第3話 全体的に何様のつもりなのか。


 そして、話の時間は元に戻る。


 学生達の前で挨拶を終えた魔術師達は『もう用事は済んだろう』とばかりに、控室や用事のある教師の元へと向かいにさっさと教室を去る者と、きちんと視察としての役目を果たそうとそのまま教室内に残留する者と居た。

 ちなみに婚約者の魔術師の男も教室内にとどまった。あの上背のあり過ぎる巨体で残られても威圧感があって困るとか思っていたが、残った数名の軍部から来たらしい軍服の魔術師達も似たようなサイズ感なので悪目立ちはしていなかった。

 威圧感のある軍人の魔術師が数名居たお陰で、居ても居なくても同じだっただけだ。


「(……というか、軍人とほぼ同体格の宮廷魔術師って何よ?)」


 と、内心で薬術の魔女は突っ込んでいたが、その心境は他の学生や数名の魔術師達も思ったことだろう。

 自己紹介の時はにこりと柔らかい表情で微笑み、ゆったりと丁寧に挨拶をしていたので、意外なものを見たような心境の薬術の魔女だった。


 授業の冒頭で視察の説明と視察の魔術師達の紹介と挨拶があったが、その後、授業は普段通りに進んでいった。


「なぁ先生、ここはこれじゃあ駄目なのか?」


「はぁい、先生。ここってこの場合はどうしたらいいんですかぁ?」


 その1の謎に偉そうな態度も、良い質問をするその2の様子も、静かに授業を受けるその3の様子も、いつも通りである。ただ、


『……平民の男、なぜ教師に対しあのような横暴な態度……』

『……アイツは質問が多くて鬱陶しいな』


「(……って、思ってそうな顔と雰囲気だねー)」


 視察の魔術師達の様子になんとなく転入生達が来た初日の学生達の様子と重なった。1週間もすれば学生達は慣れたが、視察に来た彼らはどうだろうか。


「(ま、基本的に、視察者はアカデミー生には手を出さないはずだから問題はなさそう)」


アカデミー生の安全の為に、そういう契約は少なくとも結んでいる筈だからだ。


「(『視察を許す代わりに生徒の安全、情報漏洩ろうえいを守れ』みたいな感じかなぁ)」


と、なんとなく考えてみる。


 頬杖を突きながら、ちら、と婚約者の魔術師の男の方を見た。魔術師の男の顔はフードの影になっており、いまいち顔が分からないが、恐らく自己紹介の時の柔らかい笑顔のままだろう。そして、このアカデミーに居る間はずっとその顔なのだろうと、なんとなく察した。


×


「——つまり、こういうことで御座ございますよ」


 数日後。魔術師の男は割とあっさりと学園に馴染んでいた。


「なるほどぉ、ありがとうございます!」


 魔術師の男は数名のアカデミー生に囲まれて、空き教室で魔術の授業の解説のようなものを行っている様子だ。その中にその2とその3の姿があった。だが、その1の姿は無かった。……魔術師コース生ならば、その1がいるべきじゃないのか?


 今は授業中ではなく、昼休憩の時間である。薬術の魔女は自作した薬草だらけの弁当箱を持って、食事場所を探していた所だった。友人達は食堂で食べるらしいが、薬術の魔女はそこ以外で食べたかった。つまりはボッチ飯確定である。

