黄色い風信子

@180point

第1話 淑やかな可愛らしさ

拝啓。


桜花絢爛の候、皆様におかれましてはどのようにお過ごしでしょうか?


僕、『熊野スズメ』はただいま…。





命の危機に瀕しております。















~~~~~~~~~~~~~~~


4月、新年度になり寒かった気温もようやく暖かくなってきた。

僕は仕事の帰り道、桜の花が咲き始めた並木道を友人の『八坂タツミ』と通話しながら歩いていた。


『俺が思うに、女の子はハグした時に丁度フィットする位の小柄さがベストなワケよ。

それなら守ってやってるぜ感も出るべ?』


「なぁ、それって要は『俺の彼女サイコー』って言いたいだけだろ?

惚気たいだけなら切って良いか?」


『なんだよ独り身!羨ましいのか?

それなら今度親友の俺が紹介してやっても…。』


「違う!要らない!

僕は早く帰って花の世話をしたいだけだ!」


正直、僕は女性へ興味はない訳ではない。

しかし、自分の趣味であるガーデニングの時間やテリトリーを犯されるかも知れないと考えるとメリットよりもデメリットが目立つと考えてしまうので積極的に女性と関わりを持つ気にはなれないのだ。


『なんだよ、また花かよ。』


「タツミが年下の彼女を大事にするように僕は花を大事にする。

なにも文句はないだろ?」


自宅のマンションが見えてきて、エントランスでオートロックを外してエレベーターへと乗り込む。

僕の身の丈に合っていないやや高級なマンションだが、花を育てて土を弄るのに申し分ないベランダと花用の部屋を確保出来るし、『とある理由』もあるのでこのマンションの高層階に僕は住んでいる。


『そう言えば明日、その彼女と付き合って一年の記念日なんだよ。』


「へぇ~おめでとう。」


『それでさぁ、花束作ってサプライズしたいんだけど…明日、日曜だろ?お前も手伝ってくれない?』


「ん?良いけど…なにすれば良い?

どんな感じの花束にするかのアドバイスとか?」


『お前の所の花をチョチョッと見繕って貰って良い感じの花束作りたいなぁと思って。』


プツッ


電話を切った。

直後、ホーム画面に戻ったスマホに友人から知り合いにランクダウンした男から着信。

放置しても良いが後々しつこそうなので渋々出ることにする。


『頼むよ親友!

相談できる花屋なんて知らねぇし、お前の所の花キレイだからさぁ!』


「うるせぇ!今さっき言っただろ!?

お前が女の子を愛でるように俺は花を愛でてるんだ!

お前は僕が『お前の彼女の爪、キレイだから何枚か剥がして僕にくれよ』とか言ったらどうする?」


『お前、俺の小さくてかわいい彼女を傷付けるってのか!?

ブッコロすぞ。』


「そう言うことだよ。

あと、ついでに僕は小さくてかわいい女性よりもカッコ良くて男からも憧れられるようなスタイル良くて長身の女性が好きだ。」


『身長160cm、チビの小スズメちゃんのクセに?』


「黙れ、161cmだ。」


僕の花へ対する熱意を語りながら部屋のロックを開き、扉を開けるとブブブと不気味な異音が聞こえる。

まさかと思い、花を集めた趣味の部屋への扉に手をかける。


ガチャ


ブブブブ…


ガチャ


そこにいたのは黄色と黒の警戒色を身に纏った2cmはあろうかと言う巨体…。

ニホンミツバチが僕の部屋の花を蹂躙して回っていた。


「へい、親友。

どんな花束が欲しいんだい?」


『おいおい、いきなりどうした?』


「花部屋にミツバチが居た。

花束作ってやるからタスケテ…。」


咄嗟にトイレへと逃げ込み、突然ランクアップした電話越しの親友へ助けを求める。


『花はお前の彼女じゃなかったのかよ!?』


「うるせぇ!他の重要な女性のためだったら女性の一人や二人くれてやるよ!」


『うわぁ…その発現だけ聞くとすっげぇクズ男…。

つか、メスなの?なんでメスって分かるの?』


「外を飛び回ってる働き蜂は全員メスだよ。

って、そんなことより早く助けてぇ!?」


『いやまぁ、相手がミツバチでもスズちんの為なら助けに行くのは構わねぇんだどさぁ。

スズちんちってどこだか言ってみ?』


「…都内某所、23区から出てちょっと西。」


『俺んちは?』


「縦か横か斜めの浜。」


『一時間ちょいはかかるけど、それまで女(ミツバチ)と一緒に休憩?

当ホテルは休憩一時間4000円からになっておりますゼ☆』


絶妙に高いと言うツッコミを入れたいが今はそれどころじゃない。


「…

……

………

一人でがんばりゅ…。」


『よーし、良く言った!』


「電話は切らないで…。」


『乙女か!?』


なんとかトイレから出て花部屋の前までやって来た、我ながらビックリするレベルでビビってるのがよく分かる。


「ミツバチの針は生涯で一度、刺したら自身も死んでしまうから滅多な事では刺したりもしないし毒も弱い…。

そーっと刺激を与えずに行けば相手は帰ってくれる…。」


『おーい、念仏みたいにブツブツ自己暗示した所で部屋には入れねぇぞー。』


「そもそもなんで俺の部屋に来るんだよ…。

ここ13階だぞ?蚊も蝿も、蝶やカブトムシ含めて虫全般嫌だからわざわざ高層階住んでるんだぞこっちは。

朝に水あげた時には見なかったし、本当にどこに居たんだよ…。」


『テンションがジェットコースターかよ。』


意を決して扉を開く。

羽音がしないので辺りを見回すと…最近のマイブームであるヒヤシンス、その黄色の花へ留まっていた。


「や…やぁマイハニー。

良いお天気だねぇ。いや、夜だけど。

そろそろお母さんも心配するんじゃあないかな?

楽しい時間はあっと言う間だねぇ…。」


大汗かいてパニックになっているのがよく分かる。

電話口ではタツミが床を叩いて大笑いしているのが聞こえてくるが、こっちは必死なんだ。


「この黄色のヒヤシンスがお気に入りなのかい?

僕も君に似合うと思うよ。

持って帰りやすいようにベランダに持っていってあげるからね。

だから命だけは…!」


さっき、よほどの事では針は刺さないし毒も弱いって言ってただろ?って?

仮にそうだとしても怖いものは怖いんだよ。

無言の方が怖さも倍増するし。

と自問自答しながら細心の注意を払ってヒヤシンスの鉢を持ち上げてベランダに移動する。


「このヒヤシンスは君へのプレゼントだよマイハニー。

好きなだけ花粉を吸って、美味しい蜂蜜を作ってくれ。

あと、ベランダからの帰宅には気を付けて。


…じゃ、オツカレサマデシター!」


最後は早口で言いながら部屋へと帰還する、大笑いを続ける親友には今度花束を作る際にドロップキックでもプレゼントすることにしよう。

サンキュー親友、ぶっ飛ばす。















