第63話【ど、童〇で悪かったな!】


 自分で言うのもなんだが、俺“天沢あまさわ桃真とうま”はどちらかと言うとクールなタイプだと思う。

 …………あ、いや。ちょっと話盛った。正確には陰キャ寄りってだけでクールってわけではないです。

 でも、クールだろうが陰キャだろうが、目の前の事態にパブロフの犬よろしく脊髄反射でリアクションするのではなく、ある程度冷静な思考を持って相対することができるという点では同じだろう。それがスカしているからだろうが、単に反応が鈍いだけだろうが、外面的にはわからないのだから。……なので、たぶん俺はクールだ。

 しかしそんなクールキャラの俺は今、


「1つ訊くが……どういうつもりだ?」


 想像の埒外の事態に直面していた。

 具体的に言うと、風呂から上がってリビングへと戻った俺を、

 こちらの問いを耳にした卯月が、薄く閉じていた瞳をゆっくりと開く。そして恭しさをこれでもかというほど含めてくすりと微笑んだ。


「これより不肖私、卯月麻衣がセンパイにご奉仕を――――ってどこ行くんですか!?」

「いやお前が変なこと言い出すから」


 変な人に近づいちゃいけません。

 保育園児の頃からの教えに則し、洗面所へと退散しようとした俺の腕を卯月が縋る様に掴んだ。渾身の芸をシカトされたのが相当堪えたのか、若干涙目になっている卯月。先刻まで付けていた妖艶な仮面は完璧に剥がれ落ちていた。

 もう話を聞く前からロクなことじゃないと本能すら呆れているが、上目遣いで瞳を潤ませる後輩が醸し出す庇護欲に負ける。男は女の涙に弱いというのはただの迷信ではないらしい。

 

「わかった。聞くから、何しようとしてたか話してくれ」


 手ごろな高さにあった卯月の亜麻色の頭にポンポンと触れなだめる。

 ちゃんと乾かしたようで、髪は湿っていなかった。

 気を改めてリビングへと戻って俺はベッド、卯月はカーペットが敷かれた床にそれぞれ腰掛ける。

 アイコンタクトで互いに準備ができた確認を取ると、卯月は深呼吸を1つ。


「お風呂上がりのセンパイのご奉仕をしようかと」

「何言ってんのお前!?」

「ですから私は――」


 落ち着いて聞いても意味がわからなかった。否。意味はわかるが受け入れたら駄目なたぐいの話だコレ。

 

