第6話 怪異に巻き込まれやすい体質ってなんだよ!②


 祖母の家へと向かうと「よく来たねぇ」と嬉しそうに出迎えてくれた。桂華の姿を見て、「その赤いロングスカート似合っているわ」と褒める。こうやって似合ってくれると言ってくれるのが嬉しくて、頑張ってお洒落をしてしまうのは内緒だ。


 祖母は祖父を早くに亡くしてから一人で暮らしている。近所付き合いも良いし、友達もいるけれど孫と話すことができて嬉しいのだと言っていた。


 霊園近くに建つ平家の一軒家が祖母の家だ。それなりに部屋数もあって広く、掃除は行き届いているのでいつ来ても綺麗だった。


 リビングの方へと向かい椅子に座ると祖母は事前に伝えていたからなのか、飲み物とケーキを出してくれた。気を使わなくて良いのにと毎度言うのだが、「一緒にお茶がしたいのよ」と返されては断ることはできない。


 大好きなショートケーキを食べながら祖母と話をするのは好きだ。最近あったことや、仕事の愚痴、テレビで見たことなどを話すこのひと時が楽しい。話好きな祖母は近所で話していたことなどもよく喋っていた。


 お孫さんがペットを飼い始めたとか、娘さんが結婚しただとか。井戸端会議で話されるようなことも喋るのだ。近所の奥さんの娘が結婚した話になり、その女性が桂華と同い年だったことから祖母はそういえばと問う。



「桂華ちゃんは恋人できたの?」

「え? あー……」

「いるの?」



 不意に振られた話題に桂華はなんと答えればいいのか悩んだ。恋人はいないのだが、同居相手は居ますとは流石に言えない。その人とどんな関係なのと質問攻めされては何も答えられないのだ。


 あの男を恋人だと思ってはいない、というか化け物なのだがあいつは。流石に化け物と同居してますとは言えないので、「いないかな」と答えておく。嘘はついていないので問題はない。



「良い人なんてそうそう見つからないって」

「そうなの? 桂華ちゃんなら見つけられると思うんだけどなぁ」



 今現在、一方的に気に入られてはいるけれどとは言わないでおく。残念そうにしている祖母に、はははと笑って流しながら話題を変えようと桂華は別の話を振る。



「おばあちゃん、最近何かあった?」

「え? あぁ、この前ね。斉藤さん家の息子さんが変なのを見たって騒いでいたわねぇ」


「変なの?」



 祖母は「変な生き物を見たって言っていたわ」と不思議そうにしていた。なんでも塾帰りに奇妙な生き物を見てしまったらしく、恐怖で家からしばらく出られなくなってしまったのだという。


 それを聞いて桂華はニャルラトホテプの顔が浮かんだ。彼は言っていた、この地域には神話生物が多く潜んでいると。もしかして、その隠れ住んでいる化け物なのではないかと。



「最近、受験でノイローゼ気味だったみたいだし、疲れちゃっていたのかしらねぇ」

「あー、そうかもしれないね」


「やっぱり、そうよねぇ。斉藤さんの奥さんも無理をさせすぎたのかもしれないって言ってたし」



 思い当たる節はあるけれど、化け物のことなど言えるわけもないので桂華は祖母に合わせておいた。


 

           ***


 

 祖母と会っていたらあっという間に夜になっていた。久々に会ったが祖母が元気そうでよかったなと桂華はほっと息を吐く。最近はあまり外に出ないと聞いていたので少し不安だったけれど大丈夫そうで安心したのだ。


 また会いに来ようと桂華はそう思いながら夜の道を歩いていた。慣れた道を歩いていると踏切辺りが騒がしい。


 ざわざわと野次馬がちらほらと集まっている。ひそひそ話す声に何かあったのだろうかとちらりと覗き見ると、どうやら飛び込み自殺があったらしい。


 特急にぶつかったようで死体の損傷が激しいのか、踏切内を多くの人たちで捜索している様子が窺えた。その様子に轢かれる瞬間を見なくて済んだと思ってしまい、桂華は顔を顰めてしまった。所詮は他人事で、自殺した人の気持ちなど分からないのだと。


 あの男の言った言葉通りだなと桂華は思った。皆、他人事なのだ。そう思ったけれど立ち止まっているわけにもいかず、その様子を横目にながら通り過ぎようとして止められる。



「すみません、まだ通すことができなくて……」



 これは困ったなと桂華は思った。此処を通れないとすると遠回りになってしまう。一旦、引き返して霊園の方へと迂回しなければならない。これも仕方ないことかと桂華は道を変えることにした。


 面倒だなとやはりあの男の言葉通りの反応をしてしまう自分がいて、何とも言えない気持ちになった。冷たい人間になったものだなと桂華は思う。もう気にするだけ無駄だ、来た道を戻ろうとして何かが視界に入る。


 一瞬、何かが通り過ぎた気がした。なんだろうかと見遣るも何もなくて、見間違えだっただろうかと首を傾げながら桂華は来た道を戻った。

 

          *

 

 霊園の側を通っていくと迂回できる道がある。近道していくならば、霊園を突っ切ればいいのだが入りたい気はしない。肝試しで入る若者がいるとは聞いたことあるけれど、一人でそんなことをするつもりはないし、興味もないのでやろうとは思わない。


 街灯があるのでそれほど暗くは感じないけれど、静まり返る霊園と言うのは何とも不気味な雰囲気を醸し出していた。怖がりの人ならば多少の恐怖を味わうかもしれない。桂華はそうでもないので気にしていなかった。


