第2話 昨日の私と、今日の私は同一人物なのか その1

「はー、面倒すぎるのだが……」


幕舎の中で、少女はあまりの悩ましさに独り言を呟いた。

携帯銅鏡をのぞき込んでは、大きなため息をつく。


「なんなのじゃこれは。最新の呪いかー?

だとしたら宦官の孫を女の子にするとは、いい趣味しとるわ」


正直、効くわ……。

 

 着用している軍服は、昨日まで青年だった時のものなので寸法が大きすぎる。

羽織っている上着は、常にどちらか片方がずれ落ちてしまう。

ただ背丈はほぼ変わっていないようで裾を引きずらないのが不幸中の幸いであった。

 

 そう、背丈が変わっていない……。


という事は、小娘にしては「背は高い方」という事なんでは、と思う。


つまりこれからは「私は「わりと背が高い方」なんです」なんて言えちゃうわけだ。

大事なことなのでもう一回言うと、私ってどっちかというと背がた……。


「曹騎都尉!おはようございます!騎馬兵軍隊長兼副将の項(こう)ですっ」

身長の事で頭がいっぱいだった少女は、ハッとして現実に戻った。


「入りたまえ」

「はっ」


馬鹿正直いや生真面目に走ってきたらしい。


項と名乗った青年軍人は息が上がり、肩を大きく上下させている。

頭巾をほっかむりのように乗せ、はだけた寝巻きに上着をひっかけ剣もない。


 騎都尉の軍服姿の少女と視線が合うと、動きが止まった。


「だっ誰ぇっ!?」

青年は乙女のように赤面しながら上着を掻き合わせると、必死に寝間着を隠した。


 少女はその様子を無表情で見つめていた。

重たすぎる剣を自分の正面に立て、柄頭に両手を乗せている。


「おはよう、項(こう)副将。


私は曹騎都尉の……今は、代理人だ、あっ、です。

全員集まってから話をしたいので、しばらく待っていただきたい、いや、ください」


 青年は耳まで赤くしながら、頭巾を整えつつ驚いた。


「あなた、なぜ私の名をご存知なのですか!?


もしかして、曹騎都尉のお身内のお嬢様でしょうかっ?

誰であれ年頃の愛らしい女性にみっともない姿を見せてしまい、とても恥ずかしいです……」


 少女は一瞬、愛らしい、という単語にやや目を細めた。

だが、すぐに自分も、上司の身内にはこんなふうにご機嫌を取ってたなと思い、受け流す。

 

「急な呼び出しなので、そのお姿なのは仕方ありませんよ。

何も恥ずかしくありません。堂々となさってください」


「ハイ……」


青年の頭の中は、謎の年頃の娘さんが上司の軍服を着ている不思議さより、だらしない格好を見られた悲しさで一杯だった。



 ほどなくして各軍団長が集まった。

斥候だけ、部隊長が出払っていたため、副隊長が来ている。


……ヨシ!寝間着の無防備なおっさんが五人じゃ。


少女は心の中で指差し確認して頷いた。


……この人数なら、もしもの時は隠した短剣でアレして逃げる時間を稼げるだろう、たぶん。


そう思いつつ、少女は一度深呼吸してから、口を開いた。



「おはよう、諸君。


本日は天候も良く行軍日和で何よりだ。


私たちは、潁川の黄巾賊討伐の援軍であり、本来ならば、ここで悠長に話をしている場合ではない。


しかし、この度は必要に迫られ、諸君らの貴重な朝の時間を無駄にすることを、まず詫びる。


さて今から私が話す馬鹿馬鹿しい出来事を、とりあえず最後まで口を挟まず、聞いていただきたい」



 少女が唐突に軍事機密である行軍の目的を言い出したので、皆あっけに取られた。


「結論から言うと、姿がすっかり変わってしまったが、私は曹操孟徳騎都尉なのだ。


しかしながら、昨晩まで青年だった私と、今の小娘の私が同一人物なのかどうか。

自分自身でも疑っているのだ。

なのでその検証を、諸君らにも手伝っていただきたい」


 聞いていた全員が底抜けにポカーンとしている間に、清楚で可愛くなってしまったらしい曹騎都尉は勝手にどんどん話を進める。


「さて私は、というか曹騎都尉は今回の出撃許可の証である割符を起きてる時は肌身離さず持っています。


では、寝てる時はどこに隠しているでしょうか?」


……し、知らんがな、と皆、ずっとポカンとしたまま黙っている。


 知らないのは当然だった。


出撃許可の割符という最重要道具の管理は、軍隊の最高責任者、つまり曹騎都尉の責任なのである。


それを本人以外が知っている、というのは基本的にあり得ない事なのだ、が。 


……それを、この小娘が知ってるというのか?



 つづく

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