なんか急に変わるじゃん


少しして、俺は舞台の上に正座をしていた。

目の前にはあの謎の武士が同じように正座で座っている。

俺はチラリと視線を武士の左側にある刀へと移した。


利き手側に刀を置くのって、戦闘の意思ありってことではなかったですかね。

いや、左利きかもしれないけど。


俺は生唾を飲み込んだ。


「それで、何をしにここへ来た」


思いの外、高い声音に俺は今更ながら疑問を覚えた。

この霊、女じゃね。しかも結構若い。


顔は長い黒髪に隠れて見えないが、そう考えて改めて観察すれば、

肩や腰に着けている鎧の下は制服のような……いや、学生なのか?

だとすればこんな格好をして、ただならぬ雰囲気を醸し出しているのは

なんなのだろうか。


「どうした、早く答えよ」


答えを急くように、片手がそっと刀の鞘に添えられる。

俺は背をぴしりと固めた。


恐怖で。


「い、いや、あ、あのですね、実はこの場所に先日不届き者が

俺の、いや私の荷物を置いて行ったようでして、その回収…に」

「ほう、左様か、その荷物とやらはどこにある」

「あの、この場所みたいなんですけど」


その時、支配人の霊が武士に耳打ちする。


「成る程…そこの舞台裾に隠されているようだ、探すがよい」

「は、はい」


そう言って武士は顎で場所を指す。

髪が長すぎて分かりづらいが、大体の場所を把握した俺は、武士をガン見しながら

へっぴり腰で舞台裾のカーテンを捲った。


そこには見覚えのある教科書と、携帯が置いてある。

これが新月の携帯らしい。


「あの、ありました」

「それは重畳、用が済んだならばそこになおれ」

「アッ、ハイ」


有無を言わさぬその物言いに、俺は教科書を持ってきたバックに入れ、

新月の携帯をポケットに仕舞った。


そして、また正座。床が硬い。


「それで、ここはどこなのだ」

「は、はい……え?」


質問の意味が分からなかった俺の頭に、疑問符が飛び交った。


「だからここはどこであるか、とそう問うておる」






ーーーあぁ、記憶がないのか


俺は意味を理解すると納得した。


幽霊とはそもそも思念体であり、その存在理由もあやふやなものだ。


生前、何かを悔いていた、何かをしたかった、恨んでいた。

そんな想いが具現化してしまったのが、幽霊の一つの正体とも言える。

ならば、それ以外の部分、例えば記憶等は?


誰にも分からない話だが、きっと無くなっているのではないのだろうか。


家族の記憶、恋人の思い出、友達の顔や名前、経験してきた楽しい記憶、

悲しい記憶も全て一部以外が抜け落ちてしまう。


そうあってもおかしくなかった。

なんなら自分が死んでいることにすら気付いていないかもしれない。

俺の手首で数珠が鳴った。



「……ここは廃ホテルです、地域の学生などの間でも有名なーーー」

「いや、それは知っておる」




…知ってるんかい。

ちょっと、しんみりしかけた俺の気持ちを返せ。

けろっとした声で返答した武士に少し苛立ちを覚える。



「それで、ここはどこなのだ」


再びそう聞いてくる武士。哲学かな?


「はい?今、自分でご存知だと仰られませんでしたか?」

「ふむ?確かにそうであるな……面妖な」


記憶が混濁しているのだろうか。

考えてみれば、普通に会話をしてしまっているが、この霊は何故こんなにも

はっきりと存在を保っているのだろう。


深い祟りなどがあるならば話は分かるが、そうではない様子。


本当になんなんだこいつ。


俺が頭を捻って、考えようとした時だ。




ポケットから軽快な音楽が鳴り響いた。

着信音のようなそれは先程仕舞った新月の携帯から発せられているものだ。

おいおいおい、ミュートにしとけよ、新月…っ!


