十三.異質な世界から非日常へ

第32話 どう足掻いても化け物からは逃げられない①


 すっかりと暑さも落ち着いてきた十月の上旬、桂華は街に出ていた。下旬には千歌の誕生日なのでプレゼント探しを兼ねてショッピングに出かけたのだ。


 おろしたての白のブラウスに花柄のロングスカートを着て久々にお洒落をした桂華は少しばかり気分が良かった。日頃、干物だと自覚ある行動をしていた(最近ではあの化け物のせいで矯正されつつある)けれど、たまにはお洒落をするのも桂華は好きだった。


 百貨店を巡りながら彼女は可愛いものが好きだったなと目星をつけていく。羊柄の可愛らしいバスセットが売っていたので、これは千歌が気に入りそうだなと桂華は購入を決めた。


 それから服などを軽く見て店を出た桂華はふらふらと街を歩く。そういえば、ケーキが美味しいカフェがあったなとそこへ向かうことにした。


          *


 記憶があやふやだったけれどカフェに辿り着いた桂華はケーキを堪能していた。うん、美味しい。やはり美味しいものを食べると気分も上がるものだ。


 天気も良くて落ち着いた雰囲気の店内に心が穏やかになる。このなんでもない時間というのは好きだった。色々あったもんなぁと桂華は思い出す。


 神に気に入られたり、化け物にあったり、異界に行ったり、魔術をかけられそうになったり。記憶をたどりながら色々どころではないなと思う。普通ではありえないなと。これもあれも全部、あの化け物のせいだった。



「私のどこがいいのやら」



 ぽつりと呟く。これをあの化け物が聞いていたら幸運と強さと無知さと答えるのだ。わかりきっていることだけれどそれでも口に出したくなった。


 怖がっていたり、困っていたり、慌てていたり。そんな姿をがまた良いと言われて良い気はしない。それの何処が愛しているというのか、困らせて何が楽しいのかと考えてしまう。


 彼は見た目は顔の良い人間の男を装っているが、中身は化け物だ。邪神と呼ばれる存在なのだ。だから、人間と同じような感性を求めてはいけない。



「逃げられないよなぁ……」



 桂華はげんなりとした。あの化け物から逃げられるだろうかと考えるが、どう足掻いても相手が飽きてくれない限りは無理だと結論が出る。最近では堕落させられつつあるのでそれが嫌だった。


 堕落していくのが分かってきて怖さを感じた。きっとこの恐怖を抱いている瞬間をあの男は楽しんでいる。


 逃げ場がないのだからさらに恐怖というのは迫ってくる。もう半ば諦めている自身に桂華は溜息が漏れた。もう考えるのはやめよう、現実を突きつけられてしまう。



「この後どうしようかな」



 気分を変えるようにこの後どうしようかなと桂華は予定を立てる。駅前のケーキ屋でケーキを買って帰ろうか。そう決めて桂華はアイスコーヒーを飲んだ。


 

          ***


 

「あれ、どうしてだろ?」



 桂華は周囲を見渡した。特に変わった様子のない景色、立ち並ぶビルに交通量の多い道路、人が何事もなかったように行き交う。天気も良くて青空が広がっていて風も気持ちがいい。


 そう、特に変わりはない、はずだ。けれど、桂華はおかしいと感じた。何せ、駅まで辿り着けないのだ。


 同じ道を何度も歩いている気がする。もしかして、道に迷ったのだろうか。桂華はスマートフォンの地図アプリを開いた。このまま真っ直ぐ行って左に曲がれば駅方面へと向かえると方向は指してある。



「この通りにしているはずなのに……」



 しかし、駅には辿り着けない。じわりじわりと不安が襲ってきた。


 もう一度、桂華は地図アプリの通りに歩いてみる。左に曲がって——そこで地図アプリの矢印がぐるぐると回り始めた。桂華はアプリを立ち上げ直す。それでもぐるぐる回り続けるので、不具合だろうかと桂華は周囲を見てみる。


 相変わらずの景色がだんだんと不気味に感じてきた。何事もなく人々が通り過ぎていく。車は走り、空を鳥が飛んでいった。ゆっくりとゆっくりと恐怖がせり上がってくる。


 とりえず、歩いてみよう。桂華は深く考えるのをやめて散策することにした。きっと迷っているだけなのだからと。


 試しに路地に入ってみると途端に人の気配がなくなった。薄暗くて寂しい雰囲気に一瞬、たじろぐも桂華は歩く。閉まったシャッターや何をやっているのか分からないビル。それらの間を突き抜けるように歩く。途中、曲がってみたりもしてみた。


 ぐねぐねと道を進んでいくと住宅街のような場所へと出た。がらりと変わった景色にひやりと汗ながなれる。本格的に迷子になっていないだろうかと桂華は今更に思う。


 何とかなるだろう精神で歩いていたのだが、これは流石に駄目な気がする。桂華は自身の考えなさを今更に後悔した。


 困ったなと思っていると、一匹の猫がすらりと現れた。茶トラの猫は桂華を何かいるなといったふうに見ている。少し考えて桂華はあのと猫に声をかけた。



「バーストさまの信仰者ですかね? 道分からなくなって……」



 よかったら教えてほしいなぁと桂華は頼んでみる。バーストから頂いた置物は常に持ち歩いているので効果があるはずだ。彼女の「あらゆる猫がお前を助けてくれる」と言っていたのを覚えている。


 茶トラの猫はじっと桂華を見つめると数度、瞬きをして歩き出した。少し歩いて後ろを振り返る。どうやら、着いてこいと言っているようだ。本当に通じたのかと桂華は驚きながらも茶トラの猫の後ろを着いていった。

 

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