第13話 ダブルデート

「雅也くんと同じクラスの深瀬くんているでしょ?仲いい?」

夜の電話中、美佐が訊いてきた。

雅也「深瀬?野球部のね?まぁときどき話すけど。何で?」

美佐「なんかね、洋子が深瀬くんのこと好きみたいなの。」

雅也「うそ!?矢川さんが?」

美佐「うん。だからね、雅也くん同じクラスだから、なんとかならないかなぁと思ってー」

雅也「そっかー。確か深瀬、彼女いないと思ったから、くっつけちゃおうか?」

美佐「うん。なんか洋子遠回しに私に言ってきたけど、協力して欲しいんじゃないかなぁ、きっと」

雅也「矢川さんと深瀬。。うん、似合うね。似たもの同士というか 笑」

矢川は生徒会、深瀬は野球部。2人とも、何事も一生懸命、率先してやるような、皆からも信頼されている2人である。

美佐「今度の週末、試験前だから部活ないよね?」

雅也「あっ、そうだ、ないね。」

美佐「4人で映画見に行かない?洋子と999(スリーナイン)観たいって話してたの。」

雅也「おー、いいねー」

美佐「雅也くんから深瀬くん誘ってくれる?」

雅也「そっか。オッケー。」


さて、オッケーとは言ったものの、どうやって誘うか?「洋子が好きだから」とか言ったらきっと硬派の深瀬は「やだ」と言うだろう。ただ何も理由無いのも変と思われるしなぁ。。そうだ!オレが美佐と映画行きたいんだけど、"2人はイヤだけど4人なら"と言ってることにしよう。


次の日

雅也「というわけで、困ってるんだけど、深瀬一緒に行ってくれない?オレを助けると思って。」

深瀬「わかったよ、いいよ。」

雅也「え、いいの?サンキュー」

意外にも深瀬はあっさりOKした。さすが、深瀬。オレが困ってるのを助けたかったのだろうか。


美佐に伝える。

「深瀬、映画オッケーだって。」

美佐「え、ホントー!?わかった。ありがとう」

今度は美佐が矢川さんに伝える。

「ねぇ洋子、今度の日曜日、映画行かない?私と洋子と雅也くんと深瀬くんで?」

洋子「わー!行く行くー!」

洋子はめちゃくちゃ喜んだ。

(何でその設定なの?とか思わないのかな?)と美佐は疑問だったが、きっと洋子は何より深瀬くんと一緒ってだけで嬉しかったようだ。

ということで、ダブルデートで、映画を観に行くことになった。


日曜日

オレは、シバケンくんからもらった胸のポケットにメッキのボタンがついた白いシャツに、Leeのストレートのジーパン。久しぶりにリーガルのスニーカーを履いた。

七郷の駅で待っていると、深瀬が登場した。黄色のアディダスのTシャツと白のパンツ姿。陽に焼けた顔に白い歯を見せて手を振った。


そのすぐ後に、美佐と矢川さんが到着した。

2人は揃えたのか袖のないワンピースを着ている。

美佐は、涼しそうな生地のライムグリーンのワンピース。矢川さんは、デニム生地の薄い青のワンピース。


4人は、挨拶して笑って、早速出発した。電車に乗って渋谷に行く。

渋谷に着くと、人が沢山いた。はぐれないようにとお互いを時々確認しながら映画館に向かった。

少し並んでチケットを買い、館内に入る。館内もいっぱいの人がいた。扉を開けて席を窺う。と、いきなり深瀬は、「ここ空いてるよ!」と座った。(でも、合わせて二つしかないじゃん。)と雅也は思った。美佐と矢川さんは、「私達、目悪いから、前行くね。」と前の方に行ってしまい、前から2列目に座ったのが見えた。

