第4話 嫉妬

拝啓。


花の便りが相次ぐ今日このごろ、皆様お健やかにお過ごしのことと思います。


僕らにつきましては今年最後の桜を満喫しにミツバやタツミ、その交際相手の『鹿島アイ』さんの計四人で花見客で賑わう公園にやってきました。


「意外と散ってないモンだなぁ。

どうよ?花オタク、たまには花屋から買った元々特別なオンリーワンじゃなくて野生の花ってのは。」


「別に花屋の花しか愛でない訳でもないし、野生の花もオンリーワンだろ?

あと、花屋の花はオンリーワンだけどあらゆる選抜を抜けたエリートだ。」


「聞いてねーよ!

返事に困る返しするのやめろよな?」


「どう言う返しが正解なんだよ…。」


「知らねぇ。」


コイツ…。


「フフ…スズメはタツミと本当に仲が良いんだね。」


「おう!俺たちはツーと言えば。」


「知らん、強いて言うならスリーと応える。

そうだミツバ、ちょっと。」


ミツバに耳打ちで「自分がミツバチであることは秘密にするべき。」と念を押す。


「モチロン分かってるさ。無意味に彼らを混乱させたくはないしね。」


「おうおう、なんだ耳打ちして『僕たちラヴラヴです』アッピルですか?

よし、俺らも見せてやろう!」


「違うやめろもう飲んでるのか?

そんなのに付き合わされるアイさんがかわいそうだろ。」


「わ…私は大丈夫だよ。ゴメンね、熊野くん。

タッちゃん…じゃなくて、タツミくんも。」


「大丈夫、コイツがその場のノリで生きてるのは分かってるから。」


「あ…うん、それとこの前のお花ありがとう。」


「ああ、どういたしまして。

そう言えばアイさんはミツバと会うの初めてだよね?


彼女は八幡ミツバ、最近会った僕のか…彼…女。

ミツバ、この子は…。」


「『鹿島アイ』!俺の彼女!かわいいだろ?ヨコハマの大学生なんだけど学生とは思えない位家庭的で超良い子なんだよ!

何より、この小柄なボディ!サイコーだろ?」


「突然割り込んでくるなロリコン野郎!

ミツバもアイさんもびっくりしてるじゃん。」


女性同士の挨拶になると思ったら突然チャラい系の男が出てきて台無しだよ。

あーあ…ミツバは目を丸くしてるし、アイさんはマンガみたいな汗飛ばしてるし。


「安心しろよ小スズメ、お前には興味ねぇから。」


あったら困る、とりあえずこのムカつきはタツミの尻をつねることで帳消しすることにしよう。


「え…えーと、よろしくね。八幡さん。」


「ああ、よろしくアイ。

桜より君に目が行ってしまう可憐さだね。

タツミが声高になって紹介してしまうのも納得だよ。

あと、私の事はミツバと呼んで欲しい。」


「そんな…。

あ…ありがとう…。」


「…人に場所取りお願いしてるし、そろそろ行くよー。」


アイさんの長い黒髪に触れながら軽口を叩いてるミツバの手を咄嗟に引いて公園の奥に向かう。


「うぉ~い!遅いぞ小熊くぅん。

遅刻は社会人で最もやっちゃあいけない事だと先輩から教わらなかったのかぁ?」


奥に行くと一際大きな桜の木の真下に陣取ったスペースに茶髪のボブをボサボサに乱した女性、職場の先輩の『明治ツバメ』さんがビール缶の砦を建てながら僕達を呼んだ。


「お疲れ様です明治さん。

新人の時の教育係は明治さんだったんですけど、聞いた覚えはないですねぇ。」


「場所取ってくれる人ってこのお姉さん?

なんか…すげぇな…。」


「普段は真面目だし良い先輩だよ。

…酒が入るとああだけど。」


「うぉい、朝5時から場所取って至高の席を用意してやった先輩に労いはなしなのかぁ!?」


「ハイハイ、一人で先に呑みたかっただけでしょ…ミツバ、さっき買った缶ビール明治さんに渡して。」


「ああ。」と返事をしたミツバが(「重いから。」と頑なに僕に持たせてくれなかった)クーラーバッグから6本入りのビール缶を渡す。


「ふーん…あんたがぁ、小熊くぅんのコレかぁ?」


「ハハ…コレが何かは分からないけど、私のとても大切な人だよ。

朝早くからお疲れ様、頑張る貴女は輝いて見えるよ。」


「小熊くぅん…。」


「…何ですか?」


「この子、ちょうだい。

嫁にする。」


「お酒、没収しますよ?」


「うそうそうそうそ、冗談冗談。」


「スズちーん、俺らも乾杯しようぜー!

ほれ、乾杯の音頭よろしく。」


タツミがビール缶を一本投げ渡してくる。

随分とマイペースだが、先輩よっぱらいだけが楽しんでるのも癪なので親友の提案に乗って缶を開ける。


「えー…本日はお日柄も良く、若いお二人の門出には…。」


「誰が結婚式の乾杯しろって言ったんだよ!?

