第72話【紅葉さんの夢は漫画家さんです】


 土曜の朝。

 大学から、俺と卯月が部屋を借りているマンションとは逆方向に10分ほど歩いた所。

 学生マンション俺たちとは一目で格が違う、明らか高そうなマンションへ俺と卯月は足を踏み入れた。


「あの……センパイ。すっごく下世話を承知なんですけど、ここって……」

「あぁ。家賃俺たちの倍はするだろうな」


 おののく後輩の言わんとすることを読み取り答える。

 エントランスではこれまた、高いマンションの代名詞ともいえるオートロックに足止めを喰らう。

 閉じ切ったガラスドアをの先を見つめる卯月を他所に、俺はインターホンを操作。数秒と経たずに回線が繋がった。


「天沢です。卯月も来ました」

「……ん。開けたから入って来て」


 通話越し特有の電子音混じりの声に、「ありがとうございます」と答えると、インターホンが切れてガラスドアが開く。

 いきなり開いたドアに驚いた卯月がビクッと震えて、流れるようなバックステップ。

 お前はネコか。


「6階だからエレベーター使うぞ」

「あ、待ってくださいよー」


 駆け込み乗車はおやめ下さい。

 急いでエレベーターに飛び込む卯月を中で窘め終えると同時に到着。

 何度か来たことがある俺が先導して、目的の部屋の前まで赴く。

 “606号室”。

 ここだ。

 扉の隣に設置されているインターホンをピンポン。

 ググもっているが、扉の向こうから話し声がし、少し待っていると玄関の扉が開かれた。


「トウマっちおつー。麻衣っちもオッハー」

「も、萌黄さん……?」


 俺たちを出迎えてくれたのは黒のジャージ姿の金髪褐色ギャル――3回生の柊萌黄もえぎさん。予想外の人物に卯月が思わず声を零す。


「ここって紅葉さんのお家ですよね?」

「そそ。あたしもモミっちのヘルプで昨日からいんだよねー。あ、ソレ食べもの? 持つ持つー貸しなぁ」


 まだ理解が追いついてないであろう卯月の手から、色々差し入れが入った袋を預かった柊さんが、部屋の奥へと消えていく。

 

「ほら俺たちも入るぞ」

「はっ、はい! お邪魔します」


 呆然とする卯月の背中を叩いて部屋の中に入れる。


「お邪魔しまーす」


 最後に入った俺は、バタンッとしっかり玄関の扉を閉めた。



 **********

 


「モミっちー。トウマっちたち来たよー」


 大人2人が横に並んで歩いても十分な余裕がある廊下を抜け、リビングへと出ると、女子大生が1人暮らししているとは思えない光景が広がっていた。


 決して狭くはないはずのリビングの中央に鎮座する3つのワークデスク。

 両サイドの壁にそれぞれ設置されている背の高い本棚は背表紙や分厚さから察するに、漫画やイラスト系の本と、参考書で仕舞う場所を分けているのだろう。

 ベランダへと続く窓は厚めのカーテンで日光を遮っているが、本棚の本が焼けるののを危惧してのことは想像に難くない。


「紅葉さん、お邪魔しまーす……」


 俺の前を歩く卯月は、その珍しさ故かリビングをざっと見渡してから、ワークデスクの1つ。配置的にお誕生日席に齧りついてペンタブレットに筆を走らせている、この部屋の主――――赤羽根紅葉さんに挨拶をした。

 むくり……と、赤羽根さんの黒い頭が動き、椅子ごと身体がこちらの方を向く。


「ん。おはよう。悪いね、いきなり呼び出して」

「いえ! 紅葉さんのお力になれるように頑張ります!」

「…………」

「え、なんすか赤羽根さん?」


 屈託ない卯月の返事を受けた赤羽根さんが、何故か無言で俺の方へと視線を向けた。


「この子、ホントにアンタの後輩なの?」

「どういうことっすか!?」

「あたしも思った思ったー」


 とんでもない失礼な訝しみ方をする赤羽根さん。しかも柊さんまで乗って来る。

 まるで俺が不愛想な奴みたいな言い方じゃないか。


「本当です!」


 俺が反論する前に卯月が声を大きくする。

 そうだ卯月、言ってやれ。

 俺がどれだけ慈悲深く、親しみやすい人間であるか。


「たしかにセンパイはちょっと口悪いし、態度も変に斜に構えてますけど、れっきとした私の先輩です!」

「俺は味方はいないのか……」


 卯月のフォローは全く根拠のない感情論だった。

 もっと2人がぐうの音も出ないほど理路整然とした、主張を期待してたのに。


「まぁ、さっそくだけど手伝って。桃真と麻衣は空いてる椅子に座って」

「モミっちあたしは?」

「モエは椅子持ってきてアタシの横」


 持ってきた荷物を部屋の隅に置いて、俺たちは指示通りに残っていたワークデスクに着く。特にどっちがどっちと決めずに座ったが、俺の方にはクリップで止められた10数枚ほどの紙束。

 正面に座る卯月の方は傾斜台が置かれており、何故か両手を胸の前に持ってきてワナワナしていた。


「2人にやって欲しいのは……やることが逆にした方が良いか」

「ぽいですね。つーことで卯月」

「は、はい!」

「……座り直した? 2人にやって欲しいのは“あらすじ作り”と“セリフ入れ”」


 言いながら赤羽根さんは席を立ち、まず卯月の隣に付く。


「麻衣にやって欲しいのは“あらすじ”の方ね。コレ、アタシが書いた漫画なんだけど、賞に出すには原稿だけじゃなくて文章で“あらすじ”も添付しなくちゃいけないの。こっちに印刷してるのが私が考えたあらすじ。麻衣にはあらすじコレを読んだ後に原稿の方も読んで、あらすじとして成立してるか判断して欲しい」

「この漫画……紅葉さんが描かれたんですか?」

「うん」

「絵、すっごく上手ですね!」

「べ、別にアタシくらいならいくらでもいるし……」


 ふむ……卯月からの純度100パーセントの誉め言葉に戸惑ってる赤羽根さん。

 陰陽で雰囲気こそ真逆になってるが、昔から卯月は思ってること虚飾なく言っていたからな。

 歯に衣着せぬ物言いは時に無骨、素っ気ない、悪感情を与える。

 一方で心からの称賛もまた人を純粋に喜ばせられるかもまた別の話。たぶん幸福度と羞恥心が天元突破して感情がオーバーフローするんだろう。


「感想は後で聞くからまずは読んで!」


 あ、卯月からのべた褒めに耐え切れなくなって、強引に後回しにした。

 心なしか鼻息荒くした赤羽根さんが今度は俺の隣に付く。


「桃真にやってもらうのは、前やってもらったのと一緒」

「りょーかい。今度はファンタジーものなんだ」

「セリフ回しで違和感あったら報告お願い。それと小まめに新規保存は忘れないで」


 と、赤羽根さんから立ち上げられた状態のタブレットPCを預かる。

 机にあるコピー用紙で刷られた漫画の原稿を興味本位でペラペラと流し見してから、タブレットPCを操作。フォルダを開くと手元の原稿とほど同じデータがあった。

 手元のコピー用紙と原稿データの違い……それは“セリフの有無”である。

 コピー用紙の方は赤羽根さんの手書きで印刷の上から掛かれており、データの方は吹き出しの中が真っ白の手を付けられてない状態。

 このデータに大きさやフォントを調整して打ち込むことが、俺の任された仕事ってわけだ。


「さぁて……頑張りますか」


 

**********


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る