第71話【お2人の関係は!?】


 ウチの大学の学生食堂学食は広い方だと思う。

 いやまぁ、比較対象が俺が通っていた普通の公立高校しかないんだが……それでも、他大学と比べても平均以上の広さとクオリティが保たれているはずだ。

 講義室1.5個分くらいの講堂は、長机が幾重にも繋げられて設置されており、ざっと100席はあるだろう。壁沿いはカウンター席。向きにもよるがガラス張りで中庭を一望できる人気席だ。


 しかし幾ら立派と言えど限度というものがある。

 たかが1学年のたった1学部でも100人余りいるウチの大学では、2コマ終わりの学食の人混みは、とてつもない学生たちでごった返す。

 普段なら混んでいても「賑わっているな―」と笑い飛ばせる程度なのだが、特定の曜日は2コマに必修講義が入ってる学部でもあるのか、往来が特に激しい。満員電車といい勝負だ。


 視線をカウンター席の方から講堂内へと戻すと、外の券売機で購入した各々希望のメニューが印字された食券片手に、腹を空かせた学生たちが受け取りコーナー前で長蛇の列を形成している。

 コレに並んでから、食べる席を探すのはちょっと苦労がいる。

 中庭にカフェテリアがあるが、学食でこの混みようなら足を運ぶだけ無駄であろう。

 やはり今日もあの手を使うしかない……。

 講堂の前で共に中の様子を眺めていた卯月に向けて、握った拳を突き出す。同様に俺の意図を察した卯月も同じ動きを取る。


「さいしょーはグー」

「じゃーんけーん」


 ポンッ! の合図で繰り出される両者の右手。

 負けられないという闘志の顕れからより強く拳を握った俺に対し、卯月はあらゆるものを受け止め、包み込むように5を開いていた。

 俺の……負け、か……。

 敗北の悔しさから膝を折る…………なんてことはなく、俺はハァと嘆息1つに留めた。


「今週も俺の負けか。お前ジャンケン強くね?」

「センパイは1回目はグー出すの癖なんですよ」

「……来週はこうはいかないぞ」

「先週もグー出して同じこと言ってましたね」


 今度は絶対覚えとくし……。


「んじゃ、今回俺が席探してくるから。列並ぶの頼むな」

「おまかせを! 今回食べる場所探しお願いしますね」


 意地悪な笑みを向けてくる卯月に食券を渡して、俺は長机が並ぶエリアへと歩き出した。



 **********



 “料理の受け取り”と“食べる場所探し”。

 どちらが大変? と訊かれた時、圧倒的こっちと答えることはあいにくできることじゃない。

 けど敢えて答えるなら、ただ待って料理を受け取るだけより、講堂全体を散策し、空いている席の発見、そして確保をしなければならない後者の方が労力が大きい。

 ぶっちゃけ昼休み半ばに学食来た方が人は少なくなってるんだろうが、俺も卯月も3コマに講義入れてるから、余裕を持っておきたいのだ。


「よし……運が良いな」


 辺りに空きができないか見渡しながら奥へ奥へと歩いていくと、最奥の4人掛けテーブルが空いていた。2人で使うには少々申し訳ないが、誰も使わないなら良いだろう。

 占有済みの証拠として自分と卯月の鞄を残して、すぐさま来た道を引き返す。

 

「お、丁度だったか」

「席あったんですね」

「おう、ちょっと遠いけどな」


 グッドタイミング。

 受け渡しコーナーで卯月が料理を受け取る所だったので、駆け寄って俺が頼んでおいたナポリタンの膳を持つ。ちなみに卯月はたらこパスタを選んでいた。1人で持てないわけじゃないが、この人混みだと危ないからな。