急いで、新月の携帯を取り出すためにポケットに手を突っ込む。


「待て、静かにしろ」


殺意でも篭ってるんじゃないかってくらいの重く、

真面目な声に、俺は動作を止めた。

見れば、武士は耳に手を当てて、聴き入るような姿勢をしている。


何もない、広大な空間に響き続ける場違いな、明るい音楽。

そこの舞台上では、一人の少年と、武士の格好をした長髪の女。


そして笑顔で佇む支配人の霊。


いや、意味が不明だな。

なんなんだこれ。


月が雲に隠れ、光が途切れる。

同時に音楽も途絶え、先程との対比で異常な程に静寂が耳をついた。

しん、と埃が積もる音すら聞こえてくる気がする。


何秒経っただろうか、月が顔を出し、また場が照らされた時だ。


「プディキュアの主題歌…?」


武士はさっきとはまるで違う、女子のような声を上げた。


俺は耳を疑った。

今、子供みたいな声で言ったのは目の前のこいつか?

つい、支配人の顔を見る。


するとこちらを見ていた支配人と目があった。

恐らく俺の顔は鳩に豆鉄砲どころか

ガトリングを喰らったくらい間抜けな顔だったのだろう。


馬鹿にしたような表情で俺の顔を見ると鼻で笑う仕草をする。

こいつ、クソほどムカつくな。

俺は怒りから拳を強く握った。




にしてもプディキュアって、毎週放送している、あの女児向けのアニメのことか?

なんかやたらと甘そうな必殺技とか、名前が出てくるせいで、いつも

お菓子とコラボしてるあのプディキュア?


それが今どうして。



「プディキュア……プリン…マシュマロ…チョコ…シュークリーム…アイス…」


目の前の武士は、急に甘い食べ物の名前を乱列し始めた。

なんだ、ご乱心なのか?大丈夫なのかこれ。

俺はつい言葉をかけた。



「あの…大丈夫ですか…?」

「カスタード、ケーキ、イチゴ、ミルク、ホイップ……」


だめだこりゃ。


まるで壊れたレコードみたいに、お菓子の名前を呟いている。


その様に俺は思考を放棄した。

だが逃げ出すには良いタイミングかも知れない。

そう思い、腰を浮かした時だ。


肩をグイッと武士に捕まれる。

抱き着くような勢いで、俺を掴んだ武士はぶつぶつ何かを言いながら

俯いていた顔をガバッと急に上げた。


至近距離で見つめ合う。


「い、今!西暦何年!?」






お前はタイムトラベラーなのか?

