第5話 昨日の私と、今日の私は同一人物なのか その4
若い斥候兵は気を取り直して、寝間ぎのおっさんたちを横目に前に進み、ひざまずいた。
「曹騎都尉、ご報告いたしま、って!誰ぇっ?!」
少女は慣れてきたのか、すっかり涼やかな顔で答えた。
「私は、曹騎都尉の代理人です。なので報告は、私が聞きます。
しかし、その前に君にしてほしい事がある」
「えぇっ!僕にですか!?一体僕に何を、してほしいんですかっ」
うら若い斥候兵は、一瞬で顏を赤くして、もじもじとした。
少女は笑顔を浮かべ、巻かれた竹簡を片手で掲げるように持ったまま言った。
「昨夜、キミが曹騎都尉に命令された内容を質問するから、それに答えてほしいだけだよ」
……昨晩もついダラダラと話をしてしまったからな。でも、それが幸いとなるかな?
少女は笑顔のまま、ゆっくりと、話し出す。
「君たち斥候隊は、行軍経路で黄巾賊の集団がいないか、探ってほしいと曹騎都尉に言われたね。
そして、敵を探す理由も聞いたはずだ」
小さな間を置き、笑顔のまま問う。
「目的地までの敵を探す理由は、なんだったかな。
行軍しながら敵集団を倒して進む為だったか?もしくは、戦闘を避けて進む為か?
思い出せるかな?」
斥候兵はキョトンとした顏をして、あっさりと即答した。
「はい。曹騎都尉は、戦闘を避けて進みたい為だと、おっしゃっていました」
少女は満足そうにうなずいた。
「ふむ。ちゃんと覚えていたな。偉いぞ」
褒められて、斥候兵はさらに耳まで赤くした。
「では、なぜ、行軍中は戦闘を避けたい、と曹騎都尉が言っていたか、覚えているかな?」
「はい。覚えております」
「ではそれも、ついでに言っておくれ」
「私たちは援軍なので、できるだけ多くの兵士を無傷で目的地まで到着させる必要がある。
とおっしゃっていました」
「素晴らしい記憶力だね。君は本当に優秀は兵士だ。心から感謝するよ」
そう言うと少女は竹簡を丸まった状態のまま、軍団長の一人に手渡した。
「広げて、皆で読んでくれたまえ。今、彼が答えた内容と同じ事が記されている」
竹簡を紐解くと、団長たちは頭を寄せて読み始めた。
そして、完全に言葉を失った。
兵法の雑談をしながら少女が書いていた竹簡には、今の問答が完全に再現されていたのである。
皆、呆然としつつも、その心の中では冷静に、質問の内容も答えも偶然に書いて一致するものではないと理解しつつある。
戦えば確実に勝てる少数の敵を発見したら?
倒してしまえばいい、あるいは、捕縛などして、潰せばいいと思うものだ。
だが兵力温存のために、小さな戦いも避けて進もう、という答え。
若い斥候兵が即答できる内容ではない……。
彼は確かに、戦略を考えている者と会話していたのだ。
そしてその内容を、この少女は、知っていたのである。
そして、それ以外にも、彼らは驚いていた。
竹簡に記された美しい文字にである。
読み書きできる者も少ない世の中である。
そのような中、年端のいかない少女が達筆であるのは、珍しいの域を越えている。
残りの斥候たちが立て続けて狭い幕舎へと入ってきて、騒がしくなってくる。
「ふむふむ。皆、時間通りではないか。素晴らしい」
少女が呟くと、竹簡を覗き込んでいた者たちは、少しギクリとした。
……つまりこの娘は、少女の姿をしているが、中身は、おっさ……。
ふわり、と、少女は簡易な机の上に、地図が書かれた大きな布が広げた。
「斥候隊の諸君、ご苦労であった。
この机の上の地図に発見した敵や、気が付いた事などがあれば書き込んで、名前も書いておいてくれたまえ。
報告が正確な者や、気の利いた事を書き込んだ者は、あとで褒美を出そう。
書いたら、自分の軍営に戻って少しの時間でも休んでおくれ。ご苦労だったね」
斥候兵たちは皆「誰っ?!」と謎の少女に戸惑いつつも、地図に筆で図や文字を書き込み始めた。
文字が書けない者は、雑用係に代筆してもらい地図を埋めていく。
「さて、以上で、今日の私が昨日までの私と同一人物であるという内容の羅列は、終わりだ。
ここで、できるのは、これくらいしかないのだ。
証明になっていたかどうかは、正直、自信はないけど……」
少女は、周りを見渡し、静かに言った。
「次は諸君らが考え、その答えを私に話す番だ。
私を追放するなら、それでも結構です。
その時は私は素直に従うので諸君らも誇り高い漢王室の軍人として私に危害は加えないでいただきたい。
もしくは、臨時としてでも、私を今まで通り騎都尉として認めてくれるならば……」
少女はまるで眩しいように少し目を細めた。
「その時は、今までと変わらずに全身全霊をかけて、私は仕事に勤めます。
では各隊代表の諸君、大変申し訳ない事だが、できるだけ早く、私をどうするかを決めていただきたい。
私たち、もしくは、君たちは援軍として、速やかに目的地の潁川(えいせん)に着かなければいけないのだから」
そう言い終わると少女はすみっこに移動し、先ほど斥候たちが書き込んできた地図を眺めだした。
つづく
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