第5話 それぞれの役割と義務。


「ここに『夢見草』生えてるぞー」


「あ、『月草』見つけた!」


 薬術コースの学生達は、魔術アカデミーから少し離れた山の中で草をむしっていた。

 少人数の班に分かれ、今度の授業で使う薬草を採取するのだ。

 アカデミー生達は初め、魔獣の出没する場所だと聞いていたので緊張していた。しかし、前日に魔術師コースの学生達が魔獣の数減らしをしていた事、補助で魔術師コースの学生や数名の視察者が同伴している事で今はもう安心している様子だった。


「……(『夢見草』と『月草』はあっちの区域の方が良いものが採れるんだけどなぁ)」


 思いながら、薬術の魔女はぷちぷちと指定された薬草を引き抜く。そうは思っても、この場所よりも出没する魔獣の危険性は高い。


「(あ。これ、美味しいやつだ)」


ついでに食べられる野草も引き抜いておいた。それを別の袋の中に詰める。と、


「おい。余計な草を抜くな」


 焦茶のウニ……もとい、その1に止められた。何故か付きまとわれているのだ。

 今日は魔術師の男が来ない日でありこの場に居なかったので油断していたが、転入生3人が揃っているのだった。その3は同じ班でその2は別の班だ。

 その3は薬術の魔女に比較的近い場所ではあるが、きちんと薬草を採取している。その2も多分、ちゃんと採取しているだろう。


「余計な事をして面倒な事になったら困るだろ」


「……そうだね」


 グランドを焦がしまくっているお前が言うな、と思いつつ薬術の魔女は大人しく指定された草だけを抜くことにした。これ以上その1に絡まれても嫌だった。


「(魔獣じゃないし、採取が禁止されてるわけでもないんだけどなぁ)」


 今度の休みに採りに行こう、もう少し効率の良い場所で。


×


「ま、魔獣が出た!」


と、叫ぶ声がすればすぐに魔術師コースの学生が気絶させる魔術や道具で対応してくれる。だが、これは料金の発生しない、言うなればただのボランティアだ。実際、結構高額な料金の発生する魔獣退治のアルバイトもあるので、学生達はあまり乗り気でないように見える。


「(ま、わたしもよく分かるよ、その気持ち)」


 料金の発生しない薬草採取も授業の必修だとか楽しくなければ、やりたくない。


 と、ガサガサと近くの茂みが揺れた。


「あ、」


 小さくてふわふわした、魔獣、いや精霊が現れた。魔獣と精霊は色で見分けられる。黒いのが魔獣。以上である。


「……」


じぃっと、つぶらな目でこちらを見ている。


「……(これは、)」


どう、対応すべき魔獣……じゃなくて精霊だったか。さっきまで付きまとっていたはずのその1と近くに居た筈のその3の気配がない。……どういうことだろう?


