第2話 変わらぬ愛
拝啓。
陽春のみぎり、皆様におかれましてはますますご清祥の事とお喜び申し上げます。
僕、熊野スズメにおきましては…謎の美女と喫茶店でお茶をしている次第です。
「取りあえず、好きなモノを頼んで良いよ。
店員さん、僕はブラックコーヒーで。」
「そうかい?じゃあ、この『ハニーミルクラテ』をいただけるかい?かわいい君。」
目の前のキザな女性喫茶店の店員の女の子の手を取って注文する。
先程の僕への態度含めて単に軟派なだけなのだろうか?
だったらそこまで話を聞く必要はない、ドリンク一杯だけご馳走して早く帰ろう。
午後にはタツミも来る訳だし。
…まぁ、見た目は好みだから話位は聞くけど。
「ああ、悪く思わないで欲しい。
美しい花は愛でる質なだけなんだ。
私の愛はあの時から君一人の物だよ。」
「それはどうも。
でも、悪いですけど僕はアナタが恩に感じるような事をした覚えはないんですけど…。
アナタのような目を惹く人、多分忘れないと思いますし…。」
「忘れてしまったのかい?
昨日、あれだけ熱烈な愛を語ってくれた上に素敵な贈り物までしてくれただろう?
黄色いヒヤシンス、母から聞いたが花言葉と言うモノがあってあれは『あなたとなら幸せ』らしいじゃないか。
とても素敵な贈り物で私は君に恋をしてしまったよ。
もっとも、あの時の私は非力でせっかくの贈り物をほんの一輪ですら持ち帰る事は叶わなかったけどね。」
彼女は席を立つと壁際を背にした席に座っていた僕に再び壁ドンしながら語りかけてくる。
正確には肘を突いての壁ドンになるので先ほどより更に距離は近い羽目になっていて、周りからざわざわとどよめきが起こっているけど…。
え…?何を言ってるのこの人?
僕は今まで女性に花をプレゼントしたこともないし、そもそも昨日は職場の同僚と夕食を食べた時の店員さん以外に女性と話した事なんて…。
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『つか、メスなの?なんでメスって分かるの?』
「外を飛び回ってる働き蜂は全員メスだよ。
って、そんなことより早く助けてぇ!?」
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まさかな…。
「そんなに改まった口調ではなく、昨日のように囁いて欲しい『マイハニー』って。」
「えーと…もしかしてだけど、君って…?」
「そう言えば名乗ってなかったね。
私は昨日君の部屋で厄介になっていたこの近くの『八幡養蜂場』に住んでいたミツバチだよ。」
あぁ…今すぐ時を戻して昨日の僕とついでにタツミをぶん殴りたい。
そんな事を思いながら、今眼前に居る美人の行動への戸惑いと周囲に対する羞恥心、そして視界いっぱいに映る彼女がミツバチ…つまり虫である事実で僕の脳みそはオーバーヒートを起こし、琴切れてしまった。
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「ん…。」
目が覚める、そこには見慣れた自宅マンション前の桜並木の景色が広がっていた。
僕はマンション前に設置されたベンチの上で眠っていたらしい。
ミツバチの彼女に膝枕されながら…。
「ヒィ…!」
「おや?おはよう、愛しい君。
急に倒れるものだから驚いたよ。」
「あ…あぁ、ゴメンナサイ…。
でも、なんでここに…?」
「あのまま場所にいては迷惑がかかると思ったから運ばせてもらったよ。
建物は昨日の時点で覚えていたからね。
あと、勝手だとは承知していたけど君の荷物からこの財布と言う物をお借りして先程のかわいい娘には対価となるものを支払わせてもらったよ。
…なんで柱の裏に隠れているんだい?」
「ゴメン…実は僕…。」
「お?ス〜ズちん、待たせたな!こんな所でどうした?」
僕の虫嫌いを打ち明けようとした時、後ろから聞き慣れた声が後ろから聞こえる。
慌てて腕に着けた時計の時間を確認すると13時を回っていた。
ああ親友、なぜ普段は平気で何十分も遅刻をするクセにこういう時に限って早いんだ?彼女大好きか?
「おはようタツミ…何してたって、そりゃあお前の彼女の花束を作るための準備だよ。
ほら、コレ花束用のラッピングペーパー。」
「おお、悪いな!」
「彼がタツミかい?君と昨日話していたのは知っていたけど…うん、良い友人みたいだね。」
「え?えーと…?
おいスズちん、誰だよこの美人!」
それは俺が聞きたいんだけど?
まさか正直に「昨日逃がしたミツバチが恩返しに来た」とか言えないし。
友人関係はタツミにはだいたい知られてるし、姉や妹…と言うには似てなさすぎるし絶対ボロが出る、同僚は「なんで日曜に男女で?」ってなるよなぁ…。
(時間にすればものの数秒ではあるが。)悩みに悩んだ末に僕が出した結論は…。
「あれ?言ってなかったけ?僕の恋人だよ。」
「聞いてねーよ!
親友に位紹介してくれても良かったじゃねーか!
つーか、昨日『恋人は花だ』とか言ってなかったか?」
「まぁ、出会ったのは昨日の付き合いたてだし。
紹介のタイミングがなかったんだよ、マジで。
…ね?」
彼女に話を合わせるようにアイコンタクトを送る。
伝わるとは思わないが『彼女』と言う点を除いたら嘘は言っていない。
彼女も自信がミツバチだと言わなければ問題にはならないだろう。
「まぁいいや、で?彼女さんのお名前は?」
「私の名前かい?
