第75話【良い香りがする人とは相性が良いらしいですよ】
「降ってきちまったな」
「もっと早く動物園出るべきでしたね」
動物園を後にして駅を目指す道すがら。
曇天からポツリ、ポツリと雨粒が降り始めた。
1度降り始めて以降は止めどなく、むしろ雨脚は強くなり俺たちは近くの楽器やの屋根に退避することを余儀なくされてしまった。
最近雨に出くわすこと増えて来たな……今年の梅雨入りは早いのだろうか?
今度から遠出するときは傘持ってこいこう。なんて心に決めはするが、問題は現状である。
「紅葉さんたちに雨宿りしてるって連絡します?」
「そうだなぁ……」
屋根から少しばかり頭を出して空を見てみるが、空は灰色の空で覆い尽くされている。どうやら直ぐ止むタイプ……夕立ではなさそう。
続いて手を腕を出して降り具合の確認。
うん、今ならギリ傘をささずに歩けそう。マジでギリ。走らないと駅までにずぶ濡れになることは間違いないだろうけど。
「仮に雨宿りするにしても、いつまでここでいなくちゃだよな……。時間的にもこれ以上遅くなると電車も混むだろうし」
「明日も休みですから、そこは何とかなりません?」
「それもそうか」
スマホを持つ卯月の手が上がったり下がったり。きっと赤羽根さんたちに連絡するかどうか、俺の判断を待っているのだろう。
彼女から視線を外し、もう1度強めのパラパラ雨になりつつ空を見上げる。
こうしている間にも刻一刻と雨は強さを増す一方。
動か静。
この雨が夜までずっと降り続けるとするならば――――。
「……………………よし」
腹を決めてからの俺の行動は早かった。
まず着ていたお気に入りの上着を脱ぐ。下はTシャツ1枚だったが意外と寒くはなかった。
で、脱いだ上着をどうするかというと……。
「卯月」
「はい? ――――っ」
俺の一連の行動を訝し気に静観していた後輩に、俺は有無を言わせる前に上着を被せた。
「この感じなら止むことないだろ。ならまだマシなウチに走るぞ」
「え、え……でもセンパイこの上着」
「それ羽織っとけば少しくらい濡れずに済むだろ」
「でもそれなら――――」
「レディースの服ってメンズと違って洗濯とか面倒って聞くからな。俺は見ての通りTシャツ出し濡れたところでタカが知れてる」
意図してなかったが捲し立てるように理由を並べると、卯月は反論しようと開いた口を堪えるように閉じた。
卯月は数秒気持ちを整えるように黙り、準備十全。一目で信頼を置いてくれていると分かる笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
「ん。嫌かもしれんが袖は通しといてくれ。さすがに水溜まりにでも落ちたら話が変わってくるから」
「その時は誠心誠意込めて弁償させて頂きますね」
いつもと変わらないテンションで行う軽口の応酬。
それだけで俺たちは気持ちをリセットできる。
預けた上着に卯月が腕を通してる間に、俺は自身のスマホで赤羽根さんたちに連絡。休憩中だったのか10秒と経たずに既読が付き、了解の旨のメッセージが返される。
「電車降りたら柊さんが傘持って迎えに来てくれるって――――……」
紡いでいた言葉が尻すぼみになり、やがて途絶える。
理由は1つ。
俺の上着を着た卯月が両手を肩の高さまで挙げて、どこか満足気な顔でこっちを見ていたから。
「どうした?」
「見て下さいセンパイ、ぶかぶかー」
と実に楽しそうな声で手をヒラヒラさせる卯月。袖が長いようで彼女の小さな手はすっぽりと袖に隠れている。
いや袖だけでなく、肩は若干落ち気味で丈も長くて卯月のお尻に掛かっている。
まぁ元よりメンズの上着出しな。それに俺と卯月とじゃそこそこ身長差もあるので、俺の上着が卯月にとってオーバーサイズであることは当然。
それにしても……うん。
最近はオーバーサイズが流行の1つらしいが、その
なんというか、小動物が必死に自分を大きく見せようと見栄を張っている可愛さ。あるいは、か弱い生き物が大きな物に守られているような姿がより庇護欲を駆り立てられる。
「あ、センパイの匂いがする……」
――――前言撤回。
先刻までの感情など、貸した上着の袖の匂いを嗅がれたことで湧き上がった羞恥心で消滅した。
「か、かか嗅ぐな!?」
「安心してください。センパイ良い香りですよ?」
「恥ずかしいから止めろと言ってるんだ!」
卯月の手首を掴んで止めさせた俺は、そのまま雨が降り続いてる外へと駆けだす。
「次やったら返してもらうからな」
「キャー。公衆の面前でセンパイに服をひん剥かれちゃいますー」
「そんな感情籠ってない大根芝居する暇あるなら足動かせ! 足!」
「はーい」
その後俺の勘は正しかったようで、駅に着く頃には雨足はドンドン強く、その勢いを激しくしていった。
**********
【あとがき】
拙作をお読み頂きありがとうございます。
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