人に分け与えられたという。
呪術師一族は、今では一軒家に住んでいる。
村に古代から残る守り神を慎ましく祭り、必要がある時だけ豪族として村の管理を担当する。
少しづつ祖先からの生業を離れ、多くの人と同じく自分の意思で進む道を選ぶ人生を生きる事になるのだ。
今後、この村では不思議な事は起きないし、時が経てば、そのような事があった事を知る人もいなくなるだろう。
秦良は、村の様子の連絡を読んだあと、ホッと息を吐いた。
このような変化が、済南国の各地で起きていた。
迷信やまじない、神も鬼も、まるで暗闇があればそこから湧き出すように信じられている世の中なのだ。
呪い師や豪族が、祀らねばならない、というと、大抵の人は何も考えず、あるいは祟りを恐れて従い、金まで払っていたのである。
しかしそれらが、消えていった。
無駄な祭祀をやめて、新たに作られた偶像を壊しても、呪いもたたりもなかった。
そして、人々を苦しめていた豪族たちは罰を受けて大人しくなり、あるいは、他の地へ逃げ去った。
そしてついに残ったのは、平凡で慎ましい人々の、おだやかな暮らしであった。
ある日。
珍しく洛陽からの使いが数名訪れた。
彼らが帰ったあとで、歓迎用の明るい色の着物姿の少女は青年に呟いた。
「聞いておくれ。私、東郡太守の任命を検討していると言われたんだよ」
「なんと!だいぶ洛陽に近づきましたね。大出世ではないですか。おめでとうございますっ」
青年は上司の出世を喜び、興奮したが、しかし半面、ついにこの奇妙な人物と別れるのだと思うと、何とも言えぬ寂しさもこみ上げてきたのだった。
「ふふ。どうもありがとう……」
曹済南相は、作り笑顔とわかる表情を浮かべて答えた。
秦良には、その表情の意味がよくわからなかった。
ただ、ここ最近、少女は元気がない。
本人以外にも、家族を狙った不穏な事件があったのだ。
他国に逃げた役人か、豪族の嫌がらせか、判明しないまま犯人は逃げてしまった。
そのことで落ち込んでいるのだと、青年は思った。
なので、この栄転で元気になると期待した。
しかし同時に、これは別れでもあるのだと思うと、今度は自分の元気がなくなるのを感じた。
青年はつい、何も考えずに口走っていた。
「あ、あの、もしも曹済南相閣下が良かったら、私をあなたの側に置いてくれませんか?」
その言葉に、少女は思わず顔を上げて、青年を見つめた。その頬は少し赤くなっている。
「ま、まさか、キミ、私に気があるんじゃないだろうねっ?」
「まさか!そんなつもりではないのですっ」
青年もつい顔を赤くして、慌てて否定した。
「正直、私にもわからないのですが……ただ、あなたに着いて行きたくなったのです」
青年の言葉に、少女は少しきょとんとしていたが、笑った。
「本当にそれは、よくわからない理由だね。
でももしも君が、私のことを気に入ってくれたのなら光栄に思うよ。
ただ、私は少し悩む所があってねえ……。
私がここを離れた後、それでも君の気持ちが今と変わらないなら、私の家を訪れるがいいさ」
「えっ?!は、はいっ」
青年は、少女の言葉の歯切れの悪さの理由が、少し引っかかった。
しかし、今はともかく上司と部下の関係が終わっても、また会えるのだという事にとても安心した。
「今の役所には、私や、君のような不正を嫌う清流派の人間が一人でも多くいる事が大事だね。
だから君は、役所にいた方がいいと思うけどね」
少女はどこか遠くを見るような目で、どこか、冷めたように言うのだった。
つづく
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