それは俺とアイの時にとっておけ!」


「そもそも音頭なんて要らないからテキトーで良いじゃん、と言うわけで乾杯!」


「カンパーイ!」

「乾杯。」

「か…かんぱい。」

「かんぱぁい!」


約一名、二回目の乾杯をしたけどスルーして缶を傾ける。


「ミツバ、お酒大丈夫?」


「心配してくれるのかい?ありがとう。

でも心配には及ばないよ、私達は元々甘い香りのするお酒は好きだからね…ヒック。」


好きだけど強い訳では無いみたいだな…。


「そ…そう言えば、熊野くんと八幡さ…ミツバさんはどうやって付き合うようになったの?」


「そう言えば俺も気になってたんだよなぁ。

お前、前日まで「恋人は花だ!」って言ってたED野郎なのに突然ミツバちゃんみたいな美人とさぁ…。」


「誰がEDだ?僕は至って健康体だよ。」


「良いから馴れ初め教えろぉ!先輩命令だぞ。」

「そうだそうだ、親友命令だぞ。」


「突然結託しないで?

で、馴れ初めだっけ?えーと…アレだよ…アレ…。」


ヤバい、全然その質問の答えを用意してなかった。

まさか正直に「彼女はハチで勘違いで付き合ってます。」なんて言えないし…。


「花屋で出会ったんだよ。

私も花が好きだけど、その日は何にすべきか迷っていた時に見つけた一際輝く一輪がスズメだったんだ。」


「え?えーと…違っ…。」


「違っちゃいないよ、あん時その子がえーと…なんだっけ?ズガドンだっけ?して子熊ちゃんを口説いてそのままどっかに行っちゃってオバちゃんビックリよ。」


後ろから聞き慣れた声が聞こえる、具体的には行きつけのでFlower HUSHIMIで聞く声…。


「なんで居るんですか?ヨーコさん。

あと、恐らく壁ドンです。」


「オバちゃんが花見しちゃあダメかい?因みに店は臨時休業だから新しい子を迎えたいなら今度にしておくれ。

こんにちは若人達、ウチの常連ちゃんがお世話になってるみたいで。」


「いえいえ、ホント手を焼かせてもらってます。」

「お世話させてもらってます。」


勝手に問題児扱いするな酔っ払いども。

ツバメさんには新人時代に手を焼かせた覚えはあるけど、タツミに世話されたことはねぇよ。


「スズメ、あのヒヤシンスも彼女の店から買ったのかい?」


「ん?まぁ、そうだけど…。」


「なるほどつまり…。

貴女が居なかったら私はスズメと巡り合うことはなかった…ありがとう、麗しいご婦人。」


「あらあら…麗しいってお世辞が上手いんだから。」


「お世辞なもんか、そうだこんな陽気なんだどうだろう?私と一曲踊って貰えないかな?」


唐突過ぎるダンスの申し出、ミツバも実は結構酔ってるな?

ヨーコさんも宴会を囲んでた他のオバちゃん達に促されて受け入れちゃってるし…。




「…。」


「それにしても、ミツバちゃんなんで急にダンスなん?」


「知らない、ダンスが愛情とかの表現方法の生き物なんじゃないか?」


「く…熊野くん、嫉妬してる?」


「は?」


「ご…ごめんなさい、でもミツバさんが他の女の人と話してる時の声、とても不機嫌そうだったから。」


「ないない、だってミツバはムs…。」


「ミツバさんは?」


「なんでもない、アイさんも酔ってるでしょ?そう見えただけだと思うよ。」


危ない、間違って彼女が虫から魔法で人になったと言いそうになった。

僕も酒が回ってきたのかな…。




「それにしても楽しそうに踊ってるな、花屋のオバちゃん集団の列できてるぞ。」


「踊り!?踊りなら負けないぞぉ!」


「千鳥足ダンスはお呼びじゃないです。

本人が嫌がってないなら良いんじゃない?」


「い…良いの?今日、熊野くんミツバさんとほとんど話してないけど…。」


「…うん。」


















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「すまない皆、私ばかりすっかりご婦人方と楽しんでしまって。」


ミツバがダンスをひとしきり終えると辺りは西日の強い黄昏時となっていた。

彼女の爽やかな顔にも汗が這っている、四月と言えど日が落ちれば肌寒くもなっていく。

僕は無言でタオルと上着を差し出した。


「ありがとうスズメ。」


「僕たちもそろそろ帰ろう。ツバメさんもすっかり寝ちゃったし。」


「あ、ああそうだね。

どうしたいんだい?スズメ、もしかして拗ねて…。」

「そうだよ下らない嫉妬だよ!ミツバが他の人を口説くを見て男のくせにイライラしてるんだよ!

ミツバがそういう質なの分かってるのに…嫌いな筈の虫だって分かってるのに!」


「え…それって…。」

「おい、スズそれってどういう…。」


「あ…違…ごめん…!」


僕は逃げ出した。

ミツバとの約束も破って、怒りと恥ずかしさに任せてしまった。


「最低だ…。」


涙が横に流れるのを感じながら僕は花見会場を抜け出しアテもなく街に出ていった。     

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