「学食の奥ってこうなってたんだ……」

「俺もここ使うのは初めてだよ。運が良かった」


 俺と卯月は互いに向かい合わせに座り、それぞれの隣に鞄を置く。この贅沢な使い方が周りの学生に申し訳なさと、少しばかりの優越感を抱かせる。

 いつも通り手を合わせて2人揃って「いただきます」。


「んっ。このパスタちょっと固いですね。忙しくて茹で時間短かったのでしょうか」

「学食のパスタは固めアルデンテだぞ? ちょっと固過ぎる感じはするけど」

「味は……その、なんというか……」

「まぁ値段相応だよな。たぶんウチで出してるパスタの方が美味いと思う。ウチ、定食屋だけどさ」

 

 俺も卯月もなまじ料理ができる故に辛口のコメントが出てくる。美味いメニューも多いんだけどな。

 それでも褒める点もないわけじゃない。 

 すなわち、ボリュームだ。

 値段の割に量が結構あって満腹感がある。麺類は質より量って感じなんだろう。

 で、量があるから食べる時間にもそれなりにかかり、それに伴って雑談も長くなる。

 話すのはいつも通りの他愛無い話。2人で冗談言い合ったり、課題の相談したり。

 だけど今日は珍しいことがあった。


「————一緒していい?」


 声色、物言い共に粗野な感じの言葉が俺たちに振ってきた。

 カウンターや長テーブルの横に座る時に声かけるのとは異なる相席申請。4人掛け席にいる2人組みに声をかけるには、かなりの度胸が試されただろう。

 しかし声の主の顔を見た刹那、そんな考えは俺と卯月の頭からかき消された。


「紅葉さん! もちろんです! あ、センパイ。私のバッグお願いします」


 黒髪ボブに縁無し眼鏡が特徴的なパーカー女子。

 文芸部所属の3回生“赤羽根あかばね紅葉もみじ”さんだ。

 

「ありがと」


 一言お礼を口にした赤羽根さんは、卯月の隣に腰を下ろす。

 持っていたトレーには、湯気とかつお出汁を漂わせたきつねうどん。それと200円のプリンが2つ。

 ああぁ……そういうことか。


「麻衣と桃真っていつも2人で食べてるの? よく学食で見る」

「毎日ってほどじゃないですよね……?」

「そうだな。最近は卯月も友達と昼食べることもあるし。でも取る講義が似てるから自然と一緒にいること多いか」

「ふーん」


 自分で聞いておきながら、感心も興味も薄そうな返事。

 

「紅葉さんはお昼は学食で食べるんですか?」

「アタシは偶に。大体バイト先の弁当買うか、お昼食べてから大学来る。今日だけ必修あるから面倒だけど学食。……まぁ他にも用事があったわけだけどね」


 そう言った赤羽根さんは、自身のトレーにおいていた未開封のプリンを1つ、俺のトレーにおいた。

 彼女が接触してきた時点である程度察していたので、俺は特に驚くことなく施しを受け取る。


「今週の土日。両方昼からいける?」

「大丈夫っすよ。切羽詰まってるなら朝からでもいけますし」

「じゃあ朝からお願い」

「え? え……!?」


 端的な言葉のみで交わされる約束。卯月だけが理解できず、置いてけぼりを喰らっていた。

 

「あのぉ、お2人は何の約束を?」

「…………」

「…………」


 俺と赤羽根さん。2人で顔を合わせて目で意思疎通を図る。

 この子どう? この前の弁当美味しかったけど。

 縁無し眼鏡越しの目から伝えられる言外の言葉は、たぶんそんな感じ……だと思う。

 だから俺は目力を弱めず視線は逸らさず、卯月なら力になってくれます。と、卯月に対する信頼と保証を持って深くゆっくり頷く。

 赤羽根さんは俺から視線を切って、キョトン顔の卯月を一瞥すると、トレーに残っていた自分の分用だったと思しきプリンを卯月のトレーにも乗せた。


「麻衣も、ウチに来てくれない? 手伝って欲しいことがあるの」

 


 **********



【お願い】


 2023年12月現在。

 本作は“カクヨムコンテスト9”にエントリーしています。

 拙い作品であることは重々承知ですが、少しでも面白いと思って頂ければ1つでも☆をお恵み頂けると幸いですm(_ _"m)


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!

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