 こういう『無害そうなやつ』が実は危険性が高い、とか何かの本で読んだ気が、


「わぷっ?!」


 急に視界が暗くなる。それと同時に、急に後ろから包み込むように人の気配が現れた。不思議な匂いが一瞬、香る。


「…………視線を合わせ過ぎてはなりませぬ」


その低い声に


「っ?!」


叫ぼうとした口も一緒に塞がれる。布の質感がするので、服か手袋越しのようだ。中に骨張った手の感触がしたので、恐らく手袋だ。目元と口元とを別々の手で塞がれている。


「……もご、(急に、何?)」


「あれはかどわかしの精霊で御座います。お気を付けて下され」


 口を押さえていた手がずれ、


「むぐ、」


目元を押さえている方と同じ手の指がまされる。


「お静かに。今から妖術を解きます」


ぎゅっと彼の方に押さえ込まれ、周囲の音も聞こえなくなった。


「……(暖かいな)」


よく分からないが、とりあえず抱き込まれている事だけは分かった。


「……(しかし、何処から来たんだ)」


彼の手袋が若干、自分のよだれで湿り始めたのが気になりだす。


 ぱん、と何かが弾けるような音が響き、


「……さてこれにて失礼致します」


その声と同時に塞がれていた視界と口が急に自由になる。


「っ、」


 ばっと顔を上げて周囲を見ても、先程まで側にいたであろう彼の姿は見られなかった。ついでに、直前までこちらを見ていた魔獣……精霊の姿も無くなっていた。


「……さっきの何?」


わずかに残った布の感触と匂いが、確かに彼がそこに居た証拠のようだった。


「あっ! 居た!」

「おっ、急になん、うぐ」


 その3の声が聞こえたと同時に、強く抱きしめられる。


「急に居なくなっちゃったからびっくりしたんだよ?!」


「んー、なんかごめんね?」


よくわからなかったが、とりあえず心配をかけたようなので謝っておいた。その3の距離感がなんだか近いが、そういう文化圏の人間、あるいは犬的なものなのだと思っている。

 話によると、薬草の採取中に突如とつじょ薬術の魔女の姿が見えなくなり、二人が周囲を探していたらいつの間にか姿を現していたらしい。


「……(『かどわかしの精霊』……)」


もしかすると、謎の空間か何処かに連れさらわれていたのかもしれない。それを、彼が助けてくれた……のだろうか。


「……何もされてないか」


その1も怪訝けげんそうに問いかける。


「うん。何も無かったけど?」


「…………それなら良い」


 その1はまるでそこに誰かが居るかのように、とある一ヶ所を睨み付けていた。


「……(なんだろ。厨二病かな)」


 そこには誰の気配も無いぞ。


×


 その後、無事に採取を終え魔術アカデミーに帰り着いた。集めた薬草達は薬草学の教師の元で適切な処置が施され、来週の授業で使うのだ。


「(あの材料なら安眠剤かなー)」


 同じ材料で強力な睡眠薬や自白剤が作れるのだが、恐らくそんなものは作らないだろう。(因みにそれは一般人には作れない。彼女か高等な制約能力を持つ者のみが作れるものである。)


 魔術アカデミーに辿り着いたのは丁度ちょうど昼頃だったので、薬術の魔女はまたいつものように薬草園で薬草弁当をもしゃもしゃと食べる。


「……んーあの匂い……」


 先程(というにはやや時間の経過があるが)、恐らく魔術師の男が現れた瞬間に漂った香りについて思考を巡らせる。


「何かの薬品だったと思うんだけど」


 なんだったかな。思い出せないしまあ良いか、と、すぐさま思考を放棄した。

 薬術の魔女はあまり興味のない物事の深追いはしないタイプだ。


「んー、ごちそうさま!」


 薬草と少しのレトルト食品しか詰まっていない昼食を完食し、どこに行こうか伸びをしながら思案する。このまま薬草園を見て回るか図書室で本を読むか以外ないのだけれど。

 そういえば、ついこの間も学生会に勧誘しに来ていた会長の姿を見ていない気がする。きっと諦めてくれたのだろう。よかったよかった。


「……んで、きみは何の用事?」


 と、振り返る。


「やはり、気付くものだな」


 ご存知焦茶色のウニ頭、その1だ。


「お前と話をしに来た」


「…………話?」別にわたしは話したいことも何もないんだけど。


「そうだ。さっき……薬草を採りに行った時に、お前視察の魔術師の男に何かされなかったか?」


「……何かって……そもそも、どの魔術師のこと?」


 本当はなんとなく分かっていたが、確認の為にあえて聞き返す。


「以前、ここでお前に絡んでいた、ローブを着たやけに背の高い魔術師の事だ」


 視察の魔術師は軍服軍部ローブ城勤しか居ないし、ローブの魔術師達は背が高人物など婚約者の魔術師の男以外に居ないので特定されてしまった。


「……今日は視察に来てなかったでしょ?」


 と、少ししらばっくれてみる。何故そこにいたのかはわからないが、隠れていた、あるいは姿を隠していたのならば居たことは認めない方が良いだろう、と判断しただけだ。


「…………そうだが。お前が姿を現す直前、確かにあの時、アイツの姿を俺は見た」


「……『姿』、ねぇ」


 がっつり見られてんじゃん、と内心で突っ込みつつ、


「この魔術社会で一番に信用出来ないものは幻惑しやすい視力だってこと、知らない?」


と、訊いてみる。視力が信頼出来ないので、この国では初等部の内に体内の魔力の操り方や気配の探り方などを学習するようになっていた。


「……何?」


知っていなさそうだ。これなら誤魔化せるだろうか、との思考がよぎる。


「俺の目は『真実を見通す目』だ。魔法も幻も効くわけないだろ?」


 しかし、その1は自信たっぷりに返した。


 『真実を見通す目』とは、心眼のことを表す。

 薬術の魔女自身、心眼、魔眼、邪眼といった特殊な目を持つ者がまれに現れると、聞いたことがあった。(物語の中だったけれど。)


「当然、嘘も判る。……何故、あの男を庇うんだ?」


しかし、別に思考が読めるわけではなさそうだと判断する。そうでなければ、魔術師の男が居たことなどすぐにばれていただろうから。


「きみには関係ないでしょ」


 読めないのならば、真実を伏せることくらいは出来るかもしれない。わざわざ、契約……というか、相性結婚の話はしない方が良い気がしていた。今話すと、変にこじれて事態が悪化しそうな予感がした。


「同級生だ」

「だから何」


 何故、自信満々に返せるのだろうか。


「あの魔術師がお前の所に居たことは分かりきっている。正直に話せ」


 下手に存在を隠す方も面倒なことになりそうだ。薬術の魔女は眉間にしわを寄せた。


「…………他のやつに、アイツが居た事は言わない」


 なんだかすごく嫌そうな顔をしながらも、その1は提案する。……それなら大丈夫なのか?

