第5話 あなたとなら幸せ
拝啓。
清和の候…今はそんな気分ではないです。
あの後どのくらい走っただろう?すっかり日も暮れて春とは言えまだ肌寒い空気の中で僕は立ち止まった。
「最悪だ…逃げた所で何にもならないのに。」
いつの間にか林のようなところに入り込んでいた僕は疲れと罪悪感から一本の木にもたれかかって泣き始めた。
ふとスマホを見ると19:40と言う時計と一緒にタツミからの着信の履歴が来ていた、数える気はないが少なくとも10件以上。
ヴー…ヴー…
タイミングを見計らったかのようにまた着信が来た。
無視をしたいけど彼は多分、僕が出るまでかけ続けるだろう…。
僕は1人になるためにも電話に出た。
『あ、やっと出た!スズ、お前…!』
「ゴメン、今は1人にして欲しい。
あと…ミツバには謝っておいてほしい…今まで本当の事を言えなくて…ゴメンって。」
『おい!スz…。』
タツミの返事を待たずに電話を切ってそのままスマホの電源も落として再び泣き始める。
今日の行動への後悔から始まって僕の暴露でミツバが皆に変に見られていないかの心配、マンションの鍵を持っていない彼女が家に帰れない事、果ては今夜の家の花の世話の心配まで。
「今日の花の世話どうしよう…。」
『なぁんだ、深刻そうな顔してたと思ったら案外余裕そうだねぇ〜?』
「誰だ!?」
俯いていた顔を上げると目の前にはミツバチ…しかも普通の個体の倍ほどの大きさをした巨大な『女王蜂』が
「うわぁ!なんなんだよ、こんな時に。
泣きっ面に蜂って言いたいのかよ…静かにさせてくれよぉ…。」
『ふふーん…どうやら、本当に虫の類が苦手なようだねぇ〜。
それぇ〜。』
直接脳内に響く甲高くて気怠そうな声が止むと目の前を飛んでいた女王蜂が眩しく光って大きくなって…黄と黒のボーダー模様が目を引くドレスを着用し、主張の激しいティアラを頭に乗せた小さな女の子の姿に変化した。
「何なんだよいったい…。」
「意外と察し悪いんだねぇ〜気づかない〜?」
「ミツバチが変身して人間になる…もしかして…。」
「確か、ミツバって名付けてくれたんだっけぇ?
あの子の母でぇ〜す。」
「…そうですか。お母さんが何の用ですか?
今の話聞いていたなら分かると思いますけど僕は今、一人になりたいんです。」
「そうだねぇ〜でも、そうもいかないんだよねぇ〜。
だってここ、『
簡単にに言うとアナタは不法侵入なんだよねぇ〜。」
目の前にしゃがみ込んだお母さんは木の棒で僕の膝付近を「ウリウリ〜。」とからかうように突いてくる。
周りを見渡すとテレビで見たことのある木の箱…ハチの巣箱が何個か並んでいた。
「すいません…でも、今はここで一人にさせて貰って良いですか…?」
「まぁ、もう八幡のタイショーさんも居ないしワタシは構わないけどぉ〜…ワタシお節介女王なのでぇ、ここに居るなら話を聞かせろ〜。
マジメなハナシ、追い出したとは言え娘が関わってるっぽいしぃ〜。」
口調こそ気怠げだけどお母さんの顔には真剣さと僕…そしてミツバを気遣う親心が見えので僕はお母さんに今までの話をすることにした。
「あとぉ、まだアナタに『お義母さん』って呼ばれる立場じゃないんですけどぉ…。」
「すみません…。」
『ミツバのお母さん』って意味だと分かって欲しかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふぅ〜ん、なるほどぉ〜。
あの子、軟派な子だったからねぇ〜。アナタ…スズメの言うことは間違ってないかもねぇ〜。」
「最初から恐怖を紛らわすためだったんです…でも…いつの間にか…彼女に流されてしまって…でも、彼女の好意も無下にはできなくて…。」
やばい、話していたらまた感情が込み上がってきた。
「ほぉら、泣かない泣かない〜。」
呆れたようにお母さんが指を鳴らすと20mほど先の巣箱からブブブ…と言う羽音が聞こえてきて、お母さんの隣に二人の金髪で色黒マッチョな大男が落ちてきた。
その男の片方がハンカチで僕の涙を拭いてもう片方は暖かい飲み物が注がれたカップを差し出した。
「あったかいレモネードでも飲んで落ち着いて話してよぉ〜。
因みにこの子達はワタシのお気に入りにオス〜。」
「ヘイ!ボーイ!ヨロシク!」
「オレタチ!トクセイノ!ハチミツイリ!ダZE!」
「ありがとう…よろしく…お願いします…。」
元々がニホンミツバチとは思えない外見と口調で涙も引っ込んで僕は面食らいながらレモネードを受け取った。
「アナタ達はハチミツ作らないでしょ〜?
