第31話 分かってはいたけれどやることが酷い③
そこは宮殿のような場所だった。煌びやかに輝く豪奢な調度品が飾られる室内には多種多様の猫と猫科の動物が寝そべっている。ここは前にも来たことがあるなと桂華は思った。
「面白いことになっているねぇ」
そう声がして前を見ると優雅に歩くバーストの姿があった。猫の頭に女性の身体の神、バーストは桂華を眺めながら言う。
また会えるとは思っていなかったので桂華は動揺していた。何故にと疑問符を浮かべていると「面白そうだったから」と返される。
「あの神に振り回されているようだねぇ」
「どうにかなりませんかね、あいつ」
「無理」
「ですよねぇ」
「そも、神に好かれてしまった時点で逃げるなど不可能さ」
神に好かれた人間というのはただ、その神からの歪んだ愛情を注がれて、逃げることを許されず堕ちていくだけだ。バーストは「短い命さ」とさらりと言う。
やはり長生きはできないのかと桂華は現実を突きつけられた。けれど、薄々は感じていたことだったのでそれほど精神を削ることはなかった。
「神は神に干渉することはそうない。我もそうだ。あの神には近寄りたくはない」
「どれだけニャルって嫌われてるんです?」
「嫌われているというよりは畏怖されている。あれは面倒な神故にな」
存在が理解できないものに恐怖を感じたりするものだろうとバーストに問われて、桂華は確かに何かわからないものは怖いなと頷いた。
「あやつが何を考え、いつ気まぐれに動いて壊すか分からない。だから皆、畏怖するのさ。あの神を理解できるものなどいないけれど」
「それに気に入られた私は諦めて短い命を受け入れろと」
「そうなるねぇ」
バーストの返事に桂華ははぁと溜息を吐く。分かっていたこととはいえ、こうも突きつけられるとしんどいくなるわけで。桂華は項垂れた、疲れたと。
そんな様子に周囲の猫たちが桂華へと集まってきて励ますようにじっと見つめている。猫がいっぱいだなと思っていれば、「触るといい」とバーストは言った。
「癒しになるぞ」
バーストの「彼らもそのつもりでそなたに近寄ったのだ」という言葉に、桂華はじゃあと毛足の長い猫を抱き抱えた。白くふわふわしているその抱き心地の良さにおぉと声を溢す。
なんだ、このもふもふな生き物は。桂華はそのなんとも言えない感覚に心を和ませていた。
「あの邪神への愚痴など人間には言えぬだろうからのう」
「そうなんですよ!」
そう、あの男は人間ではない。見た目は顔の良い男に擬態しているけれど、実際は邪神だ。あの邪神への不満は人間には言えない。
「病院送りってどういうことですか!」
「まぁ、あの神らしいけれど。でも、殺しはしないよ。あの神は」
あの神は殺すよりも相手が狂気に染まっていく様を眺めるのが好きな神だ。だから、自らの手で殺すことは余程のことがない限りはしない。相手に恐怖をプレゼントして発狂させることはあるだろうけれどと、バーストはそう教えてくれた。
それを聞いて渋い表情を見せる桂華にバーストは優しげな眼を向けた。
「ほんっと性格が悪い、あいつ」
「あれはそういった神だから仕方がないねぇ」
「バーストさま助けてください」
「嫌だよ、あの神を敵に回すとか。……して、だいぶ落ち着いたかい?」
げんなりとしていた桂華だったが、軽い口調になっていた。此処にきた時よりもだいぶ落ち着いてきている。
「まぁ、そうですね。猫ちゃんも、もふもふさせてもらいましたし」
抱いていた猫を降ろして桂華は答える。バーストはそれはよかったと微笑むと人差し指を上げた。
「なら、そろそろあの神に会えるね?」
「え、嫌だ」
「そう言わずに。そも、あの神は覗いているよ」
バーストの言葉に桂華はばっと後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。周囲を見渡してみるも猫で溢れているだけだ。どこにときょろきょろとしていればバーストに笑われた。
「あの神は余程、気に入っているのだねぇ」
これは面白いとバーストは笑みながら桂華の肩を抱いて引き寄せた。
「あの神よりも我を信仰してみないかい?」
