三.魔の踏切と人喰い鬼
第5話 怪異に巻き込まれやすい体質ってなんだよ!①
自殺が多い踏切というのはよくある。他にも踏切はあるというのにそこだけやけに飛び込みなどが多発するのだ。性別も年齢も関係なく、ふらりと線路の上に立つのだという。
魔の踏切というのが桂華の住む場所にも存在した。駅から少し南に進んだ先にその踏切はある。滅多に行く事はないのだけれど、桂華はたまに通ることがあった。踏切を超えた先に祖母の家があるのだ。
祖母とはたまに顔を出して話をするというのを桂華はしていた。元々、おばあちゃんっ子だったのもあって一人暮らしをするなら、利便性もだが祖母に何かあった時のためにすぐに駆けつけられる場所に住みたいと考えていた。だから、今の駅の近くのマンションを選んだのだ。
祖母はニュースなどを見るからなのか、最近は「桂華ちゃんの会社はブラックじゃないのよね?」と聞いてくるようになった。
桂華の勤めている会社はどちらかというとホワイトな仕事場だ。残業は少ないし、土日休みで給料も悪くはないので安心してほしいと、祖母には毎回この話をしている。
桂華はリビングに飾ってある壁掛けのカレンダーを眺めながら、そろそろ会いに行こうかなと予定を立てていた。最近は連絡も取れていないので身体の具合が悪くなっていないか心配だった。
「どうした、桂華」
桂華がカレンダーを眺めているのが気になったのか、ニャルラトホテプがそろりと隣に立ってきた。
その気配を消すように隣に立つのはやめてほしい。たまにびっくりするので心臓に良くないと桂華は思いつつも、カレンダーから目を離さない。
「予定立ててただけ」
「なんのだ」
「祖母に会いに行く日」
来週の土曜日にしようかなと考えているとニャルラトホテプがほうと目を細めた。その視線にぞっとして桂華は彼を睨んだ。
「ついてきたら怒るよ」
「それは残念だ」
「残念とかじゃないからね! おばあちゃんが勘違いするでしょ!」
この男を連れていったら間違いなく祖母は恋人だと勘違いする。桂華はそんなつもりは全くと言っていいほどその気はないのだ。いや、介護されすぎていなくなると困るとは感じているけれど、それでも恋人だとは思っていないのだ。
相手は「好きなのだがなぁ」というけれど、それはお前が可笑しく見たいからだろうとしか思えない。桂華にきっぱりと言われて、ニャルラトホテプは残念そうに眉を下げた。
「どの辺に住んでいる」
「近くの踏切越えたところ……おい」
「ついていったりしないさ」
あの踏切かとニャルラトホテプは顎に手をやった。何か考えるような様子に何かあったのだろうかと首を傾げる。
「あそこは自殺が多いだろう」
「あー、よく聞く」
「特に夜の自殺が多い」
夜に多いとは初耳な気がして、桂華はそうなのとカレンダーから視線を逸らした。
ニャルラトホテプがコーヒーを淹れてくれたようでマグカップを差し出してくる。それを受け取ってテーブルの前に座ると彼が「夜が多い」と答えた。
「あの近くには墓地があるだろう」
「あー、霊園があるけど、それが?」
踏切を越えた先に大きな霊園があり、そこを抜けると林のようになっている。入り口の近くならば明るいのだが奥に入るにつれてじめっとした空気とほのかに薄暗く感じる気配が漂っていた。桂華は墓参りで何度が行ったことがあるがあまり良い印象はなかった。
桂華が「それがどうしたのだ」と問えば、ニャルラトホテプは「いや、それだけだ」と何か含みのあるように答えた。
その言い方だとお前何か知っているだろうと突っ込みたいのだが、ただ笑みを浮かべるだけだというのをこの短い間で理解してしまったので無駄なことはしない。
オカルト的な話などは信じない質なのだが、既に化け物を見ている上にそいつと同居しているので否定ができなかった。幽霊もいると言われると信じるしかない。
「呪いとかってあるもんなの」
「あるかもしれないな。まぁ、魔術なら使えるが」
「使わないでいいからね?」
そんなもの見たら怖いという桂華の突っ込みに、ニャルラトホテプが面白くなさげにしていたので、反応を見て楽しもうと考えていたのだろう。これだから信用ならない男だと桂華は眉を寄せる。
化け物だから仕方ないのかもしれないが、人間で遊ぶのはやめていただきたい。それよりもこの家から出ていってほしいのだがその気は全くないようなので、飽きるまでいるつもりなのだろう。桂華はニャルラトホテプの様子を眺めながら溜息を吐く。
「さっさと飽きてくれないかな」
「それは難しいね。ボクはキミを気に入っているから飽きることはそうないだろう。あったとしてもキミが死ぬ頃じゃないだろうか」
軽い口調でニャルラトホテプは言った。
「キミの死ぬ様には興味があるからね。死ぬ時にどんな恐怖を味わうのか、絶望するのか。それが見てみたい」
「あんた、ほんと性格が悪いわー」
桂華は呆れたようにニャルラトホテプを見た。彼は相変わらず爽やかな笑みを浮かべて見つめてくる。顔は良い、顔は良いのだ。しかし、化け物である。騙されてはいけないのだと、桂華はじとりと見遣りながらコーヒーを飲んだ。
「気をつけることだ」
「何によ」
「キミは大丈夫だろうけれど、他の人間はそうではない。踏切の誘惑に負けて飛び込むかもしれないだろう」
目の前で死ぬ瞬間を目撃しないとも限らないのだ。電車に轢き殺された人間というのは無惨な姿を遂げている。血肉は飛び散り、バラバラなどという可愛いものではない、それを見たらどう感じるだろうかとニャルラトホテプは話す。
そんな光景を見たならば、さまざまな反応が見れるうだろう。発狂するもの、恐怖を感じるもの、気分を悪くするもの、好奇心に駆られて覗き込むもの。人間の多種多様な感情と行動が窺える。
「人間が死んだというのに誰も悲しまず、電車が遅延すると怒り、話題になるからと写真を撮ってSNSに上げる愚か者が現れる。死んだ後ですら絶望させられるのだから哀れだ」
なんと哀れなことだろうか。ニャルラトホテプはそんな人間たちを多く見てきたのだろう。それらの心理を理解しつつも、人間とはなんて哀れなのだと思っているようだった。
この邪神でも哀れだと思う感情はあるらしい。人が狂っていく様を眺めていたいというのは本心なのだが、それでも思うことはあるようだ。桂華は意外だなと思いながらコーヒーを飲む。
「哀れ故に見ていて飽きないのだが」
「おい。変な事しないでよ」
「どうだろうね? 楽しそうだったからするかもしれないが。まぁ、今はキミ以外にはしないさ」
「私にもするんじゃない!」
ばしっとニャルラトホテプの頭を叩く。彼は「キミって怖いもの知らずだよね」と特に気にするでもなく頭を摩っていた。
この化け物がどんな存在なのかは知らないし、知るつもりはないのだがこんなことをして許される存在ではないのだろう。それでも桂華がやるのはもしかしたらいなくなるのではないかと、そんな淡い期待を持っているからだった。
それに気づいているのか、ニャルラトホテプは目を細めて桂華をただ見つめる。その視線は何をも見透かされているようで嫌だった。
「まぁ、気をつけるといい」
そう言ってニャルラトホテプは何事もなかったようにコーヒーを飲んだ。その態度がまた気に入らなかったけれど、桂華は突っ込むのも面倒になったので「そうする」とだけ返事を返すことにした。
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