~~~~~~~~~~~~~~~~


翌日、夜に騒いだのが原因か体力も気力もないが約束をしてしまった以上タツミに花束を作らないといけない。

僕はタツミが来る前に行きつけの花屋さん『Flower HUSHIMI』で花束用のラッピングペーパーを購入しておく事にする。


「おはようございます。」


「お、おはよう小熊ちゃん。

なんだい、また新しい子増やしに来たワケ?」


「違いますよヨーコさん、あと熊野です。

なんか今日親友の付き合って一年の記念日らしいので手伝ってやるのでラッピングペーパー買いに来ました。」


「それは自分の子達を使うって事かい?

小熊ちゃんが自分の育ててる花を使うなんて珍しいじゃないか。」


「まぁ、色々ありまして…。

ハハハ…。」


店の奥のから取り出されたペーパーを受け取り会計を終えると洋子さんはニヤニヤと肘をついて聞いてきた。


「で?当の小熊ちゃんにはないの?浮わついた話。」


「何度も言ってるじゃないですか、僕の恋人は花ですよ。」


「あっそう、それは残念。

いらっしゃいませー。」


ヨーコさんがレジカウンターの向こう側から僕の後ろの来店客へと挨拶を行う、僕も振り向くとそこには短い派手な金髪にボーイッシュなファッションをした妙に目を惹く女性が商品の花には眼もくれずこちらに歩いて。


「ここに居たんだね、探したよ。」


「あ、すいませんレジ前邪魔ですよね。

じゃあ、ヨーコさんありがとうございま…。」


「待って。」


店から立ち去ろうとすると女性は僕の肩を引いた、僕はそのまま壁に背を付ける形になると女性は手を僕の顔の前につき、所謂『壁ドン』で迫った。


「行かないで欲しい、愛しい君。」


「へ…どういう事…?」


こんなに綺麗な人、知り合いには居ないし当然ながら突然壁ドンされるようなした覚えもない。

つか、顔が近い。好みのタイプの顔が至近距離で迫っていて冷静な思考が出来ないので目を反らすしか出来ない。


(とと…取りあえず、理由は分かりませんここでは洋子さんに迷惑がかかるので店を出ませんか?

身に覚えはありませんけど、話なら近くの喫茶店で聞きますから)


小声で提案をすると彼女も(分かった、君となら何処にでも行こう。)とキザな返事をして承諾してくれた。

反らした視界の端にはヨーコさんが「あらあら」とでも言いそうな雰囲気でにやついている。


急いで彼女の手を引いて店を後にした。


「なんだい、あるじゃないか浮かれた話。」

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