十一.深き海より現れるもの
第26話 言葉が通じようとも化け物なのだ①
休憩時間にデスクで一息ついていた桂華に千歌と紗江莉が椅子を引いてやってきた。これはいつものことで休憩中は二人と話して過ごす。いつものようにやってきた千歌が桂華に声をかける。
「桂華さん、海行きませんか?」
「海水浴は嫌だよ」
桂華の即答に千歌はむーっと頬を膨らませていた。紗江莉も水着はなと嫌そうにしている。二人の様子に多数決では敵わないと判断したのか、「なら、見に行きましょう」と提案した。
海が見える絶景のレストランがあるらしい。採れたての新鮮な魚介を使った料理は美味しいのだと最近話題になっているのだとか。行きましょうと言われて、それぐらいならいいかなと桂華は頷いた。
「夏にはぴったりかもねぇ」
「でしょ! だから行きましょう!」
「行くのはいいよ。海水浴は嫌だけど」
「二人して水着を嫌がってぇ」
千歌が「まだまだ若さはあるのだから頑張りましょうよ!」と言うけれど、桂華はお腹を出すのは嫌だったし、肌の露出があまり好きではなかった。紗江莉は「太ったから無理」と断固拒否している。
今から痩せるなんて無謀と、二人の反応に千歌は説得は無理だと諦めたようだ。仕方ないですねと息を吐いた。
「海は別の友達と行きます」
「行くのは諦めてないんだね」
「行きたいんですもん!」
まだ可愛い水着が似合う歳なのだから着ないと損だと千歌は言う。そういうものなのだろうかと桂華は思ったけれど、千歌が自信満々に言うものだから黙っておいた。
***
ソファに座りながら海に行くとニャルラトホテプに言うと、隣に座っていた彼は渋い表情になった。
何かまずいことでも言っただろうかと驚いたものの、「海水浴じゃないよ」と伝えれば普段の顔に戻った。どうやらあの人混みに桂華を近寄らせたくないようだった。
若い女性だけではナンパにも遭いやすいというのもあるのでそれを考えていたようだ。本当に警戒心が強いなと思った。余程、桂華に近寄る男というのが嫌なのだ。
けれど、桂華が彼女が友達と出かけようと、一人で買い物に行こうと咎めることはしない。基本的に自由にさせていて、あれをするな、これをするなと彼は言わない。
束縛らしいことはしない、ただ桂華に近寄る存在というのを許さないだけだ。独占欲は強いのだ、この男は。
「海の見えるレストランに行くだけだよ」
「友人とか?」
「さと姉さんと千歌さん」
桂華が「さと姉さんは知ってるでしょ」と言えば、ニャルラトホテプは「あの女性か」と思い出したように頷いた。三人だけで行くから何も問題はないと桂華は言う。女性三人で出かけて安全かと問われる違うのだが、彼はそこまで厳しくは言わない。
「キミたちは仲が良いようで」
「そうだね。さと姉さんはお姉さんって感じだし、千歌さんは放っておけないというか。まぁ仲は良いかな」
千歌のお節介には苦しめられた時もあるけれど、それを抜きにすれば彼女は悪い人間ではなかった。ただ、そうただお節介なだけなのだ。
リモート宅飲みで危うくお見合いやらされかけたことを思い出して苦笑する。あれが元でニャルラトホテプと一緒に暮らしているのがバレてしいまった苦い思い出である。
「まー、何かあるってわけでもないし遊んでくる」
「遅くならないように」
「子供か」
「心配しているのだけれど」
桂華は子供のような心配をされてむっとしたけれど大人しく返事をしておく。そんな返事にニャルラトホテプは「気をつけて行きなさい」と返した。何にと首を傾げれているとキミねと眉を下げられる。
「色々あると思うよ。男だったり、怪異だったり」
「あぁ、なるほど」
ニャルラトホテプは「海というのにも怪異は付き纏うものだからね」と言って目を細めた。彼が言うのだから何かあるのだろう、桂華はわかったと頷いた。
「海にも神様っているの?」
「いるよ、面倒なのが」
桂華の問いにニャルラトホテプが答える、海には眠り続けている
「それはそれは面白い光景が観れるだろうね」
「ほんっと、性格が悪い」
「キミだけは守ってあけるさ、キミだけはね」
「嬉しくない」
どれほどの規模になるかは分からないけれど、自分だけが助かるということは知り合いは助からないかもしれないということだ。両親も、同僚も、先輩も、友達も、祖母も。彼らは死ぬのかもしれないし、気が狂ってしまうのかもしれない。それをただ、そうただ観ていることしかできないのだ。
自分だけ助かるというのが嬉しいかと問われると、嬉しくはない。死にたくもないし、気が狂いたくもないけれど、嬉しくはないのだ。桂華の言いたいことを理解しているだろうニャルラトホテプは「良い顔をするね」と微笑む。
あぁ、こいつを楽しませてしまったと桂華は顔を顰める。きっと彼好みの表情をしていたのだと思うとなんだか苛立ってきた。無言でニャルラトホテプの肩を叩けば、彼は「本当にキミは強いよね」と返される。
「うるさい。どうせ楽しんでいるだけのくせに」
「楽しんでいるけれどね。今もそうだけれど」
「このやろう、ほんっと性格悪い」
「どんどん、楽しませてくれ」
それはそれは楽しげに笑みを見せるニャルラトホテプに桂華は眉を寄せる。何をやってもこいつを楽しませるだけなのだと、桂華は疲れたように息を吐く。
「変なことしないでよね」
「どうだろうね?」
「くっそう、やる気だこいつぅ」
にこにこしているニャルラトホテプに桂華は何もできない。自分に彼を止められる術などないのだから、ただそれを受け入れるしかないのだ。嫌だけれど、嫌だけれど仕方なく。
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