第11話 いつのまにか賞品にされる。


 冷たい風が強く吹き、木達が色付いた葉を落とし始める秋の終わりに、収穫祭が行われる。


 それは『虚霊祭』と呼ばれる、十分に実った作物に感謝をし冬に備えるため、子供達を死や悪いものから遠ざけるための祭りだ。

 実った作物達を飾り、子供達は悪いものにさらわれないよう、あえて『悪いもの』の姿にふんする。

 今は実った作物ではなく偽物の作物を飾っている家も少なくない。

 また、仮装している大人や飾り付けられている家からはさらわれないおまじないとしてお菓子を受け取る風習もある。


 魔術アカデミー内も虚霊祭に合わせて内装が変わり、そのついでとばかりに学芸祭も行われる。

 学芸祭は虚霊祭の2日前から虚霊祭当日までの3日間開催される。なので、学芸祭の最中では仮装しているアカデミー生も多い。

 また、学芸祭はアカデミー生達の学問、芸術、技能の発表の場でもあり、それが将来に繋がる場合もあるらしい。


「学芸祭、どうする? こっちは学芸祭周りがてら警備アルバイトするつもりなんだけど」


 友人Bは、友人Aと薬術の魔女に問いかける。それは『何か発表するのか』『どう過ごすのか』などの色々な意味を込めた問いだ。友人Bは、警備がてら学芸祭を周るのではないらしい(つまり遊びメイン)。


「いつも通り、アンタと一緒に回るつもりだったわよ」


友人Aは何でもない風に答える。


「わたしもいつも通り、薬売りするよー」


「了解。じゃ、小冊子をもらったら欲しいものの店のとこに丸つけといて」


そう、いつものやり取りをした。……のだが、


「ちょっと」


 友人Aは少し柳眉を寄せ、薬術の魔女の方を見る。


「なに?」


「あなた、婚約者とか誘わないわけ?」


そう聞かれ、「そういえばそんなこともあったね」と、相性結婚のことを思い出した。


「……あなたねぇ……」


「清々しいくらいに忘れてら」


 友人Aは溜息をき、友人Bは肩をすくめる。


「だって、ほとんど接触もないし」


 薬術の魔女はなんともない様子で答える。

 仮に接触したとしても、それはアカデミー内で時折すれ違うくらいである。その時は互いに会釈えしゃくをするだけだ。


「手紙のやり取りも無いの?」


 信じられない、と友人Aは目を見開く。確かに、婚約者間で手紙のやり取りが皆無というのは、かなり珍しい部類なのかもしれない。


「えっ、本当に接触ないの?」


そう、あまり興味なさそうな友人Bもやや引き気味なのでそう思い至った薬術の魔女だった。


「うん。必要性を感じない」


 手紙の内容もなにも思い浮かばない。薬術の魔女が興味を持っているものは大抵は薬に関するものばかりだし、きっと『うら若き乙女』に求められているような、しおらしい手紙なども送れる気がしない。(寧ろ不審がられる可能性がある。)


「性格とか色々知らないのに?」


 友人Bは問いかける。

 手紙のやり取りもなく顔を合わせいない状況は、側から見れば全く接触のない状況に見えるものだ。


「んー、性格は(何となくで)分かってる」


 負けず嫌いの世話焼きってことぐらいだけれど。あとなんか腹黒そう。

 そして、初めて顔合わせをした日のこと、薬草園で会ったこと、精霊に襲われた時のこと、薬草採りで山に行った日のことを思いだし、『やっぱ意外と干渉してるなぁ』と思ったのだった。

 おまけに、魔術アカデミーで顔は合わせているし、彼の学生や教師との関わり方を何度か見ている。


「なにそれ」


 何も知らない友人Aと友人Bは首を傾げた。


「あと、誘っても今更感あるし、忙しそうだから来ないかもしれないし」


 確か、学芸祭のある日は、学校へ視察に来ない日でもあった。


「ダメ元で誘ってみるのもいいかもよ?」


「その対応であなたのこと、どう思ってるか分かりそうじゃない」


 友人Bと友人Aが、やけに婚約者を誘えと推してくる。……もしかすると、ただ単に薬術の魔女の相性結婚の相手が誰なのかが気になっているだけかもしれないが。


「そう?」


 一応、声かけくらいはしておこうかな、と薬術の魔女は思ったのだった。


×


「(……どうやって声かけるんだ)」


 初手で詰んだ気持ちになった。

 婚約者である魔術師の男は、意外とアカデミー生達に人気だった。

 彼は第四学年から第六学年までにしか接触していないようなので、いけるかもと考えていた。


「(わたしの考えが甘かったか……!)」


 ぐぬぬ、と荷物を握りしめても、彼がアカデミー生に囲まれている状況は変わらない。


「(……ま、なんとかなるよ。たぶん)」


 この時間ではなかったのだと潔く諦め、薬術の魔女はきびすを返した。


 なんとかならなかった。今日一日中、こっそりと魔術師の男の様子を見れる限り確認していたのだが。


「(まっっっっったく、一人になる気配がない!)」


 いつも誰かしらアカデミー生や教師が近くにいる。放課後になった現在も、数名のアカデミー生に囲まれ、何か話をしているのだ。薬術の魔女は少し離れた物陰から彼の様子をうかがっていた。