 その1はあまり嘘は言わない(というか言えない)だろうから、正直に言うか。(仮にバレて魔術師の男になんらかの処置が下ったとしても自業自得だと思い至った。)


「……危ない所を助けてもらったぐらいしか」


「危ない所?」


「そうだよ。魔獣……精霊に襲われてたみたいで」


 嘘は言ってない。というか、紛れもない事実だ。


「………………そうか」


「……」


 なんで、そんなに考え込むような顔してるのだろう。貴族に脅されているとか考えていないだろうか。


「というかさ、きみ。結構前から思ってたんだけど、何様のつもりよ?」


「……『何様』か、だと?」


「その妙に偉そうな態度。斜に構えたとも言うけど」


「態度……? それがどうした」


 高圧的な態度のまま、その1は首を傾げる。色々と、この国のことが分かっていないようだ。


「……(わたしも結構な田舎、というか森の奥から来たけれど、この人は相当なやつだぞ)」


 頭がやばい系の人だったらどうしよう。と、内心で思いながら、一応存在する可能性を訊く。


「……もしかしてきみって貴族? あるいはなにかの神託でももらっちゃった系の人?」


 貴族ならば偉そうな態度は納得せざるを得ない(釈然としないが)。神託をもらったのならば以下同文。


「俺は『転生者』だ。そして、『勇者』になるよう神から言われて」


「……」


 一応、後者の部類だったらしい。貴族にしては所作に品は無かったのでそうだろうとはなんとなく思っていた。(違ったならば、それこそ完全に頭がおかしいやつだ。)


「(正直に『転生者』とか、『勇者』だとか言わないほうがいいのに)」


 内心で薬術の魔女は呟く。

 仮にそれが真実だとしても、普通はそんなことを言われても誰もが信じるわけもなく、頭のおかしい人としか扱われない。

 かくいう薬術の魔女も、論文や過去の文献を見るまでただの空想や御伽噺おとぎばなしの部類かと思っていた。


「あのね、きみが前居た場所がどことか何なのかとか、はっきりいってわたしにはどうでもいいんだよ」


「……なんだと」


「なんか偉そうな態度はさ、義務を果たしてからにしなよ? 正直いってうざい」


「な……」


 市井民の中にはぶっきらぼうな話し方や少し偉そうな喋り方をする人は中には居るけれど、その1のように偉そうにして周囲を小馬鹿にした態度の人など滅多にいない。


「だ、だが、俺みたいなやつは他にも居るだろ?」


 慌ててその1はいうが、


「それはきみがなぜか憎んでいる(っぽい)貴族だけだよ。その中でも割と少数な方」


と、薬術の魔女は答える。


「貴族はね、王様から土地もらってそこ統治する義務、その土地の領民を守る義務、長兄だったら従軍する義務、城勤なら国の結界守る義務とか色々な面倒臭い義務背負ってんの」


 領地同士を結ぶ道の警備や警護も、軍部や領地の兵士が請け負ってくれているから賊に襲われたという話も聞かない。


「おまけに場合によっては生まれてすぐに教育施されて自由がない人も居るし」


 早くて1歳ぐらいから教育が始まっている人も居るらしい。因みに薬術の魔女は、初等教育が始まるまで森の中で色々な動植物と自由に戯れていた。


「だから、貴族やその家族が割と偉そうにしていても誰も文句は言わない。義務を果たしている限りは」


 貴族が何をしているのかは、初等部の内から学校で習う。その『そうあるべき貴族』とやらを市民に逆に監視させる役割を持たせる為だ。


「でも、きみはまだ何もしてないでしょ」


 じっとその1を見据えると、その1はたじろいで後退あとずさった。


「芝生を焦がして、アカデミー生を怖がらせる事がの『義務』? 違うだろ」


「お、俺は……「あ、お昼休憩終わっちゃうじゃん。もー、無駄な時間過ごした!」


 その1が何かを言おうとしたらしいが、薬術の魔女はそれを聞かずに予定の狂いを嘆き、そのまま図書室に移動していった。

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