第14話 済南・淫祠邪教ノ禁止ノ事 謎編 その1
まだ夏の陰りには早い時期であったが、すでに朝夕には涼しい風が吹いている。
蝉の鳴き声にも、ひぐらしが混じり始めた。
夏は短い方が過ごしやすくて良いと喜ぶ者もいる。
だがそれは、いずれ農作物の育成に悪い影響が出る事に気づいていない者たちが言う言葉である。
今年も異常気象で、作物は不作かもしれない、と少女は団扇をあおぎつつ思う。
飢餓が起こると、たった一口の食べ物のために犯罪に手を染める者が多くなる。
餓死が目の前に迫ると、ほとんどの者は善悪を考える余裕はなくなるものだ。
狂う季節を追うように、人の世も混乱していくようだ……。
「曹相閣下」
秘書の秦良(しんりょ)字は籍礼(せきれい)が声をかけた。
蚊帳越しなので、まるで霧の奥にいるように見える。
済南国のヤブ蚊はやたら元気がよく、虫よけの香がほとんど効かない。
そのため新しい小さな執務室には天井四隅から全体を覆う蚊帳が釣られているのだ。
「お邪魔してもよろしいですか?」
「どうぞ、入りたまえ」
秦良は素早く蚊帳の中に入ると、一礼し、両手で抱えていた竹簡の山を机に乗せた。
竹簡の束が多すぎて、いくつか転げ落ちそうになる。
「本日の報告です。
済南国の約三分の一の村や町の調査が終了しました。
豪族による不必要な祭事の禁止、偶像、祠(ほこら)の取り壊し作業は順調に進んでおります。
村人たちも、たたりを恐れつつ、しかし、事あるごとのお布施には怒りが相当たまっていたようで、彼らが率先して破壊した所もあります。
神様の石碑や祠を新調したり祭るたび、自分たちの暮らしは苦しくなる一方だったのですから、少しは清々できたかもしれませんね」
済南相は団扇を置くと、早速竹簡を解き、目を通し始めた。
「悲しい話だね。人を救うための神様がいつしか集金のネタになり、ひそかに憎まれ、あげくに破壊されるなんて」
「神様もいい迷惑だと思っているでしょう。
あ、神様といえば。
今までは禁忌として扱われていた古い神様や土着信仰も、見直しを始めたのです。
由緒ある神様たちも賄賂の金集めに使われていた地域が報告されています。
とにかく、無駄な祭事は禁止、税以外の集金も禁止、信仰は素朴にして続けるようにと、令を出しています。
今の所、豪族の抵抗もありません。以前では考えられない事です」
秦良は思わず、ふふっと笑みをこぼして続ける。
「豪族たちが素直に調査や事情聴取に協力したり、処罰に従うのは、曹相閣下の洛陽北部尉時代の話が広がっているおかげらしいのです。
罪を犯せば、皇帝お気に入りの大宦官の親戚さえ厳罰し、殴り殺した話です。
宮廷の権力者にも忖度しないのだから、地方権力者の自分たちが小細工したり抵抗しても意味がない、と観念したらしく、まるでしつけされた犬のように大人しくなっているそうですよ。
とはいえ、不満のある豪族たちも当然いて、彼らは国外へ逃げたようですが……」
少女は竹簡から目を離さず、ゆるく微笑んだ。
「ふふ、陽北部尉時代の自分に感謝だな。
ついでに宦官でも役に立つ事があるんだな。あいつら自身はたつものはないのに」
「え?ちゃんと足があって、宦官は大地にたってるじゃないですか?」
「……そうだね」
「ところで、全体的には順調ではあるのですが……。
ひとつ奇怪な村がありまして、ここは調査がいまいち進んでいないのです」
「どう奇怪なんだ?」
少女は読んでいた竹簡を少し下げると、青年を見た。
「まず、誰も現地調査に行ってくれません。
この村の豪族は有名な呪術師一家でとても恐れられているせいです。
さらに、毎年、この村の祭りの夜には神隠しが必ずおこるのだとか。
皆、調査すると、この豪族である呪術師に呪われて神隠しにあうのではと、怖がっているのです。
なんとか村人から聞き取った情報や、役所の記録をまとめてみました」
つづく
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