第15話 済南・淫祠邪教ノ禁止ノ事 謎編 その2

 少女は、青年から差し出された竹簡を開いた。


「えーと、村の名前は、小箱(しゃおしん)村。


小箱の豪族、女系呪術師一家について。

殷の時代、戦場で敵を呪い殺していた巫女を祖先に持つ由緒正しい呪術師一家」


少女は淡々と音読を続ける。


「小箱の土着信仰について。

御使い様という、猿の神様がご神体。

呪術師一家の敷地にも、虎や熊などの大きな動物が神の使いとして飼われている。


ふーむ。

神様なのか御使いなのか、どっちなんだ?って聞きたくなる名前の神様だね。

この名前に意味があるのか、ないのか。


なんにせよ豪族呪術一家は、動物を神や、神様の使いとして崇めているのかも。

それなら、まさに偶像崇拝、いや動物崇拝だ。

人より動物が優先されている可能性もある。

もしもそうならば、信仰の仕方を変えてもらわないといけない。

しっかり調査しないとね」


「えっ?!わ、わかりました。……調査、します……」

秦良は恐る恐る小さくうなずいた。


「それにしても、今、気が付いたのですが。

猿はともかく、虎や熊を飼えるって、この呪術一家とんでもない金持ちですね。


豪族とはいえ、山奥の貧しい村では税収が少なく、本来なら無理だと思います。


商人が多数いる街の豪族たちのように、祭事を増やせば税以外のお金を徴収できるわけではないと思います。

集金しようにも、そもそも村人たちに、あまりお金の余裕がないはずですから。


それなのに、こんな大型動物たちの世話をする使用人や、餌の確保など、その維持費はどっから出ているのか、謎ではありませんか?」


青年の言葉に、少女も想像するように視線を斜め上へ向けた。 


「そう言われると、そうだね。

まさかの呪術師女系一家は自給自足で、餌も自分たちで狩りをしてまかなっているとか?


あるいは、先祖代々の呪術師。高度な呪いの技術を持っているわけだ。

それを使ったり、売ったりしている、とか?」


そして、あっと小さく声を上げた。


「高く売れる呪具って、もしや、蟲毒(こどく)じゃないだろうな」


 蟲毒、という不吉な単語に、青年はさらに身震いした。

百匹ほどの蟲を一か所に集め、食わせ合い、殺し合いをさせ、残った一匹が強力な呪いの道具、蟲毒になるといわれている。


 少女は続ける。 


「アレはどれほど禁止しても、毎年必ず、宮廷の女官たちの間で騒ぎが起こるんだ。

ま、彼女たちは濡れ衣を着せられてるだけで、本当は、高貴な誰かがやってるんだろうけどね。


案外、この謎の村の女系呪術師一家が絡んでいたら、取り締まりは一石二鳥だね。


でも、その話は一旦置いておこう。

まずはこの竹簡を全部読もう」


 そしてまた視線を下に戻す。 


「次、小箱の神隠しについて。


年に一度の祭りに必ず起こるが、村人はいなくなった人を探さないのが常である。

これは村から引っ越しした者の証言。


村が所属する役所にも捜索願いの記録はなく、事件になった事はない。


……ん?なんだこれ。

神隠し、だなんて幻想的な言い方してるけど、連続誘拐事件、もしくは連続殺人事件が起こっているという事じゃないか」


「えっ?……あっ」

 青年も今さら気づいたような声を上げた。

不気味な呪いも、神聖な神様も、この済南相を通すとあっさり神秘という覆いが取り外されて、ただ現実的な、味気ない姿にされてしまう。


青年が、神隠しが誘拐、あるいは殺人事件だと認識を変えている間に、少女は言葉を続ける。


「しかも年に一度必ず起きるという事は、誰かが意図的に起こしているのは確実だ。

それを村人は騒がない、村から避難しないというのも、どういう事だろう?


村自体が、犯罪を見逃しているのか。

もしくは、村人全てが犯人、共犯者だとか?


しかし、旅人や、よそ者が被害にあう事はないみたいだね」


「えっ?なぜそれがわかるのです?」

秦良は考えが追えずに問うた。


「ふつうは家族が神隠し、というか行方不明になったら、当然、役所や県尉(警察署長)に捜索を頼むだろう?

しかし、その記録がないのなら、この怪異は、届を出さない村人限定で起こっている、という事じゃないのかな。


少なくとも事件として届けを出す可能性のある人には、神隠しは起こっていないという事だ」


「な、なるほど」


「それにしても、村人はなぜ逃げないのだろうね?家畜じゃあるまいし?」


秦良は少女の語る気味の悪い数々の推測にもやもやとするのが精一杯で、言葉を失っていた。

沈黙の隙間に、蝉の声がやたらと響く。


「……ま、まあ、とにかく、そのような、奇妙な村なのです……」

秦良はようやく、たどたどしくつぶやく。


「なので、誰も、調査に行きたがらないのです。

どうしたらいいでしょうか……」

彼のスッキリしない閉め言葉に、済南相は竹簡を細い指からカラリと音を立て置いた。


「意外と怖がりだね籍礼(せきれい)君は」

と、少女は微笑みながら秦良を親しくあざなで呼んだ。

「少し一緒に、整理してみよう」

少女は濁った空気を入れ替えるように、歯切れよく話しだした。


「私たちの仕事は、淫祠邪教の取り締まり、そして、賄賂や不正の取り締まりだ。

なので、この村での問題は二つ。


その一、信仰に問題があるか。

動物の神様のようだが、邪教、偶像崇拝の可能性が高い。

もし人間より動物が大切にされているようなら、信仰の内容を変えてもらう。

もちろん、無駄な祭事を増やして集金をしていないか、この調査もしないといけない。


その二、蟲毒など違法の呪具を作り、それを高値で貴人に高額売買している可能性を探る。

もしも蟲毒を作っていたら、違法行為のど真ん中、この豪族兼呪術師は死罪だ。


そして、神隠しの件だけど。

これは連続誘拐事件もしくは殺人事件かもしれない。

だが、この謎は私たちにとっては、優先度が一番低い。

あとから調べればいい」


「わ、わかりました。

して、誰も行ってくれない詳しい現地調査は、どのように進めていきますか?」


 少女は再び団扇を持つと、激しく自分をあおいだ。

「誰も行きたがらないなら、気分転換で、私が行ってみてもいいんだけど」

「えっ?!」

「でもその前にちょっと試してみたい事が、頭にヒラめいてしまったのだ」

「えっ!一体、何をなさろうというのです?」

少女は少し無邪気に笑った。

「ここに座ったまま、解決できたらラクだろうなぁと思っただけさ」


 つづく

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