第4話 懸念の材料。


 焦茶で、先を尖らせた頭髪の男子。つまり転入生その1は、どうやら転生者らしい。魔術師の男は資料に視線を落とす。

 から届いた資料によると、神の声を聞き、聖剣を抜いたらしい。

 どこから転生したのかは不明だが、保有魔力の質はかなり良い。

 お陰で強い魔法を発することができている。だが、それを周囲に誇示するかように派手にのはどうなのだろうか。

 そして転生者であるせいか、態度がやや斜に構えたような、周囲を小馬鹿にした様子だった。


「(……まあ、貴族も似た様なものなので、その態度に関しては放置いたしましょう。)」


 小さく息を吐き、魔術師の男は資料をしまう。

 しかし、魔術師の男自身は気にしなくとも周囲の者達はどう思うだろうか。


×


 魔術アカデミーの魔術師コースと薬学コースの学生には義務がある。


 魔術師コースでは『魔獣の退治と間引きを行うこと』。

 薬術コースでは『一定以上の品質を持つ薬品を一定量以上生成すること』。


 この義務は魔獣が発生するこの国で魔術師や軍人、薬師などを育成する学校で必ず課せられているものだ。

 今日は魔術師コース学生達による魔獣の退治や間引きの作業が行われていた。明日、薬術コースの学生達が薬草を採取するので、その下見と安全確保も兼ねる。


「なんで薬学コースの草むしりのために駆り出されなきゃいけないんだ」と不満をこぼす生徒が多かったものの、魔術師コース自分達の使用する薬は薬学コースの生徒が生成したものだと知れば、すぐに静かになった。


 ……そこまでは良かった。


×


 魔術アカデミーの魔術師コース第四学年生に課せられた義務は『魔獣の間引き』であり、決して『魔獣退治』ではない。

 なので、アカデミー生は防具と小型の杖、逃亡用の対魔獣用の閃光弾や臭気弾、笛などを携帯し、なるべく規定以外の魔獣は倒さないように指示を受けていた。


 「そんなに、片っ端から魔獣を退治するな」と、監督者として付いた上級生の注意をうながす声も、「魔獣を倒して役に立ちたいんです」

と意気込む第四学年生の様子も毎年のように見られるもので、視察者達も数名ほどは覚えがあるらしく懐かしいような気恥ずかしいような様子でいる。

 普段では視察者達は付かないが、近年魔獣が強力になっているらしく、今回は授業の影響で複数教員を連れて行けない代わりに視察者をその監督者として魔獣の間引き作業に同伴させた。

 曰く、『普段通りの仕事だろう』と。

 それは軍部の魔術師の話であって、城勤の魔術師達は普段は研究と城を守る結界の管理しかしていない。そのため、城勤の者はげんなりとした様子だった。


×


 魔獣を見つけ、規定のサイズ以上ならば殺し、それ以下ならば見逃す。その作業を始めて大分経った。この場所に現れる魔獣は大型の虫から小動物くらいの大きさの、危険性の低い魔獣ばかりだ。

 初めは怖がっていた学生達も、倒す魔獣の大きさや危険性の低さに気がゆるみ始めている頃合いである。


 そういう時こそ、殊更ことさらに注意が必要となる。


「害を与えるのなら殺しても問題ないだろ?」


「魔獣は倒し過ぎると手に負えないくらい強い魔獣が現れる。だから、ほどよく間引きするように規定がもうけられている」


 言い合う声の方に魔術師の男は視線を向けた。とあるアカデミー生が、規定サイズ以下の魔獣を退治しようとしていたらしい。

 退治しようとしていたのは転入生のようで、上級生から注意を受けていた。


「三年の時に習っただろう」

「すみません。この人、今年転入してきたんです」


 苛立つ上級生に、他のアカデミー生が困った様子で答える。珍しい転入生に、周囲の上級生や視察者達は驚いた。

 注意をした上級生も驚く様子を見せたものの、直ぐに持ち直す。


「そうは言っても、別の学校でも習うだろう、こんな基本的なことぐらい」


「……習っていないぞ」


 憮然ぶぜんとした態度で、転入生は答えた。恐らく、聞いていなかったのではないのか。

 あるいは、そのような教育が施せないほどに地方学校だったか。


「デタラメじゃあねぇだろうな」


 腕を組み、なぜか高圧的な態度で転入生は上級生に問いかける。

「元となる論文はある。図書館のxxxxの所に」

「だが、」

 転入生はなおも食い下がり、更に時間がかかりそうだった。このまま放置すれば、声に反応した魔獣が呼び寄せられるだろう。

 そう判断した魔術師の男は言い合う二人に近づき、転入生の方に視線を向けて声をかけた。

 他の視察者達は我関せずで言い合いを無視していたからだ。


「目先の、その刹那せつなの恐怖にとらわれて先の事が考えられないのですか」


「……恐怖、だと?」


 転入生は不愉快そうに眉間にしわをよせ、魔術師の男を見上げた。


「『悪いものが現れたから排除する』。それは理性的な行動ではありません」


「……その魔獣が人間を襲ったらどうする」


「街中に現れたのならば排除いたしますが」


 それこそ、魔術師や軍部の仕事だ。学生ごときに換えが務まるものではない。


「山や森の中で襲われたらどうする」


そも、魔獣が出没しやすい危険地帯は立入禁止区域に指定されております」


「……」


「貴方がで魔獣を殺した為に、更に強い魔獣が現れ本来以上の被害を出した時、


 声に少し魔力を込めて威圧しながら注意すると、


「……チッ」


苛立ったままであったが、ようやく引き下がった。きびすを返した転入生を見送り、魔術師の男は小さくため息を吐く。

 こういった自尊心の高い者はいずれまた何かを起こすだろうと魔術師の男は考えているからだ。

 それが良い方に向かう事を願うよう、魔術師の男は溜息とともに軽く目を閉じた。


「(……明日の薬学コースとの連携は大丈夫なのでしょうか)」


 確か、婚約者の薬術の魔女の居る方だったかと、思い出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る