第17話 済南・淫祠邪教ノ禁止ノ事 解明編 その2
「蟲毒は作るのも売るのも死罪になるが、自白するならその限りではない、と書いてみたんだ」
青年は目をパチクリとさせた。
「えっ。死罪を許すとなれば、法律違反です。あなたも有罪になるのでは?」
少女は無表情で答えた。
「それを言うなら、私はすでにひそかに蟲毒を買ってまった時点で有罪なのだ」
「あっ」
「ま、それにキミも、ね……」
「えっ?今なんて?」
小さな声で意味不明な一言をつけ加えられて、青年はドギマギとした。
……いま、キミもね、って言わなかったか、この人?
なんだなんだ?私は一切、無関係ないんですけど?!
「まあ細かい事は気にせず、とりあえず話を聞けよ。
早い話、自白しろと、連絡して見た結果……」
「わかりましたよっ。それで呪術師一家は反省して、私宛てに告白の手紙を送ってきたわけですね」
済南相の少女は華奢な肩を揺らして笑った。
その姿だけなら、まるで良家の令嬢が楽しくおしゃべりしているようでもある。
「そんな、自慢話のように犯罪をペラペラ話すわけがないだろう。
その結果は、これだ」
脇に置いてあった大きい箱を取り出すと、その中身を机の上に広げる。
わけのわからない呪文の書かれたお札やヒトガタ、ひからびた草、虫の干物などがばらばらと散らばる。
「うっ!よくこんな気持ち悪いものを保存してましたね!早く捨てましょうっ」
「ふふっ。君ってほんとうに怖がりだね。
さらに、彼女らの手紙には、この事を誰かに話したら呪い殺す、と書いてあった。
今すぐ殺さないのはどうしてですか?と聞きたい所だったが」
少女は出したものを箱に戻しながら言った。
「そのように返事されたのですか?」
「まさか。そんな失礼な事は書かないよ。相手が怒って文通が止まっても面倒だし。
代わりに、こう書いたよ。
もしも私が呪い殺されたり、何かの事情で死んだ場合。
証拠と事件のあらましを書いた物が自動的に、然るべき所に送付されます。
早く自白すれば罪が軽くなります、とね」
青年はやっと若干明るい顔になると頷いた。
「おお、なるほど。それでは呪い殺せないですね。……できればですけど。
だから呪術師は反省して、私の所に自白書が送られてきたわけですね?」
「まだだよ。君みたいに、さっさと反省してくれないのだ」
少女はまた、新たな手紙を一通、取り出した。
「次の内容は、彼女たちも、崖っぷちの気持ちになったらしい。
泣き落としというか、事情説明というか、つまり深い事情があったという内容が来たんだ。
要は……。
私たちが捕まると、この蟲毒を作る儀式がなくなる。
そうなると間引きが必要な人々が困るのです、とね」
青年はしばらく凍り付いていたが、数秒かけて理解すると、戦慄いた。
「ま、間引き?!人をっ?!
じゃあ、神隠しで消えた人たちは、こ、蠱毒の材料に……?!」
自分で言いながらおぞましくなったのか、青年は最後まで言えずに手を口に当てて愕然とした。
これが事実なら、そんなひどい事実など知らず、呪いや神隠しという神秘で覆い隠されていた方がよかったのではと思うほど、青年は心も頭も乱された。
「私たちは、幸せなんだ」少女はおもむろに話を始めた。
「食べたい時に好きなものを食べ、明日のご飯も心配がない。
それだけで幸せなのさ。
この国には、食べ物を得るために苦労したり、あるいは、お金がなくて我慢している人がたくさんいる。
飢饉になればそのような人々は多くなり、そして口減らしも多くなる」
青年は言葉なく、少女の話を聞いていた。
「家の片隅で、家族を、我が子を手にかけるのは、想像を絶する悲惨だ。
しかし、この村では、その間引きを呪術師が引き受けてくれるという。
呪術師一族にとっては強力な蟲毒の材料収集になるし、その売上金も莫大だ。
いつからこの歪んだ持ちつ持たれつの関係が成立したのかわからないが、とにかく代々続いてここまできたのだろう。
つまり、この村の神隠しは、それを望んだ家庭にしか起きなかったのだ。
だから、誰も人探しの願いを役所に出さなかった」
青年は青い顏で黙ったままだったので、少女は続けた。
「すでに証拠と自白の書もあるから、後付け調査はいらないのだけれど。
気になるならこの村で、どんな家族が神隠しにあってきたのか、調べてみればいい。
大家族、理由があり極端に貧しくなった一家など、そこで神隠しが起きていた確率も高いのではと思う。
あるいは、よその村や町からもそのような噂を聞いて一時的に暮らし、祭り、つまり神隠しが終わったら去っていく家族もいたかもしれない……」
青年はやっと、重々しくうなずいた。
「そうですね。調査してみます……。
後付けというより、のちに飢饉になった際に、助けるべき家庭が予想できるようになるでしょう。
……もっと早く、禁忌などと言わずちゃんとすべてを調べておくべきでした」
気落ちしたまま答えて、一旦言葉を切り、そして、気持ちを切り替えるように続けた。
「……して、あなたはこれに、どのような返事を送ったのですか?
すでに証拠も事情説明もあるのに。
それになぜ、私宛てに自白文を送らせたのかも、わかりませんね……」
つづく
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