第10話 幽霊よりもこいつの性格の方が怖いわ!③
「ねぇねぇ、桂華さん」
「何、千歌さん」
帰宅の準備をしていると桂華は千歌に声をかけられた。なんとなく嫌な予感がしたけれど、聞かないわけにもいかないので彼女の言葉を待つ。
「リモート宅飲みしません?」
「は?」
「ほら、桂華さんって飲みたがらないじゃないですかー」
千歌は「宅飲みなら飲みやすいでしょ」と提案する、自宅で手間もかからないしと。別に飲まなくてもいいじゃないかと桂華は思ったのだが、もうメンバーを誘っているらしい。参加予定のメンバーを聞きながらどうしたものかと眉を下げた。
「えー、でもなぁ……」
「さと姉さんも参加しますよー」
「姉さん参加するのか、どうしようかな……」
さと姉さんがいるなら安心かなと桂華は思う。千歌は何かと企む傾向があるので、紗江莉がいれば多少は大人しくなるのではないかと考えたのだ。
それに最近は飲み会を断りすぎている。この前の花見も断ってしまったので、そろそろ付き合いはしとかないと何を探られるかわかったものではない。
参加予定のメンバーに知らない人はいない。これは仕方ないなと桂華は「わかった」と参加することにした。
*
寝室でパソコンのカメラの調整などをしながらリモートの準備をする。メンバーは事務女子と営業男子数人だった。リモートとはいえ、多少は飲まねばいけないので適当に缶チューハイを買ってきた。
ニャルラトホテプには「リモートで飲み会参加することになったから、暫く黙ってて」と言っているけれど不安しかない。
この化け物が何もしないとは考えられなかったのだ。だから、とにかく大人しくしていてときつく言ったがどうなることか。不安のままリモート飲み会は始まった。
モニターにはメンバーが映し出されていた。画面越しで会話をするというのは少しばかり新鮮である。側にいるわけでもないので気を使うことがあまりない。ただ、会話を聞いているだけでいい。唐揚げをつまみに酒を飲みながらみんなの話を聞く。
それは他愛のないものだった。上司の愚痴や、近況の話、営業先の話など話の種になるようなものだ。それに軽く相槌を打ちながら缶チューハイを飲む。
一人の事務女子が恋人の愚痴を話し出した。最近、仕事が忙しいとかで全然構ってくれないのだと彼女は言う。この前もデートをドタキャンされたと嘆いていた。それに千歌が「それは酷い」と慰めて、営業男子も「連絡ぐらいはちゃんとしろよ」と彼女に同情している。そんな中だった。
『そういえば、桂華さんって彼氏いませんよね?』
事務女子の一人がそう言った。それに合わせるように千歌が「いないんですよねー」と話に入ってくる。すると営業男子の一人が食いつくように「そうなの?」と聞いてきた。
これは嫌な予感がする。桂華が笑って誤魔化そうとすると、千歌に「どうですー、いい物件ですよ」などと男子に勧めていた。
(こいつ、初めっからそのつもりだったな!)
さっと紗江莉の画面を見遣れば彼女は手を合わせていた。どうやら千歌の策略に嵌ってしまったようだ。
待ってくれ、駄目だ、これはなんとかしなければならない。今はすぐ側にニャルラトホテプがいるのだぞ。何をしでかすかわかったものではない。どうにか話題を移さなければと考えるも思い浮かばず、桂華は「千歌さんもじゃん」と声を上げた。
「千歌さんもいないじゃん、千歌さんは私なんかに構わなくていいんだよ」
『何を言っているのですか! わたしより、桂華さんの方が心配なんですからね!』
千歌に「飲みにも参加しないし!」と言われては言い返せない。出会いの場に参加していない、そんな話も聞かないとなると心配にもなるのだという。他人の恋路など気にしなくてもいいだろうにと桂華は思いながら唐揚げを頬張った。
『桂華ちゃん、ちょっと気になったんだけどさ』
「なんですか、さと姉さん」
紗江莉の助け船かと思って返事をすると、彼女は「あのさ」と問う。
『そのおつまみって自前で作った?』
「え?」
『いや、お皿に綺麗に盛られてるからさ』
お店に出すように綺麗に盛られてるのが気になるのだという。そんなこと気になるほどだろうかと首を傾げると、紗江莉は「だって」と言葉を続ける。
『桂華ちゃん、料理全然しないって自分で言ってたじゃん』