「あいつを信仰してはいないんですけど……」
「バースト」
低い声がした。見遣れば不機嫌そうに眉を寄せるニャルラトホテプが立っていた。腕を組んでじっとバーストを睨んでいる。それがまたおかしくてバーストは笑う。
「冗談さ。そなたがなかなか出てこぬから言ってみたまでよ」
バーストは「そなたならすぐに出てくるだろうと思ったさ」とそれはそれは愉快そうに口元に手を添えて言う。ニャルラトホテプはしてやられたといったふうに片眉を下げた。
バーストはにこにこしながら桂華の肩を抱いているので、それがまたニャルラトホテプを不機嫌にさせていた。
「さて、揶揄うのもこれぐらいにしておこう。神同士の戦いなど我は御免だ」
バーストは桂華から離れるとそっと背を押す。桂華が不安げに見遣れば彼女はまた優しく微笑んだ。
「また愚痴を吐き出したくなったら祈りなさい。我が聞いてやろう」
バーストは「それだけそなたは哀れな存在だから」と目を細めた、ひと匙の慈悲を与えたくなるのだと。
「えっと、ありがとうございます」
「なぁに。楽しませてもらったから良いよ」
「またお願いします」
ペコリと頭を下げて桂華はニャルラトホテプの元へと歩み寄った。彼は桂華の手を取ると強く握りしめてバーストをみる。彼女は何も言わず、ただ見つめ返していた。
***
目が覚めるとニャルラトホテプに抱きしめられていた。またベッドに潜り込まれたのか。そうしないと夢に介入できないと言っていたのでこうなるのは仕方ないか。
桂華はこれに関してもう何かいうことはしなかった。ただ、彼がまたじとりと見つめてきていることには言うことがあって。
「……何」
「キミ、バーストの元に逃げるのは反則だと思うのだけど?」
ニャルラトホテプは「あれと会話をするのは嫌なんだ」と眉を寄せる。苦手な部類の神なのだろうなと桂華は感じた。
争うつもりはないけれど奪われるのならばそうする他ない。それは避けたいので慎重に行動せざるおえないから神経を使う。面倒なのだとニャルラトホテプは話した。
桂華自身、また会えるとは思っていなかったのだからそんなことを言われても困る。運よくまた会えたというだけだ。今度からは慈悲でまた会ってくれるようではあるのだが、それもまた彼の機嫌を悪くさせていた。
「別にバーストさまを信仰するわけじゃないし」
桂華が「ただ、あんたの愚痴を言いに行くだけだし」と言えば、「あれがキミを気に入っているのが気に食わない」と返された。どうしろというのだ。本当にこの神は独占欲が強いなと桂華は思う。
「大体、あんたが悪いんでしょ!」
「ボクは邪魔なものを排除しただけだが?」
「それが悪いっていうんだよ!」
「助けてあげたのだがなぁ?」
確かに助けられはしたけれど、そのやり方に問題があるのだ。そう主張するけれど、この化け物には通用しない。
「何度も言うけれどボクはキミ以外は別にどうだっていいんだよ。狂ってもがき苦しむ様を見るのは楽しいけれど、それだけさ」
そう、他は別にどうだっていい。狂ってもがいて、苦しんで、這うように落ちていく様を見るのは楽しい。人間などただの玩具に過ぎないのだからそれだけだ。だから、どうなってしまってもいいし、楽しませてくれないのならば捨てるだけだ。ニャルラトホテプはなんでもないように言う。
なんと性格が悪いのだろうか、桂華は突っ込む言葉すら出なかった。この化け物を畏怖する気持ちが分からなくもないと思って。
自分もいずれは捨てられるかもしれない。それは耐え難い苦痛と狂気に落ちた後か、その前か。どちらにしたってその後の生涯は約束されてはいないのだ。
あぁ、なんと恐ろしいのか。桂華は眉を寄せながらニャルラトホテプを見つめるが、そんな彼女の感情を見抜いているような瞳が向けられる。
「ほんっと、性格が悪い」
「もっと恐怖してくれていいんだよ」
「うるさい」
桂華はべしりとニャルラトホテプの額を叩いた。それは彼女なりの強がりで恐怖を誤魔化すものだったけれど、相手は気づいているようで笑みを浮かべていた。
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