俺は意識が遠くなったような気がした。


-------------------




お互いが落ち着いたところで、

俺と武士は対面に胡座をかいて座っていた。



「いやー、ごめんごめん、なんかさ、驚かせちゃった?」


そう言って態度を急に改めた武士の霊。

照れ臭そうに頭に手を当てていた。


先程とは中身が変わったかのような雰囲気に俺の肩から力が抜けていく。


相変わらず、髪で表情は窺えないが、

取り敢えずは斬られることもなさそうで安心した。


「でもなんかあんまり記憶はないんだよねー…てか君名前は?」

夜中 能見よなか のみえです」

「そかそか、じゃあ能見君ね、私の名前はね……あれ、なんだっけ」


不思議そうに首を傾げている。

やはり記憶自体は思い出せないものと、思い出せるものがあるのだろうか。


よく分からないが、あのプディキュアの主題歌がトリガーになって

記憶が触発されたとか…考えても仕方ないな、分かんないし。


「んー、それで能見君は、ここに忘れ物を取りに来たんだっけ」

「いやまぁ、忘れ物というか、隠されたものをと言うか…」


というか、こんな場所にわざわざ物を隠すなんてご苦労なことだ。


「……君いじめられてるの?」

「正確には、俺の隣の席の女子がいじめられてて、俺はそのついでみたいな」

「へー…いじめかぁ……そうかぁ」



しみじみ、と言った具合で口の中でいじめという単語を転がす、目の前の武士…

もう、なんか武士って言葉を使うのが間違いな気がしてきた。

だって、さっきはガチな感じだったけど、今は精々がコスプレって感じだぞ。


髪が長くて表情が見えないのと、

なんか年季が入ってる鎧のせいで、妙に圧迫感はあるが。


「にしても私、死んでたのかなぁ…うーんどうも記憶が曖昧で分かんないや」

「なんとも言えないですけど、さっきみたいに何かの切っ掛けで思い出すかも知れないですよ」


そう、何を切っ掛けで思い出すかなんて、分からないのだ。

恐らく生前の記憶に近しいものであれば、記憶を戻す手助けになるのだろう。

もっとも、その大元の記憶がない分、しらみ潰しにはなるだろうが。


「あー…なんだろうな、この記憶が戻らない、思い出せない感じ…

喉に小枝が刺さったみたいなさ…」

「tot現象みたいですね…てか小骨ですよ」


小枝が喉に刺さることなんてサバイバルしててもないだろ。


「どうして私ここにいるんだろうね…しかもこんな古風な格好なんてしちゃってさ、

髪もすごーーく邪魔だし」

「むしろ俺が聞きたいです、さっきなんて首を斬られそうになったんですよ」

「いやー、めんごめんご」

「古いし、なんか雑じゃないですか…」


昭和生まれなのだろうか、ネタが古い。


しかし、これで俺がここに来た用事は済んだな。

携帯も教科書も持ち帰れそうだし、ここはそっと帰宅を申し出よう。


それに正直、怖いし。

さっきみたいに態度が急変して、無礼者!とか言われて

斬られてもおかしくない気がする。


「えーっと…それじゃあ自分は帰ってもいいですかね」

「ダメ」


それは強い断言だった。


「えっと…はい?」

「ダメだよ、ここにいて」

「あの…いつまで…ここに居れば良いのでしょうか…ご飯などもあるので」


なんか駄目とか言われたが、

そろそろ腹も鳴りそうなくらい減ってきている。

なんならトイレも行きたくなってくるだろう。



「気合いでさ、いけるでしょ、ずっといてよ」


無理だわ。

気合いでなんとかなるのは少年誌だけだからな。


後、ずっとっていつまでだよ、俺が白骨化するまで?


「いや、ここ水もないんですけど…てか色々問題あり過ぎですから、難しいですよ

明日学校もありますし」

「ちょっとくらい休んでも文句なんて誰も言わないよ、君影薄そうだし」

「それとこれとは関係ないと思いますが、てか携帯も返さないといけないし」


幽霊基準で言われても、無理なものは無理である。

それとも俺に死ねというのか。なら正解だな、俺にとっては不正解だが。


「まぁ、また来ますよ、いつか」

「……いつ」

「それは、その…都合の兼ね合いと言いますか、その状況によりけりと申しますか…」

「絶対来ないじゃんか!嫌だよ!ずっとここで一人ぼっちなんて!こんなおっさんと!」


それは否定しないが、一人ぼっちではないだろ。

ほら、そのおっさんは悲しそうな顔をしているぞ、ざまぁみろ。


しかし現実、この女は死んでいるが、俺は生きているのだ。

土台が違うので、合わせるなんて無理な話。


というか、待てよ。


「もしかしたらそもそも、ここから出られるんじゃないですか?」

「ん?どーゆーこと?」

「いや、地縛霊的なあれだったら無理ですけど、

ある程度は自分で移動できるんじゃないですかね」

「…それってどれくらい?」

「多分ですけど……この山の範囲くらいなら…いや分かんないですよ?実はもっと

自由に移動出来るかも知れないですし…だから大丈夫じゃないですか」


この霊自体がイレギュラーなので、なんとも言えない。

何に縛られているのかも分からない以上、下手なことは言えないが、

恐らく、その程度の範囲なら行動出来るだろう。


「やだ」


今、なんて言った。


「は?なんです?」

「だからー、やだ!この山ってコンビニあるの!?ないでしょ!

誰か来るの!?話せるの!?絶対無理じゃんか!やっぱり君は帰さない、帰せない

ここで暮らして下さーい!」

「いやいや!無理だって!てかあんた、そもそもコンビニなんて行けるわけないだろ!

何買うつもりだよ!」

「それはほら、お菓子とか、お菓子とか、お菓子とか」

「お菓子しか買ってねーじゃねーか!金もないし、そもそも店員に認識されんわ!

あのなぁーーー」




「ーーーお前、死んでるんだぞ!」



俺の言葉は反響して、空間に何度も繰り返しながら消えていった。

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