第3話 控えめな愛らしさ

拝啓。


春色日増しに濃くなる折から、お変わりなくご活躍の事とお喜び申し上げます。


僕はただいま、深夜三時の都内をランニングしております。


え?なんでって?

原因はモチロン彼女ミツバです。
















~~~~~~~~~~~~~~~


ミツバと出会った日、(僕が気絶した)喫茶店で待っていたタツミに約束の花束を渡した後に僕らはミツバが生活する上で必要な物を購入して帰宅、食事と入浴を済ませた。


…因みに喫茶店に入った時に「お姫様だっこのイケメン彼女とその彼氏」と店員達がざわついた。

もう当分はあの喫茶店いけない。あの店のコーヒー美味しかったんだけどなぁ…。


「美味しい食事と温かいお風呂、ありがとう。」


「どういたしまして。

…普通に人間用の食べ物食べてたけど、大丈夫なの?

風呂も…。」


「気遣いしてくれるのかい?

ありがとう、でも私は母の力でんだよ。

スズメと同じ物を食べられるし、人は一日の終わりにお風呂に入るものなんだろう?」


流石魔法、都合が良いな…。


「それにしても…服まで買って貰って、私ばかりスズメから贈り物を受け取ってばかりで申し訳ないね。」


「仕方ないよ、さっきの服で寝させる訳にはいかないし。」


女性用の服は良く分からない、特に寝間着や下着となると女性との交際経験の少ない僕には未知の領域過ぎた。

服を購入した駅ビルのお姉さんには感謝しかない。


「寝るために着替える必要があるのなら私はスズメの服でも構わなかったんだけどね。」


「はい?」


「ほら、スズメと私はそこまで体の大きさに差は無いのだからスズメの服を借りれば良かったじゃないか。」


「あのね…人間の男性と女性は骨格が違うから服の形も違うんだよ…。

あと、一応僕にも男としてのプライドがちょっとはあるから身長に関しては触れないで貰えると嬉しい…。」


先程買い物をしていた時に反射したガラスを見た時を思い出した、並んだ時に彼女との目線は殆ど変わらない…自分の小雀、小熊と呼ばれる身長に涙が出てくる。


「すまない…気にしていた所だったんだね。

でも、私は良いと思うよ。」


「!?」


突然彼女が抱きついて来た。

いきなりの出来事で思考が止まり、気絶寸前で時間も止まった気がする。


「ほら、スズメを抱き締めた時に一番温もりを感じる。

それに私はスズメのどんな姿でも愛する。そう誓える。」


「は…はい…。」


「さぁ、もう寝よう。

ほら、おいで。」


そのまま僕を離した彼女はベッドに横になりポンポンと隣を軽く叩き、僕も横になった。




…って、ちょっと待って?

これ、僕のベッドだし「背伸びした広いマンションだからちょっとくらい大きなベッドを~。」って買ったセミダブルのベッドは二人で寝るには狭いし、なんでナチュラルに同じベッドで寝てるの?

流される僕も悪いけどさぁ!


「ちょっと待って、僕は床で寝るから…!」


「ZZZ…。」


寝つきの良さが赤ちゃんかよ…。


それにしても、本当に顔が良い。

僕好みの顔だ。

人にしてもらう時に僕の好み合わせてくれたのかな…?考え過ぎか?




つか、夜に好みの女性が隣で寝てたら健全な男としてちょっと暴走しそうだぞ?

待て待て…今日出会ったばっかりでこんな考えになるのは良くない…!


まずい、すっかり眠れなくなってしまった。

落ち着け…彼女は美人だけどミツバチだぞ…。


「…。

……。

………。

今度は恐怖で眠れなくなった…。


仕方ない。」


二時間位は頑張ったが今日は眠れそうにない。

彼女を起こさないようにベッドを抜けて靴箱を物色する。

数年前に職場の同僚に勧められて始めたけど長続きしなかったランニング、靴箱の奥底に封印されていたそのシューズを履いて外へと飛び出した。
















~~~~~~~~~~~~~~~


「なるほど?君は彼女と一緒に寝るのが恥ずかしくて深夜にランニングをしていた…と。」


「ハイ、ソノトオリデス。」


走り出してようやく体も温まってきた1時間後、警ら中のパトカーに見つかった僕は職質を受けていた。

職質を受けたショックでバカ真面目に理由を答えて顔面から火が出そう…。


「若いのは羨ましいけど、世の中君が思ってるほど安全じゃないからね?

学生さんでしょ?この前、近くで通り魔事件もあったし君だって不審者扱いはされたくないでよね?」


確かにフードを被って息を荒げている成人男性…不審者にしか見えない…。

…って、ちょっと待て。


「すいません、でも僕社会人なんですけど!

ホラ、免許証!

警察なら最初に身分証明証確認して下さい!」


「おっと…これは失礼しました。

とにかく、恥ずかしいのは分かったけど明日の学校…じゃなくて仕事に支障が出るから早く帰りなさい。」


多分、本当に心配してくれてはいるんだろうがバカにされた気分だ。

つか、そんなに幼く見える?


