第73話【紅葉さんの力になりたいんです】


 ペラ……ペラ……。

 カタカタカタカタ――――。


 作業を初めて直ぐ。

 部屋の中は卯月がコピー用紙を捲る音と、俺のタイピング音で支配された。

 時折り赤羽根さんと柊さんの話し声もするが、声量は抑えられており数言程度なので大して盛り上がったことは話してないっぽい。


 マンガを描くってもっとGペンを走らせるカリカリ……とか、ド派手にシャー! っと集中線を引くんだと1年前までそう思っていた。だが、今日のように初めて文芸部全員で赤羽根さんの手伝いをさせられた時に、その幻想は打ち破られた。

 最近のイラストレーターさんとか、マンガ家さんってデジタルで描くんだよな。

 なんなら往年の国民的少年マンガの巨匠も、アナログからデジタルに転向したなんて話も聞く。

 汚れないし失敗してもやり直しが楽。ピンポイントの拡大など両手を使って作品を描くさまを見せられた時は、思わず魅せられてしまったものだ。


「紅葉さん! 面白かったです!」


 全て読みきったと思しき卯月、さっそく感想をぶつけに赤羽根さん作者に突撃した。


「登場人物? 登場動物? って言うのでしょうか。人間みたいに2足歩行なのに全然違和感なくて……でも倫理観的はちょっと人間離れしてるのも魅力で」

「あ、ありがとう。あらすじの方はどう?」

「はい。気になったところが3つあってですね――――」


 赤羽根さんが今回作品の舞台にしてるのは、いわゆる“獣人の世界の物語”。

 現代……否。それ以上に発展した近未来で獣人が暮らす一方で、卯月の言った通り動物らしい弱肉強食や生存競争的な非人間的な感性のアンバランスが癖になる作品だった。

 ちなみに俺のお気に入りは、孤高の虎が偶然拾った子猫を人間の銃から庇って「お前と過ごした数ヶ月、悪くなかったぜ……」と息絶えるシーンだ。


「ああぁ……その言葉使えばいいんだ。麻衣って凄いね」


 いつの間にか卯月と赤羽根さんの会話内容はそんな作品の、あらすじへと移行していた。

 高校の頃から卯月は文章を書くのが得意だったからな。彼女の凄さを1番知っている俺としても鼻が高い。


「そういえば紅葉さんはさっきから何してるんですか?」

「それ俺も気になってた」


 原稿は9割9分完成しており、残りの1セリフあらすじ卯月が任されたモノ。

 俺と卯月、ついでに隣にいる柊さん。2対6つの視線を受けた赤羽根さんは、チラッと1度何かを確認するように視線をワークデスクへと落とし、手元に置いてある大きめの液晶タブレット液タブを見せてくれた。


「リクエスト依頼のイラスト消化してたの。ちょっと最近忙しくて全然進められてなかったから」

「リクスト依頼?」

「簡単に言うとー、みんながモミっちに“このキャラのこんなアイコン書いてー”ってスーパーチャットスパチャすんの。そしたらモミっちが頼まれた絵描いて―、依頼してきた人にできたの送る。簡単っしょ?」


 言葉のチョイスのせいで若干語弊が生まれそうだが、赤羽根さんの代わりに言った柊さんの言葉通り。

 

「まぁ、アタシはプロじゃないし、やってるのは1つ500円からのアイコンとイラストなんだけどね」


 だからといって手を抜く気はない……と、付け加えた赤羽根さんの瞳は鋭く、心からの覚悟であることを感じさせる。1つたりとも手は抜かない、その心構えは既にプロや職人と同質のものではないだろうか。


「マイっちも今度描いてもらいなよぉ。あたしのこのアイコンも書いてもらったんだけど、バリお気になんだぁ」

「でも今紅葉さん忙しいって……」

「いいよ。あと5枚で締め切り近いの片付くし、希望リクエスト考えといて」

「あ、ありがとうございます!」

「お代は桃真に請求するから」

「なんで俺!?」



 **********



 作業が一段落したのを機に、俺たちは昼食をとることにした。

 

 ピーンポーン。


「……やっと来た」


 インターホンを聞くなり、そそくさと玄関へと向かう赤羽根さん。

 エントランスの回線と繋いで2言3言の会話。

 数分すると再び、今度は部屋の玄関からインターホンが鳴る。

 広い廊下から戻ってきた赤羽根さんの手には、2段重ねにされた6角形の薄いが入ったビニール袋。袋越しに見える箱の正面には赤と青のサイコロのロゴ。

 それがジャンクフード界の有名であることは想像に難くなかった。


「お昼にピザ頼んだ」

「モミっち太っ腹!」


 駆け出すように柊さんが喜びのハグを赤羽根さんにかます。

 女子大生が2人密着している。片やギャルギャルしい人懐っこい笑みを浮かべ、片や不愛想な地味めな印象。あらー……とか言った方がいい状況なんだろうが、残念ながら柊さんの目の色が完全に食い気マックスなので、百合の華の開花は見送られた。


「サイドメニューもあるってことは、結構かかったんじゃないすか? 俺、半分負担し持ちますよ」

「いい。3人とも手伝ってくれてるんだし、そのお礼も兼ねてるから」


 お礼……と言われてしまえば、これ以上食い下がるのはむしろ不快にさせてしまうか。

 お言葉に甘えてありがたく俺たちは、赤羽根さんのご相伴に預かろう。


「んんー! やっぱみんなで食べるならピザっしょ!」

「やっぱお店のモノだと本格的で美味しいでしょね」


 柊さんと卯月は絶賛。

 女子と言えど食べ盛りの大学生4人。ピザの2枚など一瞬たりとも勢いが衰えることなく食べ進められていく。

 4人で車座になって食べていく中、ふと柊さんがある異変に気付いた。


「モミっち暗い顔してっけどどしたん? 話聞く?」


 同学年であり仲の良い柊さんから見ると、赤羽根さんの顔が優れなかった……らしい。

 俺と卯月も心配になって赤羽根さんの方へと目を向けるが、正直分からないというのが本音である。

 人のこと言えたわけじゃないが赤羽根さんはダウナー系の人。普段からテンション低めで、滅茶苦茶喋る方でもない。だけど柊さんがその機微を察したのなら俺はその感覚を信じる他ないだろう。

 ジッと至近距離から友人の視線を受けた赤羽根さんは、逃がすように目を斜め下へを送る。


「別に大したことないから……」

「あたし的にはモミっちがそうなってるのが、大したことあんの」

「そ、そうですよ紅葉さん。無理にとは言いませんけど、話せば楽になるかもしれませんし」

「私たちにできることなら言ってください!」

「いや、本当に大したことじゃなくて…………はぁ。わかった。話すけど心配して損したって言わないでよ」


 幾ら同じ部活の仲間と言えど、全員が全員全てを打ち明けられる間柄というわけではない。異性おとこの俺と、まだ知り合って日の浅い卯月が一旦外に出ようとしたところで、赤羽根さんは胸の内に溜めていた物を全てを吐き出すような溜め息を放った。

 少し外跳ねした短めの髪を掻く仕草は、面倒臭いとも照れ臭いとも取れる。

 縁無し眼鏡の位置を整えた赤羽根さんは、俺たち3人と順に見て一言。


「————資料が足んないの」



 **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る