第16話 済南・淫祠邪教ノ禁止ノ事 解明編 その1

 冷たい風が秋色の葉を落としながら冬を運び始めた頃。

済南相秘書の秦良(しんりょ)あざなは籍礼(せきれい)は、済南国府の廊下を慌ただしく走っていた。


すれ違う役人たちの怪訝な目など気にしないというか、視界に入っていない。

美しい一本の錦の帯を抱えて、執務室を目指していた。


 慌ただしく入室許可を得て拱手し、帯を上司に向かって唐突に差し出す。


「曹相閣下、これを見て下さいっ」

 曹相閣下と呼ばれた少女は、姿勢正しく竹簡に筆を滑らせてる最中だったが、視線を上向けた。


 繊細な刺繍の帯。一目で高価な物だとわかる。

しかし一部に、ほころびがあった。

しかもその中からは、大変めずらしい紙という通信物が顏をのぞかせている。


「おや、これは君宛てのお手紙なのでは?

まるで私に読んでほしそうにチラ見えしてるけど、そうしてもいいのかな?」


少女がからかうように言うと、青年は思わず前のめりになった。


「もちろんっ。

そのために元あった通りにして持ってきたのですっ。


驚きました。

あの小箱村の呪術師の自白の書なのですから。

私宛てではありますが、本来、この手紙を受け取るべき人は、あなただっだのでしょう?


あなたはあれから、一体何をしていたのです?!


私は、これまでの経緯もまったく把握していません。

まるで間違って人の通信を見てしまったような気がして、途中で読むのを止めてしまったのです」


少女は相手の勢いに圧倒されて目をパチクリとさせたが、すぐにふふっと笑った。


「するとキミはまだ事実を知らないのかい?」


青年は大きく頷いた。

「ええ。彼女たちが本当に蟲毒を作っていたのか、動物の神様の正体も、神隠しの謎も、当然、なにも知りません。


しかし神隠しは、やはり誘拐殺人事件だったのではと思っています。

ですがなぜ、拐われた身内が騒がないのか、その理由はさっぱりわかりませんが。


村ぐるみで呪術師の口車に乗せられて、騙されていたのでしょうか?」


 青年が話している間に、少女は帯から小さくたたまれた手紙を手に取り、視線を走らせていた。


「答えが、そこに書いてあるのですか?それにしても、一体、何をして自白させたのです?」


 少女は手紙から目を離すと、青年を見た。


「私のした事かね。

私は、この呪術師一家と文通をしただけだ」


「文通……」


「ただし架空の人物二名になりすましてね。


そしてこれは事件というより、よくある話が形を変えただけだったのさ」


「よ、よくある話?ですか?神隠し……が?」

青年は少女を強く見つめて、話を促す。


「ではまず、文通の話をしよう。

私は最初に、とある貴人の使いになりきって、手紙を出してみたんだ」

そして、小声でささやいた。

「蟲毒(こどく)を買いたい、と書いてね」


「えっ!?」

青年は大声で驚いた。

「あなた!蟲毒は買うのもはんざ」

「声がでかいよ。違法なのはわかってるよ。

この時は、相手がどう反応するのか、かまをかけるつもりだった」


大声を注意された青年は、やや頬を赤らめてうなずいた。


「値段がわからなかったので、洛陽で流行りの錦の帯を一緒に送ったのだ。

もちろん自腹で買った。

そして、これと同じような方法で、手紙を忍ばせたんだ」


机に置かれた帯に、一瞬視線を向ける。


「すると品物は、すぐに送られてきたんだ。

とてもよい業者で、驚いてしまった」


「まさか、品物って……じゃあ、ここに……?」


「見てみるかい?」


 青年は驚き、そして不吉な予感に身構えた。

その予感に答えるように、少女は机の横から、ごく平凡な弁当箱を取り出す。


「カラではない。使ってないからね」

少女は続けた。

「そうだね、君にも、中身を確かめてみてほしい」

青年は顔をこわばらせながらも、小さくうなずいた。


 墨で汚れた細い指が伸びると、弁当箱のフタを音もなく持ち上げる。

秦良は、無意識に手で口を押さえながら、やや前かがみになって、影ぎみの中身を確認した。


「……あれ、蟲、じゃない……?なんだ、これ……」


 彼が呟いたとたん、パタン、とフタが素早く閉じられた。

その音に弾かれたように、秦良も姿勢を戻す。


「蟲毒の作り方はいくつかあって、文字通り虫を使う場合と、犬猫などの動物を使う場合もあるらしい」


少女はふたたび、話し始めた。


「虫は季節に左右されるし、その時がくるまで大量の虫を飼育、管理するも大変だ。

何より注文されてから作るとなれば、時間がかかって客を待たせる。


では年に一度、大きな生物も含めて儀式をして、呪具は干物にでもして長期保存してみてはどうか?

呪術師一家はその昔、そう思い付いたのかもしれないね」


青年はうめくような、苦々しい吐息で相づちをうった。


「干物なら、依頼がくれば刻んで、すぐに送ればいい。

注文者も思い立ったら、すぐに呪える。

お互い、良いこと尽くめというわけだ」


「そ、そうだ、あれは。干し肉……ぽかった……」

吐き気を抑えつつ、青年は呟いた。


「呪術師が飼っているという動物たちを思い出せば、あの弁当箱の中身は虎か熊か。

それとも、ほかの生物か。

この蠱毒がどんな場所で作られるのかわからないけど、まるで地獄の再現のようだね。

殺し、殺されるだけの空間で、しかもそこを生き残っても、呪術師たちによって、とどめを刺されて、絶命するなんて」


「恨みと絶望で、まさに呪いの塊になるでしょうね……」

青年は暗い顏で呟く。


「なんにせよ、蠱毒の証拠はあっさり手に入ったわけだ」

二人は弁当箱をチラ見した。


「なので私はまた、別人になりすまして、手紙を送ってみたんだ。

今度は、貴人の使いではない。

抜き打ちの検問で偶然この違法品を見つけた役人になってね」


つづく

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