えーと…。
そうだな…。」
「…ミツバ。
彼女は『八幡ミツバ』。
昨日出会って改めて今日喫茶店で付き合う事になったんだよ。
ミツバ、彼は昨日言ってた八坂タツミ。
僕の親友でお調子者だけど良いやつだよ。」
咄嗟に彼女の名前をでっち上げる、どうやら彼女は名前はなかったらしい。
それもそうだ、彼女は元々ただの一匹のミツバチだったんだから。
「あ…ああ、私はミツバ、よろしくタツミ。」
「ミツバちゃんって言うのか、よろしく。
それにしても良くコイツと付き合おうと思ったな。
こんな花バカで虫ぎら…ぐふぉ!」
二人が握手をした後、タツミが失言を漏らしかけたのでボディアッパーを腹に叩き込む。
悪く思わないでくれ親友、今度なにか奢るから。
「まあ、そう言うことだから花束作ったら持っていくから近くの喫茶店にでも居てくれよ。
今、僕の部屋はミツバの私物もある愛の巣な訳だからさ。」
パンチに困惑しつつもタツミは「客来る時はヤった後の処理早めに済ませておけよ。」と明後日の方向だが都合のいい勘違いをしてくれたおかげで事なきを得た。
「えーと…色々と話を聞きたいから部屋まで来て貰えますか?」
「ああ、モチロン。
君とならどこにでも行こう。」
朝から今までの情報の整理をしたい。
昨日、追い出したつもりのミツバチを自らの手で招き入れるのは複雑な気分だが彼女から話を聞かないことにはこの状況は収集つかないだろう。
…それにしても、さっきタツミが僕の虫嫌いを打ち明けようとした際になぜ僕は咄嗟に彼の言葉を遮ったのだろう?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はいコーヒー、ごめんさっき飲み物来る前に気を失っちゃって。
砂糖とミルク使う?」
「気にはしないさ。
そうだね、ミルクとハチミツがあったら欲しいかな。」
「ハチミツ…そう言えばこの前洋子さんから『近くの養蜂場の、美味しいから使ってみな』と言われて貰ってたな…。」
ラベルを見るとそこには『八幡養蜂場』の文字…気を失う直前に言っていた彼女の巣がある場所か…。
ハチミツに嫌なイメージはなかったが急に色々と意識してしまう、虫がコレを作っている事やその虫が人型になれること…その人型になった虫がやたらと美人な事。
「えーと…話をしないと行けないことはたくさんあるけど取り敢えず。
ごめんなさい、その場を言い逃れるために勝手に彼女と呼んだりして。
あと、勝手に名前付けちゃって。」
「構わないさ、私は君の愛に応えるためにこの姿になって君に会いに来たんだ。
それと私は大きな群れの中の一匹、当然名前なんて無くてあの時のタツミからの質問には困っていたんだ。
君の愛の籠った名前、嬉しかったよ。
君の名前も教えてくれないかい?私も君の愛らしい名前を君の口から教えて欲しい。」
「ああ、そう言えば言ってなかったですね。
僕は…。」
「待って、君と私は恋仲なのだろう?
どうか、敬語ではなく対等に扱って欲しい。」
「え?あ、うん。
えーと、改めて僕は熊野スズメ。」
「スズメ…スズメか、うん良い名前だね。」
「ひっ…。」
いつの間にかテーブル越しに頬を触れられてる。
気を抜くとすぐに彼女のペースに持っていかれるな…。
「…タツミがの彼女に贈る花束を作りながら聞いても良いかな?
遅いとアイツ怒りそうだし。」
「モチロン、何が聞きたいんだい?」
「まず、何よりも先に『なんで一匹のミツバチだったアナタが人?になったのか?』かな…?
ごめんね。」
花を選び、長さを揃えながら切る。
約束とはいえ、花を切るのは胸が痛む。
「それはモチロン、君からの愛に応えるのに相応しい姿へと母に変えて貰ったのさ。」
「はい?」
「母…八幡養蜂場の女王蜂は特別な力が使えるんだ、『魔法のハチミツ』のキャッチコピーで売られてるらしいんだけど…。」
突然のメルヘン設定、普段なら「マンガかよ!」とツッコミを入れる所だけど昨日のミツバチ(とタツミ)以外が知り得ない話を知ってるとなるとそうも行かない。
「素敵な贈り物と愛の言葉を貰った私は巣に戻るとすぐに母に巣を抜けてスズメの愛に応えると伝えたよ。
母も『素敵な方を見つけたのね、大事にしなさい。アナタが居ると巣の風紀が乱れるし特別に彼に相応しい姿に変えてあげましょう。』と喜んで私に人化の術をかけてくれんだ。」
…厄介払いされてるのはスルーなのか。
と言うか、姉妹にも手を出していたのか…。
ん?ちょっと待って?
「今、『巣を出て』って言った?
つまりミツバは今日帰る家は…。」
「モチロン、さっきスズメが愛の巣と呼んでいたこの部屋さ。
えーと、確かこういう時はこう言うんだったかな?
不束者ですがよろしくお願いします。」
「…うん、よろしく。」
クールな印象を抱かせる顔立ちから放たれる大型犬のような明るい
出まかせで恋人と呼んでしまった
僕に春の香りがする黄色い恋人が出来ました。
敬具。
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