済南相

第12話 済南・その済南相、悪魔か救世主か その1

 青洲にある済南国は、帝都洛陽からはるか北東の場所にある。


護衛に守られ、家族や使用人たちとのんびりした長旅は楽しいものであった。

だが、たどり着いたのは、多くの荒れた土地や建物、すれ違う人々の顔は暗く、重苦しい雰囲気の漂う国であった。


 少女の新たな勤め先になる済南国府は、白黒のような街並みに忽然と現れる、極彩色の建物だった。

役所だけが毒々しいほど華々しく、はっきりいって、異様である。

広い敷地を囲む壁にはよくわからない壁画まで描かれていた。

それに沿って進むと、邪悪なほどに装飾された扉門にたどり着く。

 

下馬も忘れて、ぽかんと豪奢な飾りに目を奪われていると、青年が一人、門番や馬番よりも早くに少女に近づいた。


「始めまして、曹相閣下。

私は秦良(しんりょ)、字は籍礼(せきれい)と申します」


青年はそう挨拶すると、甲斐甲斐しく馬のくつわを引き取った。

少女は下馬すると、青年は馬を門番に渡してから、改めて一礼した。


「私は今、この役所の雑用をしております。

ぜひあなたにお仕えしたくて、ここで待っておりました。

どうか、お願いいたします」


青年はいかにも文官一筋らしい、筆の似合う細く白い手で拱手し、背中が見えるほど、深く礼をする。

なんだか奇妙な申し出と、熱心さと、洛陽で流行りの香が鼻をくすぐり、少女は彼に興味がわいた。


……この人も、帝都洛陽から赴任してまだ日が浅いのかもしれない。

 たったそれだけで少し仲間意識を感じてしまうのだから単純ものだ、と自分でも思う。

頭を上げさせると、とりあえず様子見だが自分のそばに置くと伝え、少女も礼を返した。


館内に入ると彼に諸所を案内してもらい、やがて二人になると苦笑いしながら呟いた。


「ふふ。私はいきなり嫌われてるようだね。

済南相の私の出迎えに君しかおらず、誰かとすれ違っても無視か無言で会釈。

ココはとても素直な連中ばかりだ。君は、いつからここへ来た?」


「私は、三ヶ月ほど前です。

私は全く賄賂に受け取らないし、忖度もしないので、完全に邪魔者扱いにされています。


仕事もあてがわれず、誰に話しかけても無視をされ、給与も雀の涙になりました。

窓際どころか、追い出しをされている状態です」


秦良も苦笑しながらも、しかし心底つらそうに言った。


「しかしまさか、曹相閣下がいらっしゃるとは思っていませんでした。

あなたは私を始め清流派には、大変心強い方です。


ここ済南の濁流ぶりはひどいものです。

役人は賄賂をもらうのが当然と思っているし、豪族たちは民から税収以外にも、土着信仰を使って金を巻き上げるのが常になっています。

土着信仰を盾にされると、皆、たたりなどを恐れて、金を払うのです。

その一部を賄賂として使うので、この行為が取り締まられる事はない。

豪族と役人は、税収以外にも金を得る構造を作ったのです。

民は貧困になる一方です。

ひどい話です。


ですが、ここでは皆が不正をしているで、それが当たり前、いや、それこそ正しいというような雰囲気まであるのです。

賄賂を受け取らない私の方が、悪いかのように扱われます。


役人と豪族の力も団結力も強く、一体、どうしたらこの国がよくなるのか、私にはもうわかりません……」


大きなため息をついて、話を切る。


「暗い話ばかりして、申し訳ありません。

その、もしよかったら、この問題を考えてもらえませんか?

いつか解決策が思いついたら、私も協力します!


それで、お話は変わりますが。


曹相閣下は戦場で素晴らしい戦果を上げられたそうですね。

黄巾賊は危険な連中なので、その討伐は本当にありがたい事です。

お怪我などはありませんでしたか?」


少女は、相手がいろいろと話してくれた事と、気づかってくれた事も嬉しく、柔らかく微笑んで答えた。


「怪我はしなかったけど、なぜかこの姿だよ。

まあ、容姿が小娘なだけで、仕事には支障はないさ。


それと、この国の事は、ウワサには聞いてたよ。

賄賂天国と、役人を丸め込んでいる豪族たちと怪しげな土着信仰、ね。

ま、これから奴らには地獄を見せてあげるよ」


「えっ?!地獄?!手荒な事はよくないですよ。

それに数は、向こうの方が圧倒的に多いのですから、無理に取り締まろうとしたら、逆にこちらが逆襲されてしまいます。

それに、これからも一緒に皆で働くのですから穏便な方法がいいと思います。

まずは作戦を練るべきですよ。

ですが、万が一何かありましたら、私がお守りしますのでどうぞご安心をっ」

 

少女は一瞬、ひょろりと華奢な文官をジトっと見そうになったが、ハッとして、研究を重ねて開発した、魅力ある笑顔を作り、答えた。

「ありがとうっ。君が居てくれて、とっても心強いよ」

華奢な文官も嬉しそうに笑顔を返し、元気が出たように大きく頷いた。


 執務室につくと、少女はまた唖然とした。


豪華絢爛の屏風、やたら大きく黒光りする漆塗りのギラギラの机、意味不明な飾り物が並ぶ棚。

とにかくいちいちギラギラしてケバケバしい。

小物一つでも「お金が掛かってます」という主張が激しい。


……ふむふむ、つまりこの役所、済南国府の外も内も賄賂で作られてるってわけだ。


 少女は単純に、呆れた。

とりあえず、帯びていた細身の二本の剣を置き、机の前に座ってみたが、全く落ち着かない。


「この執務室、前の人、本当にこの部屋を使ってたのかな?

この机とか、傷一つなく新品みたいにテカテカ光って眩しいのだが」


「一応、使ってはいました。前任者はほとんど置物みたいにただ座って、客人と話をするだけでしたが」


「私にはここに座ってるだけでも苦痛だよ。キラキラして目が痛い。私の執務室を他に作る」


「はい」


「ところで、今すぐ、ここいる役人全員、どこでもいいから、集めてくれたまえ」


「はい。……って、えぇ!?今すぐですかっ!?」

つい子供のように仰天してからハッとして口を閉じ、赤い顔をして謝った。


「わ、わかりました。では、講堂に集めましょう」

就任の挨拶でもするのかな、と思いつつ、若い役人は走った。


つづく

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