所でぇ〜今まで話を聞いてきて質問なんだけどさぁ〜。
スズメはあの子とどうしたいのぉ〜?」
「それって…どう言う…?」
「『虫だぁ!』って嫌って突き放すなら突き放す。
それならそれであの子も子供じゃないんだから割り切る位できるとは思うよぉ〜?
でもスズメはそれをせずに虫として嫌いながらもヒトとしての好意もあるよねぇ〜?
優しいのは良いんだけどぉ、結局は先延ばししてるだけだよねぇ〜?
虫として排除したいのかぁ〜。
人として愛したいのかぁ〜。
どっちなのぉ〜?」
「…。」
お母さんの言っていることはもっともだ…僕はミツバに流されつつも虫である彼女を嫌う反面受け入れていた。
彼女が虫である事…たったその一点で彼女を受け入れず自分の気持ちに壁を作っていた。
どんな行動をしたって彼女の僕への好意は間違いない…。
恋愛経験の少ない僕でもそのことは分かる。
だって悪意などない
ならば、僕も本気で応えないといけない…彼女の気持ちに…!
「お母さん!僕は…!」
「それ以上は直接あの子に言ってあげてぇ〜。
ワタシはあくまで巣の風紀を乱すあの子を押し付けたいだけの悪い親だからさぁ〜。」
巣箱の方向へ振り返り指を鳴らしてお供の色黒マッチョをミツバチの姿に戻してお母さん自身も光に包まれていく。
「ファイトダゼ!ブラザー!」
「オレタチノネェチャン?イモート?ヲヨロシクNA!」
「じゃ~ねぇ~。
ワタシ、悪い親だけどぉ~あの子の事を応援してない訳じゃないからぁ~。
まぁ~頑張ってぇ~。」
「最後に一つ良いですか?」
「なぁにぃ~?」
「なんで僕がミツバに花を贈った人間とか、ミツバの事を話す前に『ミツバの事』って分かったんですか?」
「フフ~ン。
意外と
「…やっぱり、虫そのものについては好きになれそうにないです。」
「それで良いんじゃないかなぁ~?
ワタシも八幡のタイショーさん以外の人間は好きじゃないしぃ~。」
再び「フフ~ン。」と笑うとお母さんは蜂の姿に戻り、巣箱の方へと飛んで行った。
~~~~~~~~~~~~~~~
養蜂場の物と思われる林をなんとか抜けた、この養蜂場はもう少しセキュリティ強くした方が良いと思う。
少なくとも自暴自棄になった男が迷い込まないレベルには。
走りながらスマホの電源を着けると21時を回ろうとしている、僕は30件はゆうに超えている不在着信をわざわざ送ってくれる親友に折り返しの電話をかけた。
「もしもしタツミ!?近くにミツバ居る!?」
「お前、やっと繋がったと思ったら…。」
「ゴメン、お前やアイさんやツバメさんには後でちゃんと説明して謝る!
それよりもミツバに『もし、僕を許してくれるなら今から…いや、今から二時間後にさっきの公園で待ってる。』って伝えて!」
「…まったく、今度何か奢れよ。」
タツミの声は呆れ声であったが安心と一緒にいつもの半分ふざけたような笑みも感じられた。
「今から間に合うかな…?」
そう呟きながら僕は公園とは別の方向へと走った。
~~~~~~~~~~~~~~~
昼とは様相の違う人気の無い静かに桜が散っている公園、僕は息を荒げながらベンチに腰掛けた。
「やっぱり…ランニングはちゃんと続けておくべきだったかな…。」
まだ伝えた時間まで猶予がある、近くの自販機で飲み物を買って息を落ち着けよう…。
「!?」
ガバッと言う音が聞こえるような勢いで後ろから誰かに抱きしめられた。
人肌と呼ぶにはやや高い熱と速い鼓動が背中から伝わってくる。
「…。」
「…ミツバ?」
「…蜂球って言葉を知っているかい?