「邪魔者のいない部屋で女の子、男の人の順でお風呂入った後と言ったら、そういった展開になって当然の話じゃないですか!」

「どこの常識だよ、その偏った考え!」


 そもそも三つ指ついてお出迎えなんてそーいう店でもないからな。行ったことないから知らんけど。


「第一その、ほ……奉仕? とかってどういう意味か分かってんのか」


 やっべ。

 口に出してから今のセクハラじゃね? と後悔するも後の祭り。

 吐いた唾は吞みこめない。

 けどここで変に焦ったりすると、それはそれで可笑しな気がする。急激に早くなりだした鼓動に耐え、卯月から目を離さないように心掛ける。


「えっとー……その辺りは、センパイの指示に従う……的な感じで?」

「…………卯月、お前まさか」


 内心気が気でなかったが、いざ彼女の言葉を聞くと俺の不安なんて一瞬で消し飛び、違和感に襲われた。

 羞恥心の中に潜みきれてない、妙に余所余所しい声色。

 自分の口から言葉にすることを憚っているのではなく、得心いってない人特有の、あの何とも煮え切らない語尾。

 それらから導かれる答えに辿り着いた時、俺の緊張は嘘のように解けた。

 と、同時に右手を卯月の顔へと伸ばす。

 内側に曲げた中指に親指でセーフティを掛け――――一気に弾いた。


「あうっ」


 パチンッ! と乾いた音が卯月の額で鳴り、卯月が小さな悲鳴を漏らす。

 打ちどころを労わる様にさする後輩に、俺は呆れを十二分に孕ませた声色で言ってやった。


「無理して柄でもないことすんじゃねーよ」

「べ、別に無理なんてしてません」

ダウトー」


 こういうのって何ていうんだ……ハニートラップハニトラ? いや何か違う気がする。ともかく色仕掛けは卯月のキャラじゃないのだけは確か。

 そりゃ卯月だって大学生だ。知識としては知ってるんだろう。だがその知識を卯月自身が飲み込めてないんじゃないだろうか。

 どういった理屈で答えを求められているのか分からない公式を、とりあえずこうすればいんだと、何となくで使っているようなチグハグな感覚。

 男はこういったことを喜ぶんだという偏見と現状の生活が、卯月をこんな暴挙へといざなったようだ。


「そういったことは軽々しくしていいもんじゃないぞ。変なだと本気にすんだから」

「センパイなら本気にして頂いても……」

「もう1発行くか?」


 ピンピンと空中でデコピンをやって見せると、卯月は額を庇うように頭を逃がした。


「だいたい先に身体そっちの関係作ると後から拗れるって相場は決まってるんだ」

「なんというか現実味というか、含蓄のある言葉ですね…………っは!」

 

 突如卯月が雷にでも打たれたかの如き、険しい顔つきになった。

 俺とふざけ合ってた緩い瞳がキッと鋭くなる。鋭い眼差しに晒され抱いた畏怖は、忘れもしないと同質のものだ。

 こちらの心を無理矢理こじ開けるような威圧感を放つ一方で、卯月の頬にも一筋の汗が伝うのを俺は見逃さなかった。しかしその真意までは不明。

 膝立ちで数歩距離を詰めて来た後輩は俺から目を離さず、またその目力の強さでこちらが視線を背けることも許さない。

 もう互いの肌が触れ合うかどうかの距離で止まった卯月は、ダメ出しばかりに顔をズイっと近づけた。


「もしかしてセンパイ……もう卒業……というか、お付き合いの経験があるんでしょうか?」

「…………へ?」

「どっちなんですか?」


 鬼気迫る表情に対して拍子に抜けの質問。思わず零してしまった声にすら噛みつくように、卯月は答えを迫る。

 卒業? うん、まぁ話の流れ的に何を意味するのはわかる。

 だがしかし、後輩の女子に自分の恋愛経験を根掘り葉掘り訊かれるというのは、中々に羞恥心が込み上げてくる。


「ま、まぁ……一般的な男性としては可もなく不可もなく、普通かつノーマルな方に入るはずだとは思うんだが――――」

「どっちですか?」


 適当な言葉を捏ね回していると、卯月の細い喉のどこから出てるんだと疑いたくなる程威圧感増し増しの言葉に急かされた。

 あ、コレ白状するしかない奴だ。 

 

「その…………まだです。…………恋人も……いたことありません」

「ありがとうございます!」

「何の礼!?」


 消え入りそうな声で告白したら、全力でお礼を言われた。

 しかも一瞬にしてニコッとか、パァッって擬音語が似合いそうな笑顔になってるし。

 20歳にもなって経験なしどころか、恋人いたことすらないとか男として恥でしかないと思うんだが……。

 

「そっかぁ。センパイ、彼女いたことないんですねー」

「悪かったな。彼女いなかった分際で講釈垂れて」

「そんなとんでもないですよー。むしろ私的にはありがとうございますって感じですし」

「はぁ……?」


 それでも卯月の気が収まった……それどころか、心なしかより元気になっているならこの場は良しとするしかない。


「わかってると思うが――」

「はい! もう色仕掛けこういう事はしませんよ。焦る必要もなくなりましたから」


 風呂上りの飲み物を取って来る、とキッチンへと向かう後輩の背中を俺は呆然と眺めることしかできなかった。

 


 **********


【蛇足】

 

「ありがとうございます!」

「何の礼!?」

 のくだり、第1話投稿前からずっと書きたいなぁって思ってたので、謎の達成感があります(笑


 高校生ならまだしも、主人公・ヒロイン共に大学生なので性知識や性欲をどのくらいの塩梅にするか難しい……。


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


 

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