「(……やっぱり顔か? 顔が良いからか?)」


 と、意味なくその整った顔に当たってみる。


「(いや、対応が柔らかいからかも?)」


 態度が刺々しい人より、柔らかい人と一緒にいたい、みたいな。


「……それで、」

「はい、……」


 薄らと、アカデミー生と会話をする彼の声が聞こえる。


「(……しかし、良い声してんなぁ)」


 見た目の好さに持って行かれがちだが、あの男、声も良い。滑舌が滑らかで発音も綺麗で聴き取りやすい。

 それは恐らく、彼が魔術師だからだろうけれど、と薬術の魔女は思う。

 魔術師は他の魔術を使う職業と比べ、術などを唱えることが多いらしいと聞く。

 魔術は、唱える途中で噛んだり、発音がなっていなかったりすれば上手く発動しない。だから、魔術師は発音をしっかりしなければならないのだ、と習った。


「なぁ、」

「うっひゃ?! ってなんだきみか」


 考え事をしているうちに、不覚にもその1に背後を取られていたようだ。一度、背後から肩をぽんと叩かれ、思わずその顔に裏拳を叩き込んでしまったので、その1は警戒して肩ポンはしなくなった。


「学芸祭のことなんだが、俺と一緒に——「ヨテイガアルノデムリデスサヨナラ!」


 言い切らせる前に離れる。これがその1に対する一番の最適解だ。振り切る時に魔術師の男とアカデミー生達の集団のそばを突っ切ったのでもう引き返せない。


「……今日は帰るか」


 明日があるさ。


×


「明日なんて来なかったなー。あー」


 薬草園で薬草弁当をもしゃもしゃしみつつ溜息を吐く。今日もずっと人に囲まれていたのだ。


「なんだよー。友達いなさそうな性格してんのにさー」


 学生会会長は勧誘を諦めたようだし、その1はさっきその3に絡まれていたのでしばらくは誰も来ない。はずだ。


「最近のうら若き女性は……随分と大きな独り言をおっしゃるのですね」

「うわっ?!」


 薬草園の物陰から魔術師の男が姿を現した。


「な、なんでここに……?」


 非常に速くなった鼓動を抑えるように胸を押さえ、薬術の魔女は魔術師の男に問いかける。


「何やら、私奴わたくしめに用事のある御様子だったので。……見つかり難い尾行の仕方、教えて差し上げましょうか?」


 色々とばれていた。というかそんなもの教えて欲しいとは言っていない。


「えっ、見つかりにくい尾行の仕方教えてくれるの?!」


 言ってはいないが興味があるので食い付く薬術の魔女だった。


「……本題は何でしょうか」


 教えてくれなかった。


×


「こ、今度、学芸祭があるんだけどさ」


「……はい。存じ上げておりますが」


 せっかく二人きりになれる状況になったので思い切って声をかけてみることにした。しかし何故か、緊張して薬術の魔女は言葉を詰まらせる。


「わたし、いつも作った薬売ってるの。あ、もちろん安全なやつ!」


「危険物を取り扱っているのならば……其れは其れで面白い事になりそうですがね」


 涼しい顔の魔術師の男の様子に、何かを早まってしまったかもしれないと後悔が首をもたげ始める。


「……あと、他にもアカデミー生の研究発表や展示会とか、色々な出店とかあって、楽しいよ」


「左様で」


 淡白に頷く様子が興味がないように見え、


「別に、忙しいなら来なくてもいいよ」


と、不安そうに薬術の魔女は魔術師の男をうかがい見る。魔術師の男は口元に手を当て、少し考えるような仕草をしてから


「……折角なので行きましょう」


柔らかく微笑み、そう答えた。


「え、本当?」


「貴女が生成し、販売しているという薬品に興味があります」


「そっち?」いやまあそれはそれで嬉しいけどさ。


 魔術師の男の返答に、心臓が暖かくなるような心地の薬術の魔女だった。


 だが。


「おい、そこのお前!」


 その1が会話に割り込んだ。


「……私、でしょうか」


「そうだ! お前以外に誰がいる」


 ビシ、とゆったりと首を傾げる魔術師の男を指しその1は頷く。そして、その1は珍しくも着けていた手袋を抜き


「学芸祭では武闘大会もあり、その会場……のグラウンドでアカデミー生以外にも、例外的に私闘が許されていると聞いた。そこで、お前に勝負を挑む!」


 と、手袋を地面に叩きつけ


「決闘だ!」


そう、宣言をした。実に堂々とした宣戦布告だ。