『ミツバ』チが『スズメ』バチを殺すための技だよ。」
「…うん、知ってる。
僕は君に嘘をついて君を裏切った、このまま殺されても仕方ないのかな…。
でも、殺すにしてもそんな捨て身の技でミツバには傷ついて欲しくないな。」
抱きしめる腕の力が強くなる。
ああ、やっぱり許してはくれないか…。
「違う…!本当は…本当は分かっていたんだ…!
君が…最初に君の部屋に迷い込んだ時から君が
あの花…黄色の
いつもの余裕のある口調とは違う、激しい口調で泣きながらミツバは話す。
僕は強く抱きしめる彼女の手の上から手を当てて抱き返す。
「それでも…それでも嬉しかったんだ!
君が贈ってくれた言葉が…花が…君にそのような気持ちがなくとも…。
私は君に恋をしてしまったんだ!
本当は私があの時点で諦めるべきだった…だからスズメは悪くない…悪くないんだ…!」
後ろで泣いているミツバの手をなるべく優しく解き、肩に手を置いて僕は上着から小さな箱を取り出した。
「確かに最初は…いや、実際今日までミツバのことは虫だと思いながら接していた所はある…。
でも、それは僕が悪い。
僕がミツバをそんな色眼鏡で見なければ優しくて、笑顔を絶やさず、他人の良い所をすぐ見つけられる。
僕には勿体ない素敵な女性だよ。
これは…僕の今の気持ちだ…。」
手に持った小箱を開く、その中身は金色の細いチェーンで繋がった黄色のヒヤシンスのネックレス。
中身を見たミツバは再び大粒の涙を流す。
僕はこの涙は後悔ではないことを祈った。
「この花の花言葉…ミツバは知っているよね?」
「ああ…ああ…!
『あなたとなら幸せ』…!君が…スズメが私に贈ってくれた花だ…!」
「結局、僕は虫は苦手で君に失礼な事をしてしまうかもしれない…。
でも、それ以上にミツバと一緒に幸せになってミツバの事を幸せにしたいんだ!
改めて僕の口から言わせて欲しい…。
八幡ミツバさん、僕とお付き合いしてください!」
「ああ…!よろしく…お願いします…!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
告白が済んで僕達はベンチに並んで座っていた。
「ネックレス、着けないの?」
「…スズメが着けてくれないかい?
君の愛を君から直接受け取りたいんだ。」
「うん…。」
彼女の首の後ろに手を回して金具を繋ぐ、黄色のジュエリーが月明かりに反射してよく似合っている。
「ここに来る時間を二時間ずらしたのはコレを用意するためだったんだね。」
「急拵えな愛で申し訳ない…。」
「いや、嬉しいよ。
それにしても嫉妬か…私には分からない感情とは言え、それが原因になってしまったのは本当に申し訳ないね。
どういう
「そこ蒸し返しちゃうんだ…。
えーと…たとえば僕が…その、ツバメさんとかと仲良くしていたらどう思う?」
「?仲が良いのは良い事じゃないかい?」
「言い方が悪かったか…そのネックレス、ミツバではなくて他の人に渡して愛の告白していたら?」
「…それは…身勝手なのは分かるけど…嫌だ。」
「そう言うこと、僕はその身勝手な嫌な気持ちをミツバにぶつけて逃げたってわけ。
つか、今告白して正式なカップルがする会話じゃないでしょ…。」
「つまり、スズメは私と踊りたかったって訳だね!」
「なんでそうなる!?
…まぁ、ヨーコさん達が羨ましくないと言ったらゴニョゴニョ…。」
「フフ…良いじゃないか。
さぁ、私の手を取ってくれないかい?愛しい君。」
月をバックに好みの顔の女性が初対面の呼び方で手を差し伸べる。
「敵わないなぁ…よろしくお願いします、マイハニー。」
僕も初対面の呼び方で手を取ると彼女は満面の笑みで僕の手を引き上げた。
「先輩、流石に夜間の宴会の禁止が徹底されている公園をパトロールしても誰もいな…アレってつい先日職質した少年…じゃなくて男性ですよね?」
「ん…そうだね。」
「何やってるんだろう?…ダンス?でも、女性の方がリードしてるっぽいですけど…。
声かけます?」
「そうだね…でも、少し位待ってあげよう。
人の恋路を邪魔するのは警察の仕事じゃないしね。」
二人の警察官は月明かりに照らされて踊る二人を花の周りで踊るハチに見えたと後に言っていた。
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