第68話【あげません!】


 楽しくも色々あったGWゴールデンウィークが明け、また大学に通う日々が始まる。

 むしろこれからが本格的なキャンパスライフの始まりと言って良い。

 入学式や新入生向けのガイダンスなどで、講義が行われるようになるのは4月の半ば。しかし第1回から本格的な勉強をする講義はほとんどなく、大概が講義毎のガイダンスや基礎だけやってGWに突入する。

 

「それでは今日の講義はここまで。学生用サイトシラバスに課題を出しておきますので、今週土曜、正午までに提出するように」


 若い男性講師が講義の終業のベルを機に、締めの一言を紡ぐ。

 しかしその言葉をジッと聞き入っているのは、後方の席から眺める限り俺を含め10数人しかいない。

 他の学生たちは必死に講師の後ろにある、お世辞にも達筆とは言い難い文字が乱雑に並んだホワイトボードの内容を板書していた。この講義は1回生から受講できるもので、去年取った清水が「単位取りやすいよ」とおススメしてくれたものだ。

 故に受講生の割合は1回生がボリューム層となり、上級生になるほどピラミッド状に少なくなるだろう。それは板書のスピード1つ取っても案外わかるもんだ。


 高校と違ってノート提出はほぼないから、適当でいいんだぞー。

 必死にペンを走らせる学生たちに胸中でアドバイスを送り、講義室を後にした。


 次の講義は卯月も受けてたんだっけ。上手く合流できたら学食誘うか。

 彼女の履修登録を手伝ったこともあって、特に何も考えず自分の予定とすり合わせてしまう。

 次の講義室への道すがら行き過ぎた思考を追い払うように、俺は首を振った。


「何考えてんだ、俺……」


 卯月にだって友達がいるのに、俺がずっと卯月に構ってもらおうとしてたら駄目だろ。

 今さっきだってお互い必修講義が入ってなかったのに、別々の講義を受けていた。幾ら仲が良かろうと……例え好意を寄せていようが、卯月は卯月。自分の趣味嗜好を優先したりプライベートな時間はあるのだから。

 故に今日くらいは久しぶりにボッチめ――――。


「あ、センパイ。奇遇ですね。一緒に講義室行きません?」

「…………」


 噂をすれば何とやら。パンッ! と背後から肩を叩かれ声をかけられた。

 声色に愛嬌をたっぷり詰め込んだ、耳馴染みのある女子の声。振り返ると亜麻色のミディアムヘアーと青み掛かった瞳が特徴的な女子が笑みを称えながら上目遣いで、俺を見ていた。

 ……噂どころか口にも出してないんだが。


「もう1コマ終わったのか?」

「休み明けだからって、先生が早切り上げてくれたんです。センパイこそここまで来るの早くないですか」

「俺も似たようなもん」


 振り返り様に、肩へ置かれた彼女の小さな手を払いながら答える。

 すると卯月の背後から2人の女子が小走りにやって来ていた。進行方向的に他人……ではなさそう。

 予想が当たっていたことは、2人の内の片方が先刻の彼女と同様、卯月の肩に手を置いたことで答え合わせされた。


「麻衣ちゃん凄いね。あんな遠くから知ってる人わかっちゃうなんて」

「えへへ、高校の頃から見てた背中だからね」

「卯月、2人は……?」


 卯月の友達なのは言うまでもないが紹介を求める。

 卯月と同じ学部の1回生だという2人は、初対面の俺に緊張しながらも拙い自己紹介をしてくれた。


「えーっと……俺は天沢あまさわ桃真とうま。2回生で卯月コイツと同じ高校の先輩みたいなもん。できればこれからコイツと仲良くしてやって欲しい。よろしく」


 何目線だよ。俺は卯月の親か何かか?

 自分でツッコミながら俺も簡単な自己紹介。込み入った話なんかは必要であれば卯月が話題の種にでもするだろうし、簡潔な言葉だけ。

 あんまり畏まらないようタメ口を使ってしまったのが、フランクというより野暮ったくなってしまったのが気掛かりか。

 

「あの……天沢先輩」

「ん? 何かな」


 卯月の右隣りの子……かけいさんが1歩俺との距離を縮める。


「麻衣ちゃんから聞いたんですけど、天沢先輩って料理得意なんですよね」

「まぁほどほどにできる方だと思うよ」

「その……今度、天沢先輩のご飯食べてみたいなぁ、と。麻衣ちゃんの話聞いてたら凄く興味湧いちゃって、その! ホント初対面なのに図々しいこと言ってるのはわかってるんですけど――」

 

 ちょっと視線を逸らすと、もう1人の子……相模さがみさんもチラチラと視線を彷徨わせてる。

 “タカり”ではなく純粋に興味心を抑えきれてない様子。たぶん卯月がこの前の弁当のことでも言葉巧みに拡大、誇張、修飾して話したんだろう。

 ここで断ると卯月の心象が悪くなるよな。そんな打算的な考えと、別に1回くらいなら負担になんねーしと、楽観的な思考が併存し俺の答えを強固にする。


「それじゃ今度の昼休みにでも4人分の弁当を――――」

「センパイ! 急がないと遅刻しちゃいますよ!」


 応え終える前には既に俺は手首を掴まれていた。引かれた腕の勢いに乗ろうと足も動き加速する。

 視界は一瞬にして前後180度反転し、正面には小走りで講義室に向かう卯月の姿。


「アハハー……やっぱ麻衣ちゃん、あの先輩のこと……悪いことしちゃったかなぁ」

「あとで誤解とかないとね。麻衣ちゃんがあんなに可愛い笑顔で話してくれたから、ホントに気になっちゃったって」


 既に背後へと消えてしまった卯月の友達の会話など、俺には聞こえていなかった。



 **********



【蛇足】

 

 約30話ぶりの大学での様子!

 実は桃真君も麻衣ちゃんも本分は大学生なんです()


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!

 

  

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る