雅也は行き場が無くなり深瀬の隣りに座った。

(あー、何で?何で?離れて座るの?くーそっ、深瀬ー!)と雅也は思ったが、もう、やり直せない。もう美佐達の前から2列目の周りも空いてなさそうだ。


ブー


そうこうしてる間に、映画が始まってしまった。

(あー、もー、何でこうなるんだよー!4人で座れるとこにしよー!ってなんですぐ言わなかったんだろう?)と雅也は自分を責めた。

しょうがないと雅也は諦め、深瀬の隣りで映画を観ることにした。が、頭の中を後悔がグルグル回って映画どころではない。

(なんとか時を戻してくれないか神様ー!)と心で叫んでも勿論何も変わらない。



やがて、999の歌が流れ映画が終わった。場内が明るくなったら立ち上がり、4人は合流して出口に歩いた。

雅也は最後まで失敗を引きずり、映画の内容は全く入らなかった。

出て、どうしようかと4人は顔を見合わせ、どっかお店でもと、当てずっぽうに見つけた喫茶店に入った。

男子の2人はクリームソーダ、女子の2人はアイスココアを頼み、各々の好きなスパゲティを食べた。

深瀬は、自分が悪かったと反省していたのか、この空気を変えようと、必要以上に冗談を言い、場を和ませ、盛り上げた。この辺りはさすが深瀬、野球部!だ。

ようやく4人は、打ち解け、楽しい時間を過ごした。深瀬の話しにオレも美佐も笑った。矢川さんも嬉しそうだ。

深瀬は止まらず、999の歌をメチャクチャ英語で歌ったりして、皆大笑いだった。


楽しい時間は尽きなかったが、そろそろ時間と、店を出て、地元に向かった。

七郷の駅に着いて、オレは美佐に目で合図してから、「深瀬ごめん。ちょっと美佐と話しあるから」と、雅也はひと芝居をして、深瀬と矢川さんを二人にしようとした。

深瀬「うん、わかった。もうちょっと暗いからオレ矢川さん送って行くよ。」

(さすがだ、深瀬!)

「じゃーねー!楽しかったー!またねー」と4人は、2人、2人に分かれた。

雅也と美佐はちょっと遠回りに土手から帰ることにした。

美佐「そっか。このまま帰ってたら、洋子と深瀬くん二人になれないもんね。雅也くんナイスだった!」

雅也「うん、思いついた。」

美佐「今日よかったね。行って。」

雅也「うん、よかった。」

雅也は、映画の席のことをいまだ悔やんではいたが、笑顔で答えた。

雅也と美佐は、静かな土手を歩いた。

雅也と美佐は、どちらともなく手を繋いだ。

手を繋いだまま、無言で歩いた。

土手の雑草が風に揺れる音だけ聞こえる。

雅也の胸の中は騒がしいことになっていたが、顔には出さず、手に伝わるこの感覚だけに集中し歩いていた。


雅也「深瀬たちうまくいくかな?」

美佐「いくといいね。」

雅也は、もはや他人のことを気にしている状況ではなかったが、照れ隠しにそんな話題を出したりした。


雅也は少し強く美佐の手を握りしめる。

美佐は答えるように、雅也の肩に顔を寄せる。

「今だ!」もうひとりの雅也が叫ぶ。

「キスする場面!」もうひとりの雅也が更に叫ぶ。

雅也は美佐の顔を覗き込んだ。

美佐は察知したのか、ごまかすように「夕焼けきれいだね。」と笑って、下を向いた。

夕焼けの赤色が美佐の横顔を照らしている。

雅也「うん、きれいだね。」


2人「・・・・」


夕焼けが二人を照らして、手を握った二人のかたちの影が伸びている。

二人はその影を崩さぬように歩いていった。



そのうち土手を降りる場所に着いてしまい、いつもの美佐の家の少し手前の角に到着した。

二人はゆっくり手を離して、いつものように手を振って別れた。




(キスできたなぁ。)


でも、


いけなかった。


動けなかった。


固まってしまった。


勇気出せなかった。



でも、言い訳かもしれないが、今日はこれでよかった気もするんだ。


(ダメかねぇ?)

雅也はもうひとりの雅也に許しを得るかのように、つぶやいた。











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