…それにしても身分証明か。

ミツバが仮に今のような状況や働きたいと思った時、他には結婚…する時になった時どうすれば良いんだろうな…。















~~~~~~~~~~~~~~~


翌日、机にもたれてSNSを見ていたらいつの間にか眠ってしまっていた僕は小気味の良い音と香りで目が覚めた。


「やぁおはよう、起きたら君がここに移動していて驚いたよ。

寒くなかったかい?先程、毛布だけは被せたのけど…。」


「…枕にしていた腕が痺れる以外は大丈夫。

朝食作ってくれてるの?

昨日、夕食の時に火や包丁にびっくりしてたみたいだし、無理しなくても…。」


「人になったからには人の営みをしていきたいんだよ。

…迷惑だったかな?」


そんなに心配そうな目でこっちを見るな。

ソレよりも目の前のフライパンに意識を向けてくれ。


「迷惑じゃないし、毎朝トーストとコーヒーだけで済ませていたからちゃんとした朝食は嬉しいよ。

取りあえず、フライパンは僕がみるからトーストを焼くのとコーヒーのためのお湯を沸かして欲しいかな。」


サラダとヨーグルトが既に用意されていて、フライパンには目玉焼きとベーコン。


男の一人暮らしの冷蔵庫には存在しなかった食材もいくつかあるから朝早くに(僕の財布を持って)買ってきてくれたのだろう。


勝手に金を使われた文句は目の前のベーコンの香りと彼女の献身的な態度、そして眠気に混ぜられて消えて…いっ…た…。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「…フライパン見てるとか言って申し訳ありませんでした。」


食卓に並んだ皿の数々、昨日人になった者が作った物とは到底思えない立派な朝食が顔を揃えている。

その中で異彩…いや、異形と呼べる半分焦げたベーコンエッグが僕達の前に鎮座している。


「ふふ…私を想って眠れない結果の出来事なら何も言えないさ。

むしろ、君がここまで私を想ってくれて嬉しいよ。」


「はは…でも、このまま不眠の日々を続ける訳にはいかないし、今日の帰りに布団買って来るから悪いけど今日からそっちに…。」


「…。」


うーん…あからさまに嫌がってるぞ…。

この状況で突き離せばミツバはおそらく引き下がってくれるだろうけど、罪悪感が…。


「二セット。

二セット買ってくる、それで並んで眠る。


…同じベッドで眠るのは僕の心の準備が出来たらきっと…だから、待ってくれないかな?」


何言ってるんだ僕?素直に「恋人同士でも付き合ってすぐに床は共にしない。」で良いじゃん。

守れない約束してもその場凌ぎにしかならないのに…。


「!

モチロン、待ってるよ。」


でも、言っちゃった責任もあるしミツバの明るくなった顔への義務のために頑張るくらいはしてみよう。


「ところで、7時半には仕事に行くと昨日行ってなかったかい?

もう、8時になりそうだけど…。」


「え゛?

マジだ…じゃあ、僕は行くから留守はよろしくね!

何かあったらスマホからここに電話して、出かける場合は鍵を忘れないようにしてね!」


大急ぎで目の前の朝食を平らげてコーヒーで流し込んだら部屋を出た。















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


閉まる直前だった電車に飛び乗る。

後ろで駅員と思われる声から「駆け込み乗車はおやめください。」と言われた気がしたけど、全くもてその通りです許して。


座れはしないけど満員とも言えない車内、僕はつり革を掴んで彼女の情報をスマホに整理することにした。




えーと…『彼女は昨日助けたミツバチ、八幡養蜂場で働き蜂だけど僕のテンパリを間に受けて女王蜂の魔法で嫁ぎに…。』

この表現は違う気がするな。

『人になって僕に会いにきた。

彼女は人になって数日とは思えないほど家庭的で人間の生活に馴染んでいる、彼女が言うには「私達は意外と人の営みを見ているモノなんだ。」らしい。

あと「私達ミツバチは巣の中で社会を成形する昆虫だよ。」らしい…その割にはキザな性格で巣の風紀を乱して厄介払いされたみたいだけど。』


『次はシンジュク〜シンジュク〜。

お出口は〜。』


いつの間にか職場の最寄りに近づいていた。

無事、遅刻せずに済みそうだ。




小走りで職場に到着、汗が引く前に自分のデスクに到着した。


「おはよう小熊くん、今日は珍しく遅かったね。」


「おはようございます『明治』さん、熊野です。

昨日の夜、久々に結構激しめな運動したので疲れちゃったみたいです…。」


「ザワッ…!」


「えーと…小熊くん?そう言うのはあまり堂々と職場で言うのは良くないんじゃないかなぁ?」


「え?ああ、心配はいらないですよ。

久々にちゃんとした朝食取ったので、仕事に影響はないです。」


(昨日はお楽しみだったんじゃねーか!)

(彼女お手製の朝食食えばそりゃ元気だよな。)

(小熊の癖に生意気だ!)

(熊野…お前は俺がモノにすると思っていたのに…。)


よく分からないがみんながザワザワしてる。

ついでによく分からない寒気までする。


「やっぱり慣れない運動はするもんじゃないな…。」


どこからともなくボールペンが飛んできた。

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