 なんとなしに霊園の方を見て桂華は立ち止まる、人がいるのだ。墓地の前で屈み込んでいる姿が目に留まった。こんな時間に肝試しだろうかと、好奇心に負けて少し近寄って目を凝らしてみる。


 それは人ではなかった、人型ではあるけれど化け物だった。犬に似た顔で鋭い鉤爪を持ち、蹄ようなものがついた足、醜いその化け物は何かを咥えていた。


 あれはそう、人の腕だ。醜い化け物は腕をむしゃむしゃとしゃぶりついて食べている。化け物は人間を喰らっていた、その異様な様子に桂華は一瞬だけ固まった。



「おばあちゃんの言っていたのってこれかぁ……」



 ぽそりと呟く。祖母が言っていた、斎藤家の息子が見たという化け物はこれのことだろうなと理解する。見てしまったけれど、桂華は冷静だった。彼女はまたしても精神値の賽投げに勝利していたのだった。


 不意にその化け物が振り返った。あっと気づくのが遅く、目と目が合うその少しの間だ。その化け物は咥えていた腕を離すと飛び駆けてきた。それには襲われると桂華は咄嗟に飛び退く。


 霊園の柵を乗り越えて化け物は桂華の目に立った。興奮しているように息が荒く、目は血走っていて敵意をむき出しにしていた。


 逃げ切れるだろうかと桂華は考える。走って人気のある、今ならばあの踏切まで。けれど、あの素早い動きからしてそれは無謀にも思えた。何せ、桂華は足が遅いのだ。


 戦うにしても桂華は非力だった。武道に心得があるわけでも、武器らしい武器を持っているわけでもない。太刀打ちできるわけがないとそれだけで判断できた。


 にじりと一歩、後ずさる。化け物は踏み込んだかと思うと飛ぶように走っくる。桂華が動くよりも早かったその動きにもう駄目だと覚悟した時だった。


 化け物が勢いよく吹き飛んでいった。



食屍鬼グールよ、彼女は狙うな」



 そう言ったのはニャルラトホテプで、彼が化け物を蹴り飛ばしたのだ。顔面を蹴り飛ばされた化け物は地面い転がっている。いつの間に現れたのだろうかと桂華は目を瞬かせた。


 食屍鬼グールと呼ばれた化け物はニャルラトホテプの姿を見て怯えたように震えている。それはもう分かりやすく、ガクガクと震える様子に桂華は目を丸くさせた。


 食屍鬼グールは知っているのか、気づいているのか、それともニャルラトホテプから放たれる雰囲気で察したのか。人間の姿である彼を只者ではないと理解したようだった。



「去れ、食屍鬼グール



 ニャルラトホテプに「今、去れば見逃してやる」と忠告されて、食屍鬼は慌てて駆け出し、霊園の柵を登って消えていく。それを見送ってから桂華はニャルラトホテプを見た。



「なんで、あんたがいるの」

「助けられておいてそれかい?」



 ニャルラトホテプは「キミは本当に図太いねぇ」と笑う。黒いジャケットの埃をはらうような仕草をする彼に、「どうして此処にいるのかを教えてほしい」と目で訴える。すると彼は「迎えにきただけだ」と答えた。人身事故の情報を見かけてもしかしたらと思ってきたのだという。



「この霊園には食屍鬼グールが住み着いているからね。出てくるだろうと思ったのさ」



 ニャルラトホテプはそう話すと白いパンツについた泥をはらう。「汚れたな」と小さく彼は呟いていた。


 桂華には分からなかった。食屍鬼グールが出てきたとして、自分に関わるのか。それを察してか、ニャルラトホテプは眉を下げて息を吐いた。



「キミは怪異に巻き込まれやすくなっているから、彼らと遭遇する可能性があったんだよ」



 そういえばそんなことを言われていたことを桂華は思い出した。「助けてあげたというのに」と言うニャルラトホテプに顔を顰める。



「どうせ、観察していたくせに」



 彼は覗き見ることができるのだ、人身事故の情報を聞いてこの男が見ないわけがない。どんな反応をして、どんな行動をするのか。それを影ながら楽しんでいただろうと指摘されて、ニャルラトホテプは口元を上げた。



「当然だろう? ボクはキミが苦しみ、恐怖し、狂う姿を眺めていたいのだから」



 食屍鬼グールを見てどんな反応をするのか気にならならいわけがない。恐怖して、悲鳴を上げるのか、怖気付いて動けなくなるのか。それとも気が触れて狂ってしまうのか。そんな姿を見たいのだから眺めるのは当然だろう。にこにことしながら話すそんな彼に桂華は眉を寄せる。


 期待などしていなかったけれど、こうも堂々と言われると腹が立つのを通り越して呆れが出ていた。



「ボクに狂ってくれるのが一番なんだけど、キミは本当に幸運だよね」

「そーうーでーすーねー」

「そんな、拗ねなくてもいいじゃないか」



 つーんとした態度を桂華が見せれば、ニャルラトホテプは困ったように眉を下げた。困ってないくせにそうするのだから質が悪い。


 普通の人間の女性ならばその顔の良さにころっと許してしまうのだろうけれど、正体を知っている桂華には通用しない。



「帰る」

「なんだい、怒っているのかい?」

「呆れてるだけ」



 桂華が「本当に性格が悪い」と吐き出せば、ニャルラトホテプは「それがボクだからね」と当然のように返してきたのでもう突っ込むのをやめた。

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