第69話【ぬるま湯にも良さはあるんだよ】


 ウチの大学は1つの講義1コマ100分である。

 午前に2コマ。午後から4コマの計6限まであり、1コマから6コマまで受けるとすると大学の滞在時間は昼休みなど諸々込みで10時間を超過する。

 もっとも5コマ以降は特殊な資格取得向けの講義だったり、4回生のゼミといったほとんどの学生には無関係な講義だけどな。

 閑話休題。

 

 講義と講義の間にある休憩は10分というのは高校までと同じで馴れたものだが、異なるのは連続して講義授業を受けなくても良い場合があること。

 1コマは受けたが2コマに講義を入れておらず、3コマが開講されるまで休憩する。そんな風に履修登録を済ませている学生も少なくない。……というより1年間に取得可能な単位数に上限があるので、月曜から金曜全ての講義に出ること自体無理なんだが。

 よってだいたいの学生は1コマ分2時間近く、昼休みも考慮すればそれ以上の時間、自分が休憩できる場所を見つける必要がある。


 それは学食や図書館、講義が行われていない空き部屋でもいいし、あるいはいっそ1度家に帰ってしまうのだっていいだろう。

 しかし、学食や図書館なんかは当然独りになれず、他者の視線が気になる者だっているはず。そう、大学においてプライベート空間の確保というのは、重大でありながらも中々に至難なことである。


「その点、サークル組みは楽だよな」


 学生課から貰ってきた“文芸部”と刻まれたネームプレート付きの鍵を手の中で弄びつつ、俺はキャンパスから離れた場所にある部室棟クラブルームへと赴く。

 大体のサークルが昼以降に活動していることもあり、午前中である現在、人気ひとけは皆無。


「お疲れ様でーす……」


 文芸部に割り当てられた部屋を持っていた鍵で開け、我ながらヤル気のない声で一言断りを入れて中に入る。誰もいないのを承知で声をかけたは、まぁ……癖だ。挨拶は基本かつ大事なことだし、習慣付けておいて損はないだろう。声色云々は放っておいて。


 やっぱ良いよな、部室って。

 部屋奥にあるパイプ椅子に座ってボーっと考える。

 長テーブルにロッカー、炬燵と家具のせいで多少手狭だが、むしろこの閉塞感が安心する。使用者は限られるし、その限られた奴らも気心知れた連中。下手すれば自分家より居心地が良いかもしれない。

 

 さて、学食で昼飯食べるにも早いしここでのんびりしとくか。

 大学のWi-Fiが届く範囲だし電源プラグもあるので何も気にせずネットサーフィンをしても良いし、文芸部で今までに作った冊子を読み耽るも悪くない。

 誰にも憚れない完全なプライベート空間で、贅沢に思い耽っていたその時――。


「こんにちはー、あ! 鍵持っていったのセンパイだったんですね」

「卯月、お前も来たのか 」


 突如開け放たれた扉から、ハツラツとした声と共に亜麻色の髪を揺らした卯月がやってきた。

 講義や学外で顔を合わせることは多いが、部室で会うのは珍しい。


「2時間目が急遽休講になっちゃいまして。せっかくなら部室にお邪魔しようと。というかグループの方に送ってますよ」

「マジで? マジだ。俺1コマあったからマナーモードにしてて気づかなかったわ」


 言われたズボンのポケットからスマホを取り出すと、確かに文芸部のグループチャットへ卯月から【部室の鍵取りに行ったんですけど無くて、誰かいます?】という旨が送られていた。遅蒔きだが【俺、持ってる】と返信しておく。


「センパイはいつもこの日は部室で?」

「そうだな。卯月とか清水と学食行くまではここで課題やったりグダグダしたり」

「全然、文芸部らしいことしてない……」

「ウチの文芸部はそんなガチじゃないからなぁ」


 清水とか赤羽根さんみたいにずっと創作やってる人もいれば、俺や4回生の2人みたいに読むの専門もいる。なんなら本はマンガとファッション誌しか読まない派とかなりの緩さだ。具体的には去年最後の活動報告に“完全下校まで徹底抗戦! 最強は誰だ!? 血で血を洗う悪魔のビブリオバトル!”とか書くくらいには緩い。もはや頭が悪い。


「でもまぁ、その緩さが良かったりするんだよ」

「緩いのが長所?」

「そっ。勉強でもスポーツでもゲームでも本気で取り組んだ先に、楽しいことってあるだろ?」


 勉強で学年上位を取り続け、さらにバドミントン部でも手を抜かずに打ち込んだ卯月にわかるはずだ。と、俺は目で諭す。

 俺だってゲームで自分と同じくらいの強さの相手と対戦する時は、胸にワクワクとした、されど心がひりつくほどの緊張感を灯る。


「でもただ無為に無駄にダラダラと誰かと遊ぶのも楽しいと思ってさ」


 本気で取り組むことは時に雰囲気を悪くすることがある。より高みに至るため故に必要な衝突なのはわかっている。だけどそれをみんながみんな、理解し許容できるかは別の話。

 俺たちのサークルはそんな凄い連中のからしたら、まさしくお遊びのぬるま湯。でもだからこそ長くゆったりできるのが長所だと俺は思うんだ。


「……と、説教臭くなったな。悪い」

「い、いえ! なんというかセンパイ、ホントに部長さんぽいなぁって思っちゃって」

「ホントってなんだよ。いや、俺も自分で思うけど」

「フフッ、でもセンパイは昔から何だかんだ面倒は良かったですから似合ってますよ」

「…………」


 この春から何度と見せられてきた、明るい笑顔とまた別種。大人びた柔らかな微笑みを向けられ思わず息が詰まる。いとけなさから妖艶な雰囲気。笑み1つ取っても女性と言うのはこれほどまでに年齢を自由自在にできるものなのか……。

 このままの雰囲気は不味い。何が、とは分からないが何か不味い気がした。

 俺はパイプ椅子から腰を上げる。


「せっかくなら何かするか? 野村さんが案外ボードゲーム好きでさ、色々部室置いてくれてるんだよ」

「へー……そうなんだ。他の先輩方のことも知らないこといっぱいですし、この前みたいにまた出かけにいきたいですね。2人用のゲームとかってあるんですか?」


 俺がロッカーを開けたのほぼ同時――。


「————ちょっと待った!」


 俺でも卯月でもない第3者の声。

 玄関の方へと視線を送ると、ダテ眼鏡のブリッジを格好つけて抑えた茶髪の男。俺と同学年の清水がいた。


「なんだ、お前も来たのか」

「僕も麻衣ちゃんと同じ講義受けててさ。図書館で暇を潰そうとしてたんだけど、2人がいるなら話は別。ボクもボードゲームに混ぜてよ」

「良いですね! 3人でやりましょ」

「卯月が良いなら、俺は良いが……」

「ソレ桃真だけなら僕、追い返されてたんだよね……。あ、ちなみにもうちょっとしたら、萌黄ちゃんと梨乃ちゃん、あと桔平君も来るよ」

「大所帯だな!?」


 結局この日は講義でちょいちょい抜けた奴もいるものの、最終的には全員揃って下校時刻まで狭い部室で遊び耽ったのだった。



 **********



【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

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