 視察の魔術師(以下、視察者)達はやはり基本的には毎日通っているようだが、この魔術師の男は週に連続で2日のみ、そして週ごとに1日ずらして来ている。


「(多分、全体的にアカデミー生達を見るためなんだろうなぁ)」


と、なんとなく薬術の魔女は思っている。


 時折、アカデミー生と交流を図る視察者もり、その場合は今の魔術師の男のように教師のような事をしたり、アカデミー生に混ざって楽しんでいたりしている。


「……」


 目的地に向かう途中で見かけた、婚約者の課外授業の様子を少し観察する。


「じゃあ、この時はどうなるんですか?」

「……そうですね……この場合では……」


「(……全然目付き鋭くないし、態度が柔らかい)」


 婚約者として初めに顔合わせをした時の、あの態度はなんだったのだろうか? と、薬術の魔女は首を傾げた。


×


 もしゃもしゃと薬草弁当を食べながら、薬術の魔女は薬草園のベンチに座って薬草達を眺めていた。土の匂いと葉っぱの擦れる音が良い感じに気持ちを落ち着かせてくれる。


「アカデミーの寮じゃ植物なんて育てられないしなぁー」


周囲に人の気配が無いのを良いことに、薬術の魔女はうーん、と大きく伸びをしながら独り言を零した。


「一人暮らしでも結婚した後でもいいから植物……特に薬草とか、育てたいよねー」


独り言、というよりは願望の垂れ流しか。


「……(……そういえば)」


 『結婚』でふと思い出し、薬術の魔女はポケットに入れていた小さな札を取り出した。


「こんなの貰ってたな」


 その札は繊維感の強い紙に不思議な色のインクで何やら術が書き込まれているものだった。インクのかすれ具合を見るとそれは羽根ペンや万年筆のようなものではなく、絵の具の筆のようなもので書かれたもののようだ。


「……なんだっけ、これ」


と、首を傾げた所で


「あ、こんな所に居たのか!」


と、騒々しい声をかけられた。薬術の魔女は鬱陶しそうに溜息を吐く。声をかけた相手はキラキラと輝く赤い髪の男子だ。


「だから。何度言われたって、わたしは勧誘には乗らないよ」


食べ終わった弁当箱を片付けながら、薬術の魔女は言う。


「そうは言ってもな。『成績上位者は学生会に入るべきである』と、校則で定められているのであって」


「でもさ。『学年主席は学生会に所属しろ』だなんて校則はないでしょ。わたし以外の上位者に頼みなよ」


 赤い髪の男子は学生会、要は魔術アカデミーの学生統治組織の、会長だ。キラキラと派手で騒がしい、貴族コースの学生で、現在アカデミー第六学年生。


「——しかし、」


 と、尚も食い下がろうとしたが、


「おや、貴方は___殿では有りませんか」


と、どこからともなく、魔術師の男が現れたのだった。


「あぁ、名乗りが遅れて申し訳御座いません。私、宮廷で魔術師をしておりまして。御兄弟の___殿は同僚なのですよ。あの方は世話焼きな様子で彼にはかなり良くして頂いて……」