「負けたら、そこの女学生には、近付くな!」


「……左様で。能力増長の力添えが出来るとは、光栄で御座いますよ」


 にこ、と微笑み、魔術師は勿体つけるように、ゆっくりと手袋を拾い上げる。手袋を拾った、つまりその決闘を受けたことに満足したのか、その1は


「絶対に、お前を助けてやるからな」


 と、魔術師の男から手袋を受け取りつつ、薬術の魔女に笑顔で宣言した。


「……処で、日付と具体的な場所の指定を提示して頂いても?」


「おっと、そうだった。……そうだな。場所は××の辺りで、時間は2限目の開始時間と同時に開始する。遅れたら棄権と扱われ、不戦敗だ」


「……成程」


「使用可能な武器は、小型の杖だけだ。良いな?」


×


「……ということになりましたので」


 その1が去ってからややあって、魔術師の男は薬術の魔女を見下ろす。周囲に誰の気配もないからか、『面倒で仕方がない』と言いたげな顔だ。


「うん。じゃあ、あんまり回れない感じ?」


「……さて。どうなのでしょうね」


 魔術師の男の、急な予定変更を気にしていない様子や残念がっていない様子に、先ほどと打って変わりなんとなくつまらなく思う薬術の魔女だった。


×


 そして、学芸祭当日。


 魔術アカデミーは一般公開され、入場者もアカデミー生も『悪いもの』に扮する。中にはアカデミー生に混じって仮装している教師もいる。


「やっほー、今年は猫(給仕服ver.)だよー」


 にゃん、とポーズを決め薬術の魔女は友人Aと友人Bに髪と同色の猫耳と尻尾を見せる。


「やっぱり猫、似合ってるわね」


「だけど、猫って今年だよね」


 友人Aと友人Bはそれぞれの感想を薬術の魔女に伝える。


「そういう二人、きみ達は今年お揃いだねー」


「まあね」「まあな」


 二人の格好は看護婦姿のツギハギ死体だった。友人Aはついでに包帯を巻いており、友人Bは血糊まみれだ。


「で。婚約者はどうなったのよ」


 友人Aは薬術の魔女に問いかける。


「……行けそうだったけど、なんか用事入ったみたいで」


 それは武闘大会会場横での私闘に参加する、という用事だ。学芸祭の会場には居るが一緒にいられるわけではないので、嘘は言っていない。


「元から断るつもりだったとかじゃないのー?」


 友人Bはあまり気にしていないように見えるが、少し顔をしかめているようだ。


「のっぴきならない事情とかがあったんだよ」


 宣戦布告されたら、それを受け取らないのは恥であり、必ず受け取らなければならないものなのだとか決闘の作法の本に書いてあった。(薬術の魔女はその辺りはあまり分かっていない。)

 だから、面倒でも宣戦布告を受けたのだろう、と薬術の魔女は思っている。


「あ。そういえば、視察の魔術師の人が武闘大会、の横で毎度やってる私闘に出るって話聞いた?」


 薬術の魔女の展示場所兼出店の場所に向かいながら、友人Bは友人Aと薬術の魔女に云う。


「なにそれ? 初めて聞いたわ」


「珍しいこともあるのね」と友人Aは目を瞬かせる。いつも通りならば視察の魔術師は魔術アカデミーの行事には積極的に参加しないからだ。


「どの魔術師かしら?」


「ほら、あのめっちゃ背の高いローブの人」


「ふぅん。でも、どうして?」


「ほら、あの転入生が宣戦布告したって言いふらしててさ」


「あの焦茶の?」


「そうそう! 最近、他の視察の魔術師達とも何度か授業中に手合わせして、魔術師達を打ち負かしてたんだけどさー」


「……どうして、わざわざ目立つような学芸祭の日を指定日にしたのかしらね?」


「なんでも良いじゃん? 気になるし見に行ってみようよ」


「そうね。ちょっと興味あるわ」


 薬術の魔女は友人Aと友人Bの会話をこっそりと聞き耳を立てていた。そして、友人Aと友人Bが武闘大会横の私闘の様子を見に行くらしいので、


「……じゃあ、わたしも見に行く」


 と、薬術の魔女もそれについていく事にした。

 ……友人Aと友人Bの会話を聞いて不安になったわけではない……多分。


×


 薬術の魔女はまず展示場所兼出店に置いた商品を大事にしまい、展示場モードに切り替えた。ついでに『販売は2日目から』という置き手紙も残しておいた。

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