ぴしりと固まった。そういえば、そんなことを言っていたことがある。何々と女子がざわめいたので、慌てて「たまには作りますよ!」と誤魔化した。
紗江莉は「そう?」と疑惑の目を向けている。この目に捕まると逃げられないのを桂華は知っていた。なんとか話を変えようと話題を探す。
「そういえば、千歌さんは合コンどうだったの?」
「あ、逃げようとしてますね!」
千歌には通用しなかった。駄目だ、逃げ場がない。「そんなことないよ」と笑えば、千歌に「今は桂華さんの出会いを作る場面です!」と言われてしまった。
桂華は「そんなのはいらないんだよ!」と叫びたかったのだが、そんなことができるわけもなく。もう笑うしかなかった。
どうやら千歌は営業男子とくっつけたいらしい。やめてくれ、好みじゃないんだ。干物女で恋愛に興味がないとはいえ、好みぐらいはあるのだぞ。
必死にどうにかそうならないようにのらりくらりとかわすものの、千歌に「往生際が悪い!」と言われてしまった。そもそも、どうして彼女はこうも変にお節介をしたがるのか。余計なお世話でしかないのだがと桂華は思うけれど、口に出せば倍となって返ってきそうだったので黙っておく。
しかし、これはまずい。そう思った時だった。ぴろりんぴろりんとスマートフォンの音がなった。
誰のだとリモート画面がざわついた瞬間、桂華のいる寝室の扉が空いた。するりと入ってきた人物は何事もなかったかのようにスマートフォンをベッドから取って部屋を出ていく。その一連の流れが画面に映った。
『え、今の男の人、誰?』
紗江莉の一言により、一気に声が上がる。
『ちらっと見えたけどめっさイケメンだった!』
『え、誰!』
『桂華さん誰!』
騒めく画面に桂華は額を抑える。あの男、いや邪神がやらかした。絶対にこの状況をあいつは知っている。桂華が慌てて困っている姿を見て楽しむだけ楽しんでから、逃げ場がなくなった辺りで登場したのだ。
「あぁ、桂華。邪魔して悪かったね」
再びドアを開けたかと思うとニャルラトホテプは微笑んだ、それはもう爽やかに。顔の良い男がしてみろ、カメラにバッチリ写っているので事務女子が悲鳴を上げたじゃないか。桂華は深い、それは深い溜息を吐いた。
『何! 桂華さん恋人いたんですか!』
一連の流れを理解したのか、千歌は驚きの声を上げる。紗江莉は「あの唐揚げ彼氏が作ったでしょ!」という指摘に何も言い返せない。ニャルラトホテプが作ったからだ。
桂華はもう駄目だった。期待の眼差しで事務女子が画面越しに見つめてきている。千歌に至っては「説明してください!」と身を乗り出していた。それを見て、もう駄目だった。
「ニャッ……司ぁぁぁ!」
ヘッドホンを外して放り投げてドアの前まで駆ける。ニャルラトホテプは笑いながらリビング逃げていった。
次の日、質問攻めにあったのは言うまでもない。
***
「やりやがったな、このやろうぅぅぅ」
「助けてあげたのだがなぁ」
「余計なお世話じゃ!」
おかげで職場では恋人認定受けてしまったではないか、ちくしょう。逃げ場を着実に奪われている感覚に桂華はげんなりとしていた。
テーブルに突っ伏しながら愚痴る。あの場でニャルラトホテプではなく、擬態名である東堂司の名前を瞬時に出せたのは褒めてほしい。もうあの時の苛立ちはとんでもなかった。そんな姿もこの男には通用しない。むしろ、その姿を彼は見たいのだ。
「くっそう……」
「キミは幸運じゃないかい?」
「何が?」
「次の日にあの男が病院へ担ぎ込まれたという話を聞かなくてよかったのだから」
さらりと言われて桂華は固まった。目を瞬かせながらニャルラトホテプを見遣れば、彼はなんでもないようにコーヒーを飲んでいる。その眼はとても冷めていて冗談ではないように見えた。
あぁ、どうしてこんな化け物に気に入られてしまったのだろうか。桂華は危うく一人の人間を病院送りにするところだったのだと実感して恐怖した。
それでも少しだけ精神がすり減るだけで済んだのは彼女が幸運だったからだろう。そんな怯える桂華をニャルラトホテプは愉快そうに眺めていた。
やはり、幽霊よりもこいつの性格の方が怖いと桂華は心底、思った。
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