「あ、ああ。そう、ですか」


 魔術師の男の、矢継やつばやな言葉に面喰らいながらも学生会会長は相槌を打っている。……というか、何処から来たのだろう。


「……そうでした。___殿、先程校内放送とやらで呼び出されておりましたよ。___教授がお呼びだそうで」


 と、魔術師の男は言葉を止め、そう告げた。


「あ、ありがとうございます。急いで向かいます!」


 学生会会長は慌ててその呼び出したらしい教員の元へ向かって行く。


「……あぁ、走ると危のう御座いますよ。足元にお気を付け下さいませ」


 と、去って行くその背中に向かって魔術師の男はそう言った。


×


「……どこから来た?」


 学生会会長の姿が見えなくなってから、薬術の魔女は魔術師の男に問う。


「おや、これはこれは『薬術の魔女』殿。お久しゅう御座います。斯様かような怖い顔をして如何いかがなさった」

『今初めてそこにいるのに気づきました』と言いた気な態度に薬術の魔女は溜息を吐く。その笑顔も妙に白々しい。


「『おや』じゃあないの。というか、そもそもなんでアカデミーに来てるのさ」


「……上司命令で御座いますが」


 一瞬、目を横に泳がせた後、にこ、と微笑み魔術師の男は何とも無いように答える。


「ふーん。それじゃあ仕方ないね」


ならば何故、一瞬視線を泳がせた? と思いつつ、薬術の魔女は自分とは関係無さそうだと思い追求はしないでおいた。


「……つまり、先程あの男が熱心にお誘いなさっていたのが貴女という訳ですね」


 顎に手を遣り魔術師の男は考えるような仕草をする。姿が見えなくなった途端に『あの男』呼ばわりし始めた。


「学期初めのテストでわたしが学年主席だったから学生会に勧誘してるんだよ」


「左様ですか」


実に興味無さそうだ。


「私は『入学時から卒業まで満点』という成績で学問を修めましたが」


「……」


更にマウント取ってきやがった。もしや負けず嫌いかこいつ。


×


「ね、この札ってなんだっけ」


 薬術の魔女は、顔合わせで渡された札を魔術師の男に見せる。


「『御守り』で御座いますよ。悪いものを寄り付かせない為のもので」


と言いつつ、ふ、と息を吐いた。


「例え不本意であっても折角のえにし有る者でありますので……なんです。その顔は」


 魔術師の男は薬術の魔女の表情に眉をひそめる。薬術の魔女が少し、不満そうに口を尖らせていたからだ。


「んー。なんというかさ」


「ふむ」


「……態度、違くない?」


「……その様な事。当然で御座いましょうぞ。私、仕事で此方ここまで態々わざわざ足を運んでいるというのに。その仕事を台無しになどするはずが有りませぬでしょう」


「そういやそっか」


 ということは、その妙に上から目線なのが素のようだ。


「(やっぱり貴族……)」


身に付けている装飾もそれなりに良い物っぽいし。


「それとも何か。私奴わたくしめの貴女に対する態度を不特定多数相手の様に他人事のごとく丁重にして頂きたいと?」


口元に手をり、魔術師の男はすっと目を細める。嘘っぽい笑みがりを潜めた。


「……そうは言ってないけど」


と、否定しつつもなんとなくもやっとしたのは事実だった。


「当然ながらこれは『外面』で有りまして被り続けるのはいささか面倒なのですが」


威圧するかのように距離を詰め、魔術師の男は薬術の魔女に迫る。


「だから、」


いいんだって、となだめようとするが、魔術師の男は不愉快そうに眉をひそめる。


「そもそも『無干渉で』との事でちぎりを結んだ筈では」


「それは『恋愛関係には』ってやつだったでしょ? ってか、近い。近いよ」


 仰け反りながら薬術の魔女は声を上げる。上背があり顔の整った男性が不機嫌そうに迫るなど、圧をかけまくりじゃないのか、と早くなった鼓動を抑えるように、薬術の魔女は胸元に手を充てる。


「……失敬」


「というかさ、「お前達、そこで何をしている?」……ん、何?」


 割り込んだ声の方を見ると、険しい顔をしたその1が居た。


「お前、派遣された魔術師だろう。女学生に手を出していいと思っているのか?」


その1は魔術師の男を睨み付ける。


「……言い逃れは出来そうにありませんね」


 ようやく、魔術師の男は薬術の魔女から体を離した。不機嫌そうな顔が一瞬で柔和な笑みに変わる瞬間を目の前で見せられた薬術の魔女の心境を述べよ(10文字以内)。


「して。貴方に、如何様いかような御関係が?」


 薬術の魔女の方に近付くその1に、魔術師の男は問いかけた。


「同級生だ」


「左様ですか」


「……その澄ました面、いつまでしていられるだろうな」


と、その1は小型の杖を抜こうとする。が、


「校舎内での私闘は禁止のはずだけど」


「そうだった。……命拾いしたな」


薬術の魔女の指摘で、手を止めた。


「(……なんというか、すごく不遜な態度なんだよなぁ)」


 その1の様子に薬術の魔女は内心でその自信がどこから湧いているのか、と首を傾げた。ついでにそっと魔術師の男の顔を見ると、ちゃんと笑みを浮かべている。失礼としか言いようのない態度にも一切の揺らぎがない。


「おい、行くぞ」


 と言い、その1は薬術の魔女の手を掴もうとする。


「言わなくても分かってるよ。次、授業だし」


その手をかわし、「失礼します」と頭を下げる。魔術師の男も『外面』の柔和な笑みで優雅に礼を返した。


「……あんなやつに頭を下げる必要はないだろう」


 と、校舎に向かいながらその1は言う。次の授業は選択だからコースで別れるんだけどな、と思いつつ


「普通にお客さんだし身分も上なんだから礼はきちんとしなきゃだよ」


そう返しておいた。


「……貴族か」


 その1は舌打ちをし、何か考え込んでいる様子だった。そして、


「安心しろ。お前は俺が護ってやるからな」


そう言った。


「(——なんだコイツ)」


 前を歩く焦茶のウニ頭を見る。変なやつ二人目の誕生である。

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